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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第1話 灰色の影 第3章

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03 変わったことが

「シィナを怒らせちゃった、な」

 リダールは呟いた。

「もう、あの小屋には行けないだろうか」

「失礼ながら、申し上げますが」

 ハシンはそっと言った。

「そうお思いなら、きちんとお話をされるとよろしいかと存じます」

「話すって……フェルナーのことを?」

「もちろんです」

 使用人はうなずいた。

「でも、あまりにも突飛だもの。信じてもらえないよ」

「そうかもしれません。ですが、そうではないかも」

 ハシンはリダールに近寄ると肩に触れ、彼を扉の方に向かせた。

「同じ『怒らせて友だちを失う』のでしたら、全てお話しなさってみては?」

「……ハシン」

 リダールは使用人を見上げた。

「判った。そうする。――有難う」

 きゅっと唇を真一文字に結ぶと、リダールは部屋を飛び出した。

「シィナ、シィナ!」

 そのままリダールは館を出、驚く門番に「ちょっと友だちと会ってくる」とだけ言って裏へ回ると、友人の名を呼んだ。

 もうとっくにいないだろうとは思っていた。友人の行動はいつも素早いからだ。

「……何だよ」

 だが意外にも、近くから返事があった。まるで立ち去りがたかったように、リダールの友人はキルヴン家の塀の近くでうろうろしていたようだった。

「シィナ……」

「やっぱり、くることにしたってか? お前、決断が遅いよ」

 顔をしかめてシィナは言った。

「もっとこう、さくさくとさ。こいよっつったら、うん行くよって即答すりゃ、余計な時間食わなくて済むのに」

「ご、ごめん」

「別にいいさ。このぐだぐだな感じがお前らしいって言えば、お前らしいんだし」

 シィナはそんなふうに言って手を振った。

「行こうぜ、まだ準備の途中なんだ」

「ちょ、ちょっと待ってシィナ」

 リダールは友人を制するように両手を上げた。

「僕、話をするために」

「あぁ?」

 シィナは脅すようなどすの利いた声を出した。

「ごちゃごちゃうっせえ。いいから行くぞ」

 そう言うとリダールの手を取り、引っ張るようにして歩き出す。仕方ない、とリダールは思った。小屋まではいくらか距離もある。歩きながら話せばいい。

「あの、あのねシィナ」

 早足のシィナに手を掴まれたリダールは、半ば走るかのようだった。

「僕の、カル・ディアでの友だちのことなんだけど」

「あぁ?」

 今度の声に脅しや不満の色はなかったが、不審のそれはたっぷりとあった。

「お前、友だちいたの?」

 片眉を上げてシィナは尋ねた。

「事故で誰とかが死んでから、話せる奴いないって言ってたじゃん。あれ、嘘?」

「よ、よく覚えてたね」

 リダールは驚いた。彼は一度くらいそんな話をしたが、詳細を語った訳でもない。シィナが覚えていたことが意外だった。

「嘘じゃないよ。フェルナーが亡くなってから……僕は、ほかの同年代の子たちから、その場にいないみたいに扱われてた」

「じゃあ、新しい友だちができたのか」

 シィナはそう取った。

「まあ、よかったんじゃねえ?」

「えっと、そうじゃなくて」

 リダールは困った。

「新しい友だちは……できてない、かな」

 少年の脳裏に一(リア)、とある戦士の姿が浮かんだが、彼のことは「友だち」とは言わないであろうと思い直した。

「何だ」

 シィナは肩をすくめた。

「何も変わらず、か」

「変わったことが、あったんだ」

 リダールは「変化したこと」のみならず「奇妙なこと」の意味をも込めて言った。

「君に聞いてほしい。……時間をくれる?」

「何だよ」

 ふたりはお互いに、どこか困った顔をした。

「信じてもらえないかもしれないけど、僕は……」

「――しっ」

 リダールが懸命に考えながら言葉を発しようとしたときだった。無情にもと言おうか、シィナはそれを遮った。

「あれ、見ろよ」

 声をひそめて、シィナは指差した。

「え?」

 きょろきょろとリダールは、差し伸べられた指の先を追った。

「あの人が、どうかし」

「しっ、黙れって」

 シィナは友人の口をふさいだ。気の毒にリダールは目を白黒させる。

「……また、いた」

 それから少しして、その人影が角を曲がってしまったあと、下町の子供は呟いた。

「なあ、リダール。お前は近頃、ずっと館に籠もりきりだったから知らないだろうけど」

 友にして領主の息子をじっと見ながら、シィナは続けた。

「近頃、この町のあちこちで、よく見るんだ。ああやって……フードをすっぽりかぶった連中を」

「……へえ」

 リダールは目をぱちぱちとさせた。

「何だか、薄気味悪い気がするね」

 彼は感想を洩らした。シィナに笑い飛ばされるかと思ったリダールだが、友人は真剣な顔でうなずいた。

「オレもそう思う」

 豪胆なシィナがそんなふうに答えたことは、リダールをどことなく不安にさせた。

「なあ、リダール」

 シィナはまた彼を呼んだ。

「いまの奴、追いかけてみねえ?」

 ランザックの誕辰なんか、あと回しでいいや――と、言い放ったシィナは、リダールの返事を待つことなく、三度(みたび)彼の腕を取ったのだった。


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