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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第1話 灰色の影 第4章

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08 その意気だ

 あれからシィナは、頻繁にリダールの部屋を――二階の窓から――訪れてくるようになった。

「よっ」

 気軽な調子で挨拶をしてくる。

「何だ、また本なんか読んでんのか。あんまり読み過ぎると、いまに身体中に文字が湧き出てくるようになるぞ」

「そんな話、聞いたことないよ」

 リダールは笑って答えた。

「ねえ、シィナ」

「ん?」

「窓から入ってくるの、よしなよ。危ないよ」

「ばっか。オレが落ちるとでも思ってんのか?」

 友人は鼻を鳴らした。

「お前じゃあるまいし」

「僕だって落ちたこと、ないけど」

「それは、お前が窓から出入りしないからだろ」

「だって、必要ないじゃないか」

 彼はもっともなことを言った。

「シィナだって、必要、ないんだよ。僕の友だちだって言えば、ちゃんと取り次がれるんだから」

「面倒臭いじゃん」

 それで済まされた。

「なあ、今日も出られるか?」

「これを読んじゃいたいんだけど……」

「どれくらい、かかる?」

「区切りのいいところまで、あと二十分(カイ)くらいかな」

「んじゃ、待ってる」

 そう言うとシィナはどっかりと床に座り込んだ。リダールは苦笑する。

「待っていられたら、気になって読めないよ」

「それは断るってことか? なら、はっきりそう言えよ。怒ったりしないから」

 と言う割には、口調はどこかむっとしたものになっていた。

「あのさ、シィナ」

 リダールは本を閉ざして友人に向かった。

「何だか、話がとぎれとぎれになっちゃったから、判ってもらえたか判らないんだけど。僕が前より勉強してるのは」

「フェルナーとかって友だちのためだろ。判ってるよ」

「……本当に?」

「何だよ。オレの理解力が怪しいってのか」

「そうじゃないよ。ただ、僕の話はずいぶんとおかしな話だったろう?」

「まあな」

 シィナは認めた。

「六年前に死んだはずのフェルナーって友だちが幽霊になって、お前に取り憑いた」

「幽霊、とは違うみたいなんだけど」

「細かいところはいいさ。少なくともオレはそう理解したね」

 さらりとシィナはリダールの訂正をかわした。

「フェルナーがお前を乗っ取ってる間、お前は、おとぎ話の『墨色の王国』みたいな色のない世界にいた。それはフェルナーが六年間、いた場所でもあった。お前は身体を取り戻したが、それはフェルナーを墨色の王国に置きっぱなしにすることでもあり、お前はそれを気に病んで、友だちを助けられないかと本のなかに答えを探してる」

 リダールの語り口はたどたどしかったのだが、シィナは見事に把握していた。

「でも、神官たちもできないって言うんだろ? お前がちょっと本を読んだくらいで、何が判るってんだ?」

「……そう言われると、判るかどうか、判らないとしか」

「一生懸命なお前が可哀相だから、無駄だとは言わないけどさ、無駄じゃねえ?」

 友人は自らの気遣いをすぐさま台無しにした。

「僕が神官に、ちゃんと伝えられていないかもしれないんだ。僕の知識が増えれば、もっと的確に説明できるかもしれない。そうしたら、僕より知識も力もある神官が、何か考えつくかもしれないだろう」

