03 変わったことが
「シィナを怒らせちゃった、な」
リダールは呟いた。
「もう、あの小屋には行けないだろうか」
「失礼ながら、申し上げますが」
ハシンはそっと言った。
「そうお思いなら、きちんとお話をされるとよろしいかと存じます」
「話すって……フェルナーのことを?」
「もちろんです」
使用人はうなずいた。
「でも、あまりにも突飛だもの。信じてもらえないよ」
「そうかもしれません。ですが、そうではないかも」
ハシンはリダールに近寄ると肩に触れ、彼を扉の方に向かせた。
「同じ『怒らせて友だちを失う』のでしたら、全てお話しなさってみては?」
「……ハシン」
リダールは使用人を見上げた。
「判った。そうする。――有難う」
きゅっと唇を真一文字に結ぶと、リダールは部屋を飛び出した。
「シィナ、シィナ!」
そのままリダールは館を出、驚く門番に「ちょっと友だちと会ってくる」とだけ言って裏へ回ると、友人の名を呼んだ。
もうとっくにいないだろうとは思っていた。友人の行動はいつも素早いからだ。
「……何だよ」
だが意外にも、近くから返事があった。まるで立ち去りがたかったように、リダールの友人はキルヴン家の塀の近くでうろうろしていたようだった。
「シィナ……」
「やっぱり、くることにしたってか? お前、決断が遅いよ」
顔をしかめてシィナは言った。
「もっとこう、さくさくとさ。こいよっつったら、うん行くよって即答すりゃ、余計な時間食わなくて済むのに」
「ご、ごめん」
「別にいいさ。このぐだぐだな感じがお前らしいって言えば、お前らしいんだし」
シィナはそんなふうに言って手を振った。
「行こうぜ、まだ準備の途中なんだ」
「ちょ、ちょっと待ってシィナ」
リダールは友人を制するように両手を上げた。
「僕、話をするために」
「あぁ?」
シィナは脅すようなどすの利いた声を出した。
「ごちゃごちゃうっせえ。いいから行くぞ」
そう言うとリダールの手を取り、引っ張るようにして歩き出す。仕方ない、とリダールは思った。小屋まではいくらか距離もある。歩きながら話せばいい。
「あの、あのねシィナ」
早足のシィナに手を掴まれたリダールは、半ば走るかのようだった。
「僕の、カル・ディアでの友だちのことなんだけど」
「あぁ?」
今度の声に脅しや不満の色はなかったが、不審のそれはたっぷりとあった。
「お前、友だちいたの?」
片眉を上げてシィナは尋ねた。
「事故で誰とかが死んでから、話せる奴いないって言ってたじゃん。あれ、嘘?」
「よ、よく覚えてたね」
リダールは驚いた。彼は一度くらいそんな話をしたが、詳細を語った訳でもない。シィナが覚えていたことが意外だった。
「嘘じゃないよ。フェルナーが亡くなってから……僕は、ほかの同年代の子たちから、その場にいないみたいに扱われてた」
「じゃあ、新しい友だちができたのか」
シィナはそう取った。
「まあ、よかったんじゃねえ?」
「えっと、そうじゃなくて」
リダールは困った。
「新しい友だちは……できてない、かな」
少年の脳裏に一瞬、とある戦士の姿が浮かんだが、彼のことは「友だち」とは言わないであろうと思い直した。
「何だ」
シィナは肩をすくめた。
「何も変わらず、か」
「変わったことが、あったんだ」
リダールは「変化したこと」のみならず「奇妙なこと」の意味をも込めて言った。
「君に聞いてほしい。……時間をくれる?」
「何だよ」
ふたりはお互いに、どこか困った顔をした。
「信じてもらえないかもしれないけど、僕は……」
「――しっ」
リダールが懸命に考えながら言葉を発しようとしたときだった。無情にもと言おうか、シィナはそれを遮った。
「あれ、見ろよ」
声をひそめて、シィナは指差した。
「え?」
きょろきょろとリダールは、差し伸べられた指の先を追った。
「あの人が、どうかし」
「しっ、黙れって」
シィナは友人の口をふさいだ。気の毒にリダールは目を白黒させる。
「……また、いた」
それから少しして、その人影が角を曲がってしまったあと、下町の子供は呟いた。
「なあ、リダール。お前は近頃、ずっと館に籠もりきりだったから知らないだろうけど」
友にして領主の息子をじっと見ながら、シィナは続けた。
「近頃、この町のあちこちで、よく見るんだ。ああやって……フードをすっぽりかぶった連中を」
「……へえ」
リダールは目をぱちぱちとさせた。
「何だか、薄気味悪い気がするね」
彼は感想を洩らした。シィナに笑い飛ばされるかと思ったリダールだが、友人は真剣な顔でうなずいた。
「オレもそう思う」
豪胆なシィナがそんなふうに答えたことは、リダールをどことなく不安にさせた。
「なあ、リダール」
シィナはまた彼を呼んだ。
「いまの奴、追いかけてみねえ?」
ランザックの誕辰なんか、あと回しでいいや――と、言い放ったシィナは、リダールの返事を待つことなく、三度彼の腕を取ったのだった。




