07 休むといい
やれやれ、と黒ローブを着た魔術師は息を吐き、肩の凝りをほぐすかのように右腕をぐるりと回した。
「これでようやく、休める」
「復旧したか」
もう一着の黒ローブが尋ねた。
「まあ、四割といったところかな」
「少ない」
「あとはもう、私がひっついていなくたっていいさ。災害時の緊急条約は成り立ったし、うちの兵士とウラーズの兵士が個人的に喧嘩でもおっぱじめない限り、あとは復旧していくだけさ」
「大雑把な判定だ」
「私が細かい点まで気にする必要はない、と言っているんだよ」
夜蒼の瞳を持つ魔術師は、灰色の髪をかき上げた。
「それにしても何なんだい、ラドー。私が呼んでもいないのに、あんたが城にくるなんて。さては」
イズラン・シャエンはにやりとした。
「ついに、私から宮廷魔術師の座を引き継ぐことを決めて」
「トーカリオン様からの伝言がある」
アルラドール・サングは、イズランの戯言を無視した。
「我らが王子殿下が、何だって?」
返事がなかったことを特には気にせず――それは即ち「否」であるし、万一にも「応」などやってこないことをよく知っていたからだ――イズランは尋ねた。
「『まもなく首都を訪れる〈ホルッセ劇団〉はよい芸事一座だ』」
「はあ?」
「『便宜を図り、危険のないよう、気遣ってくれ』」
間の問いかけるような声を無視して、サングは言い切った。
「トランタリエ? 久しぶりだな、殿下がそこまで仰るのは」
「ずいぶんとお気に召したようだ。もっとも」
サングは肩をすくめた。
「お前も気に入るだろう」
「それは予言かな、兄弟子よ」
サングはイズランより七つほど年下だが、兄弟子だ。それはイズランの弟子入りが遅かったためだった。
彼らの魔力を戦わせればどちらが上かというようなことは、一概には予測しづらかった。術の種類によって得意不得意もあるからだ。
ただ、総合的にはサングの方が優れていると言えた。彼は魔術師協会の導師を務めており、たまに王城の仕事を手伝う。イズランは宮廷魔術師という地位にいて、それに相応しいだけの魔力を持ってはいるが、魔術師としてとても有能だと言うよりはオルディウス王に個人的に気に入られているという事情が大きい。
「劇団と言うからには、芝居か。殿下の好みそうなものと言えば、何やら小難しい哲学的な」
「いろいろだ」
とサングは、ティエがタイオスにしたような説明をイズランに行った。
「目眩ましの手品から、男女の恋愛を扱った三文芝居、調教された獣の芸やら、衣装の少ない踊り娘の演舞やら」
「それはなかなか」
イズランは笑った。
「充実していて楽しそうだ」
「私は散漫なだけだと思うが、民衆の意見はお前に似て、目に入るものを何でも食べたいというところのようだ」
「殿下もそうだと言うのかい?」
「トーカリオン殿下は、お忙しくていらっしゃる。一度の演芸見物でさまざまな芸事をご覧になることができれば、それは満足なさるだろう」
「は。毎度ながらあんたの勝ちだ、兄弟子殿」
イズランはひらひらと手を振った。
「判った、劇団の件は手を回しておく。……だが」
宮廷魔術師は、じろりと相手を見た。
「私の留守中、それが最大の、懸案事項だったのか?」
「何も私は懸案していない。お前がするだろう、と言うのみ」
「私か。私はね、ラドー。サング導師。本当に休みたいんだ。少しばかりでいい。カリファードでの崩落事故の報告が入ってからこっち、たとえでも何でもなく、一睡もしていないんだからね」
魔術で眠気や疲労を抑制すれば、不眠不休で働くことができる。だがそれは疲労を気づかせないだけであり、術を解くタイミングを誤れば、ぼろぼろになって倒れる――場合によっては死ぬことになる。
「では、休むといい」
サングは追い払おうとするかのように手を振った。
「ほかの話は、あとだ」
「ほか?……ああ、そうだ」
イズランはしかし、却って足をとめた。
「タイオス殿が南下している様子だ。シリンドル方面ではあるが、たまたまかもしれない」
「そうか」
サングはただ相槌を打った。
「彼の動向について何か掴んではいないか、ラドー」
イズランは何気なく尋ねた。
「動向」
年下の兄弟子は口の片端を上げた。
「言わぬと約束をした故、言えぬな」
「ふうん、そうか。……何だって?」
思わず流しそうになってから、イズランは改めて聞き咎めた。
「会ったのか? 話をした?」
「いいや」
サングは肩をすくめた。
「何も知らないとも」
その答えにイズランは呪いの言葉を吐き、サングは防御の印を切った。




