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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第1話 灰色の影 第4章

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07 何でそんなことに

「王陛下。ゆっくりとお話をするどころではなくなった」

 仮面の奥から、フェルナーが言う。

「僕と妹が指摘している罪状は、生憎、シリンドルでは裁けぬものであろう。だがルー=フィンの話によれば、この国でも非道を働いていたらしいな」

「おいっ、お前な」

 戦士は少年――が入り込んだ身体――を睨んだ。

「俺を糾弾するならその仮面を取れ」

 もう一度つかみかかってやりたいが、させじとばかりにルー=フィンが立ちはだかっている。

「仮面を取れ。その顔をさらした上で、いまの出鱈目を頭から口にしてみろ。そうできたら聞いてやってもいい」

「僕は願掛けをしているから、これを外すことはできない」

 含み笑いをして、フェルナーは告げた。

「願掛けだと? は、なかなかそれっぽい理由を作り出すじゃねえか」

 そうした理由かあると言われては、傷痕が酷いという話より、「いいから見せろ」とは言いづらい。

「誰の考えだ、あぁ? 青竜野郎か。お前、何のために」

 タイオスは、あまりの衝撃に一時停止してしまった思考を慌てて忙しく動かした。

「そうだ、お前がそんなとこ(・・・・・)にいるのは、何つったか、あいつだ、エククシアんとこの親玉の」

 「ライサイ」の名前がとっさに出てこない。四十男は、あれだよ、と適当にごまかした。

「あれの仕業だな。何でまた、その身体でシリンドルに。何のためだ。俺を貶めて、どうしたい」

「何を言っているのかさっぱり判らない」

 仮面の裏の表情は、ほくそ笑んででもいるものか。だが口に出してはフェルナーは否定し、一流の役者(トラント)もかくやという調子で肩をすくめていた。

「陛下、僕はユーソアとやらよりも、その男の処分を望む」

「だが」

 ハルディールはすっかり困惑していた。

「彼は〈白鷲〉……シリンドルの英雄だ」

「堕ちた英雄だ」

 きっぱりとルー=フィン。

「陛下、タイオスはもはや〈白鷲〉ではない。彼女を……殺したのみならず、フェルナーのような子供まで殺そうと」

「だから、何でお前がそういうことを」

(記憶を――)

 中年男の怪しい記憶に、ふと蘇った数月前の出来事。

 忘れていた訳ではないのだが、とっさに結びつかなかったそれ。

(記憶を乱されて)

「ああああああ!」

 戦士は叫んだ。銀髪の騎士は顔をしかめた。

「おま、お前な! 判った、ふざけてるんじゃないのはよく判った。だが間違ってるのはお前だぞ。騙されてる。記憶を変えられて。何でそんなことになった? あのあと、何があったってんだ」

「何を言っているのか判らない」

 ルー=フィンもまた、フェルナーのようなことを言った。だがこれは、少なくとも彼にとっては、真実であった。

「ええい!」

 タイオスは天を仰いだ。

「馬鹿野郎! 護符を手放して、俺から離れるからこんなことになるんだ! 約束通り、俺と帰ってりゃ」

「タイオス、タイオス!」

 ハルディールは途方に暮れた。

「どういうことなんだ。僕にはさっぱり判らない」

「俺もだよ」

 〈白鷲〉は正直なところを言った。

 だがそうは言っても、彼はこの場で、二番目に状況を理解できている人間でもあった。彼の「判らない」とハルディールのそれにはかなりの隔たりがある。

「まあ、いくらかは判る」

 彼は訂正した。

「が、とにかくフェルナー。お前が仮面を外せ。話はそれからだ」

「断るに決まっているだろう?」

 フェルナーは笑った。

「王陛下であっても、僕に命令する権限は持たない」

「素性を嘘で塗り固めてハルの同情を買い、庇護を受けておきながら、そんなことを言うのか」

 ふん、とタイオスは鼻を鳴らした。

「やっぱりガキだな。義務も責任も果たさないで、守られ可愛がられて当然だと思っていやがる」

「何とでも言え。子ども扱いすれば僕が腹を立てるとでも思っているのか」

「立てるじゃないか」

 中年戦士は指摘した。

「だが挑発した訳じゃない。そんなことをする意味もない。お前の……お前らの」

 フェルナーとルー=フィンをひと括りにするのは妙な気分だった。

「言うことは無茶苦茶だ。しかし、違うと言ってるのは俺ひとりという分の悪さ。彼女にまで悲鳴を上げられたんじゃ、ハルだって俺をおかしな目で」

「そ、そんなことありませんよ、タイオス」

 少年は慌てたように左手を――右手はフィレリアを抱いたままであった――振った。

「何かの間違い、誤解に決まっている。あなたは……」

「〈白鷲〉ではない」

 ルー=フィンが先取った。

「誤りではないのです、陛下。私は、このことは胸にしまっておくつもりだった。復讐などは無益な行為であり、この男を殺したところでミキーナが帰るでもない。国中で〈白鷲〉が讃えられていることを思えば気分も悪くなるが、私が何を言ったところで人々は信じまい。胸に、しまっておく、つもりでいたのに」

 ルー=フィンは両の拳を握り締めた。

「よくも、ぬけぬけと」

「お前な。言っとくが、それらの台詞、あとで泣いて謝ることになるぞ」

 ぼそりとタイオスは言った。

「もとに戻ったら……だが」

 そう続けて、彼はぎくりとした。

戻ったら(・・・・)

(……戻る(・・)のか(・・)?)

(ミヴェルやリダールの記憶の混乱が直ったのは、親玉が手を引いたからだ)

(ルー=フィンは?)

(だいたい、何のために)

 「さっぱり判らない」のは、そこだ。エククシアたちがフェルナーの裏にいることは間違いないが、何故ルー=フィンを連れ、ヨアティアの身体を使って、シリンドルに居座っているのか。

「フェルナー! 奴らの企みをみんな残らず吐け!」

「企みがあるのはそちらだろう、ヴォース・タイオス」

 フェルナーは手を振った。

「〈白鷲〉と呼ばれ、国中でもてはやされる安逸さが忘れられずに、やってきた」

「阿呆」

 タイオスは一蹴した。反論するのも馬鹿らしい。

「……タイオス」

「お、おい、何だ、その顔は」

 ハルディールの視線に、彼はぎくりとした。

「まさか、いまの馬鹿な発言を本気になんかしないよな。お前はそんなふうに頭が悪くはないだろう」

 そこにあったのは、あの日々にタイオスが繰り返し見た、彼を〈白鷲〉と信じて信頼と期待を寄せてきた少年の瞳とは違った。

 まるで、見たこともない他人を見るような。

「ハル……おい」

「話を聞かせてもらう」

 少年王は、全員を順に見た。

「貴殿らの間にどのような関わりがあり、事情があるのだとしても、ここは我が館で我が国だ。タイオスは先ほどの部屋に。ルー=フィンも、館内に残るように。ご兄妹には部屋を用意させる。しばしお待ちいただきたい。いますぐ、場を作る故」

 順を追って話を――と王は静かに命令を下した。


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