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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第1話 灰色の影 第1章
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04 あんたのことだよ

 劇団は、もう何日もここで公演をしているということだ。

 もともと評判の高い一団だ、公演は日々盛況であるらしかった。噂が噂を呼び、開始時刻のずっと前からいい席を取ろうと並ぶ者が出はじめ、喧嘩騒ぎまで起こったので町憲兵隊(レドキアータ)が出動しているのだと、タイオスはその場にいた苦々しい顔つきの町憲兵(レドキア)から聞いた。

「なかなか大したもんだな」

 大きな天幕を眺めてタイオスは呟いた。

「ところで、ティエ」

「なあに」

「ちゃんと聞いていなかったが、『劇団』と言うからには、芝居をする一座なのか? 踊り付きの芝居?」

「あら」

 いまさらの問いに、ティエは笑った。

「ホルッセと言ったら、『何でもありの雑事一座』なのよ」

「はあ?」

「芝居はもちろん、歌や踊りも。軽業も手品もあるわ」

「……そりゃ、無節操だな」

 思わず彼は呟いた。

「次に何が出てくるか判らない、そこが受けているみたい」

 ティエは気軽に言ったが、タイオスは首をひねった。

「見たいもんがやってなかったら、客は怒るんじゃないか」

「さあ、そういう騒ぎもあるかもしれないわね。でも決して、寄せ集めじゃないところがホルッセの評判をよくしているのよ」

「つまり、技術は高い」

「そういうこと」

「ふうむ」

 いまひとつ判らない世界だ、と戦士は両腕を組んだ。

「おいこら。どこへ行く」

 裏へ回ろうとした彼らの前に、護衛と思しき男が立ちはだかった。

「この先は、見物客はお断りだ」

「ラサードに話があるの」

 ティエは言った。

「約束してるのよ」

 遠い町でひと月以上前に、とは言わず、彼女はにっこりと笑った。

「聞いてないぞ」

 護衛は顔をしかめたが、そこでタイオスが前に出た。

「聞いてなくても、約束はあるんだ。ラサードを呼んでくるか、さっさとそこをどくか、どっちかにしろ」

 護衛は見知らぬ戦士の態度に少しむっとした顔を見せたが、この場を離れればほかの野次馬が何人も入り込んでくるかもしれないと考え、不機嫌そうに道を譲った。

「嘘だったら、容赦せんぞ」

「そんときゃ()ろうぜ」

 タイオスは軽口で返した。

 そうして彼らは、公演の支度に慌ただしい天幕の裏をのぞき込み、ティエは知った顔を探した。

 もっとも、知った「顔」と言うよりは、知った「化粧」と言うことになるかもしれない。

 と言うのもラサードはかつてと変わらず道化師(バルーガ)の役どころをしており、もともとの顔立ちがさっぱり判らぬほど顔に色を塗り、絵を描いていたからだ。

「ハイ、道化師さん(セル・バルーガ)

 ティエはそれを見つけると、容器に声をかけた。

「だいぶ遅刻してしまったけれど、噂の枠はまだ空いているかしら」

「――ティエ! ティエじゃないか」

 振り返った道化師は芝居がかって、或いは道化師らしく、派手に両手を高く差し上げた。

「もちろん、空いているとも。きっときてくれると思っていたからね」

 彼はにっと笑って片目をつむった。

「そっちは? 護衛かい」

 その視線がタイオスを向いた。

「覚えてるかしら? ヴォースよ。ヴォース・タイオス。ほら、あのときに助けてくれた……」

「ああ! あんときの、戦士の兄ちゃんか。……おっさんになったな」

「それはお互い様だ」

 顔をしかめてタイオスは返した。出会ったのは二十歳そこそこの頃だったが、あれから二十数年。いつまでも「兄ちゃん」でなくて当然だ。

道化師(バルーガ)は見た目こそ化粧でごまかせるだろうが、動きにキレがなくなってくのは隠せんぞ」

「あたしはそこまで言ってないだろう」

 道化師は肩をすくめた。

「あくまでも見た目の話をしてるんだよ」

 おっさんだ、と男は繰り返し、中年戦士はうなった。

「時間が経ったわね」

 ティエは呟いた。

「あの頃は、自分が年を取ることなんて考えていなかった」

「そうだなあ」

 四十を越すかつての若者たちは、自らの過去を思い返すかのように少し沈黙した。

「――まあ、とにかく」

 それを破ったのは道化師だった。

「ちょうどいいときにきてくれたよ、ティエ。緊急で、見てほしい演舞があるんだ」

「あら、早速ね」

「ささ、荷物なんか置いて。すぐ向こうの、いまひとつぱっとしない踊り娘たちに喝を入れてやっとくれ」

「ちょ、ちょっと。嬉しいけれど、いいの? 座長に挨拶は?」

「座長も〈紅鈴館〉の踊りは見たんだ。あんたがきたら即採用だと言っていたよ。賃金やら待遇やら、そうした条件の話は、悪いがあと回しにしておくれ。とにかく時間がないんだ」

 ラサードはぐるぐると片手を回した。

「お偉いさんが見にくるんだよ、今夜。満足させられりゃ、大きな公演の話だって出るかもしれないんだ」

「それは、重大ね」

 ティエはうなずいた。

「判ったわ。とにかく、見てみるわね。……ヴォース」

「行けよ」

 タイオスは手を振った。

「俺ぁ適当にやってる。あとで様子を見にくるさ」

「きっとよ」

 ティエはじっと戦士を見た。

「いきなりいなくなったり、しないでね」

「ん? ああ、もちろんだ」

 タイオスはうなずいて約束した。

 ラサードは手近な人物を呼び止めるとティエを案内するように言い、手を振って彼女を見送ったあと、もう一度タイオスに向かった。

「驚いたね」

「くるとは思ってなかった、か?」

 戦士がそんなことを言えば、道化師は首を振った。

「『きてくれると思っていた』と言ったのは嘘じゃないさ。驚いたのはあんたのことだよ、ヴォース・タイオス」

「俺が?」

 彼は顔をしかめた。

「何に驚くんだ」

 おっさんになったことに驚いた訳でもあるまい、とタイオスは首をかしげた。


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