05 あと半月もすれば
「迎えの者」には、思惑があるのかもしれない。
ハルディールが考えたのは、貴族たちの勢力争いのようなものがオーディス家の周囲にもあるのではないかということだった。シリンドルでは、あまり見られないもの。
確かに、思惑は存在した。
しかしそれは、シリンドル王が考えるようなこととは違った。
「巫女姫に、神官」
フェルナーは唇を歪めて呟いた。
「冗談じゃない。どちらにどれだけ力のあるものかは知らないが、もしも何かを見られて」
彼は大げさに手を振った。
「幽霊だなんて的外れなことを言われたらと思うと、ぞっとする」
「……フィレリアに聞かれるぞ」
静かに、ルー=フィンは言った。フェルナーは鼻を鳴らした。
「聞かれたって、どうってことない。あいつは言いなりの、自動人形みたいなもんだ」
「だが、お前の身体の……ヨアティアのことは知らないと」
「知らないとも。知る必要もない」
「確かに、必要はないな」
ルー=フィンはうなずいた。
「僕自身は、王と話をしてもかまわないが、エククシアからは気をつけろと言われている。それに加えて、神の使徒どもときた。断って当然」
「しかし、礼儀にはもとる」
少ししかめ面をして、騎士は言った。
「陛下のご招待を何だと思っているのか」
「所詮、小国じゃないか。おっと、怒るなよ」
フェルナーはおどけるように両手を上げた。
「事実だろう?」
「――国土の広さや国力の強さだけが、国の価値を決めるのではない」
騎士は静かに答えた。
「では、何が決める? 神の加護の大きさか? お前はそうやって、二言目には〈峠〉の神、〈峠〉の神だが、その素晴らしい神様はお前に何をしてくれたんだ?」
唇を歪めて、フェルナーは尋ねた。
「両親を失わせ、恩人を失わせ、恋人も」
「黙れ」
ルー=フィンは低く、鋭く、声を発した。
「――黙れ」
「は」
フェルナーは嘲笑した。
「痛いところという訳か、ルー=フィン? 僕にはお前の信仰が全く理解できないよ」
「理解されずともけっこうだ」
「本当に、理解できない」
ルー=フィンの反駁を無視するかのように、フェルナーは繰り返した。
「神は、ちっともお前を守ってなんかいないのに」
くすり、と彼は笑った。銀髪の騎士はそれをじろりと睨んだが、もうそのことについては何も言わなかった。
「『迎え』はいつ、くるんだ」
代わりに、彼は問うた。
「さあね。でもきっと、そろそろじゃないか」
フェルナーはいい加減なことを言った。
「迎えがきて帰るのであれば、何のためにここへきた」
「これによる」
フェルナーは自身の胸辺りを指でとんとんと叩いた。
「これの父親の墓参り、なんて辺りじゃ気に召さないのか?」
「それならお前だけでいいはずだ」
「フィレリアか。彼女は目眩ましだと言わなかったか?」
これの、とまたフェルナーは胸を叩いた。
「聞いた。だが、彼女はひとりで陛下にお会いし、巫女姫様にお会いしている」
「だから僕が引っ込んでいられるんじゃないか」
ふんとフェルナーは笑った。
「馬鹿なのか、お前は。少しは考えてみたらどうなんだ」
どうにも侮辱的な言いようであった。だがルー=フィンは何も言い返さず、黙った。
「何が気になっているにせよ、ルー=フィン」
仮面の男は肩をすくめた。
「あと半月もすれば、お前の疑問はみんな氷解するさ」
「半月だと? 半月後に何が判る」
「それは」
くすりと、少年を内包した男は笑う。
「そのときまで楽しみにしておけよ」
窓の向こうに昇りだした不気味に赤く丸い月を背にして、フェルナーは含み笑いを続けた。