「『かもしれない』ばっかじゃん」

 容赦なく、シィナは指摘を続けた。

「だって、『絶対にそうなる』とは言えないじゃないか」

 「かもしれない」で当然だとリダールは反論した。

「お前、ホーサイ先生の言ってた、言霊の話って覚えてるか?」

「言霊? うん、何となく」

「悪いことを言うと悪いことを招く、ってな感じの話だったけど、逆もあるんだってな」

「逆って?」

「つまり。いいことを言えばいいことを招く」

 シィナはにやりとした。

「だからお前は、こう言うべき。『頭の固い神官連中に、いまに僕の話を判らせてやる』」

「そ、そんな偉そうなこと言えないよ」

 リダールが慌てれば、シィナは笑った。

「お前は偉くなるんだぜ? ちょっとは偉そうな態度も勉強しろよ」

「頭ごなしに言えば偉いってもんでもないだろう」

 困って、リダールは返した。

「でも、強い態度も大事だぜ。ほら、あんときのナイシェイア様。壊れた北門の修復の責任をローアイとグラッドが押しつけ合ってたとき」

「父上が出て行って、ふたりの責任を倍加させたんだっけ」

「そうそう。かっこよかったぜ、あんときの閣下」

 シィナはにやにや笑った。

「お前もあれくらい、言えるようになれよ」

「が、頑張る、よ」

 いささか表情を引きつらせながら、リダールは言った。

 かつて「立派な領主になれる自信などない」とこぼした少年は、いまでも同じように自信はなかったが、「無理だ」と切り捨てることはしなかった。

 ナイシェイア・キルヴンのひとり息子である以上、天変地異や大戦争でも起きない限り、彼が父の跡を継ぐのである。うつむいてばかりはいられなかった。

「そうそう、その意気だ、未来の伯爵閣下」

 はやすかのように、シィナは手を叩いた。

「からかわないでくれよ」

 リダールは少し顔を赤くした。

「からかうつもりなんかないぜ。オレは、お前を未来の領主だと思うからこそ、こうして通ってきてるんだ。あ、誤解すんなよ。仲良くなっとけば得だ、なんて考えじゃないからな」

 慌てたようにシィナは言い加えた。

「判ってるよ。でも、それじゃどういう意味」

「あれだよ。この前の」

 シィナは声をひそめた。

「――フードをかぶった、妙な奴らのこと」

「ああ、この前の」

 リダールも繰り返した。

 あの夜、彼らは結局、フードの男を見失ってしまった。それから遅れてランザックの誕辰祝いに駆けつけた。ランザックはすごく楽しそうにしていて、支度を手伝えなかったリダールにも礼を言った。何でも彼は最近、自宅付近に現れる野良犬を可愛がっているとかいう話で、ランザックがそれを手懐けられるかどうか賭けようなどという話も上がったが、ホーサイが聞き咎めてご破算になった。

 リダールとシィナは支度をさぼったことになるが、代わりに片づけを引き受け、賑やかな夜を送り終えた。

 だがシィナは、楽しさに紛れてフードの男のことを忘れてしまっては、いなかったようだ。

「オレ、聞いたんだ。〈空飛ぶ蛇〉亭に、奴らがよくきてるらしいって」

 それはキルヴンの町の、老舗の酒場だった。

「よく?」

そうさ(アレイス)。しかも、ひとりふたりじゃない。一度にくるのはせいぜい四、五人だけど、全部で二十人くらいはいるんじゃないかって話」

「二十人も?」

「まあ、店の親父の言うことだから、あんまり当てにはなんないけどさ。話半分としても十人だろ」

 シィナは分析的なような、そうではないようなことを言った。

「気にならないか?」

「フードをかぶっていたからと言って、罰する決まりは、なかったと思うけど」

 考えながらリダールは呟いた。シィナは苛ついたような顔を見せた。

「あんなの、不気味だろ! もし、もしもさ、怪我とか病気とかで顔が酷いことになってて見せらんないってんなら判るし、気の毒だけどよ。十人も揃ってそんな病気なんてことも、ないだろ」

「あんまり、なさそうだね」

 曖昧にリダールは同意した。

「でもシィナ、不気味だからって、罰する決まりも」

「町びとの不安を取り除くのは、領主の役目じゃないのかよ」

 ふん、とシィナは鼻を鳴らした。

「仮に病気だとして、伝染するような病気だったらどうするんだ?」

「そう言われると……」

 領主の息子は困った顔をした。

「でも、じゃあ、そういうことなのか」

「何だって?」

「だから。近頃、シィナが僕の部屋に頻繁に現れる理由。領主の息子には、そうした義務があるってこと」

 これまでは、こんなふうに友人がリダールを訪れることなどなかった。〈小屋〉で会えば話をしたし、食事に行くこともあったけれど、こうして二階の窓から侵入してくるようになったのは先日以来だ。かねてからその習慣(・・)があったのであれば、リダールも驚かなかった。

「そうだよ」

 シィナは鼻を鳴らした。

「もちろん、そうさ。ほかに、何があるってんだ?」

「いや、何があると思った訳じゃないけど。納得しただけだよ」

 彼は正直なところを返した。シィナはどうしてか挑戦的に彼を見据えて、「もちろんそれだけだ」と繰り返した。

「それにしても、何もしてない人を追い出す訳にもいかないんじゃないかな」

 考えてリダールは言った。

「それにだいたい、僕にはそんな権限なんか」

「何もそいつらんとこに行って『出て行け』と言え、とは言ってないだろ。ただ、オレは気になって、様子を見てる。リダールも気になるなら、見てほしい。で、必要だと思ったら、閣下に伝えてくれればいいよ」

「それくらいなら、僕でもできるけど」

「決まりだ」

 シィナは指を弾いた。ぱちん、と実にいい音がした。

「本はあと回しにして、町の警邏に行くとしようぜ」


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