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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第1話 灰色の影 第3章

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01 気になるんだ

 それからしばらくの間、フードをかぶった人物は店に姿を見せなかった。

 イリエードは店の主人であるモウルと話し、薄気味悪くはあったが、もうこないのであればかまわないと意見を一致させた。

 何者だったのか、ほかの客が言ったように無言の行でもしていたのか、それは判らない。だが、店に迷惑をかけず消えてくれたのだからそれでいい。店主や護衛の考えはその辺りだった。

「やあ、戦士さん」

「ん? ああ、あんたは、あんときの」

 モウルと話してから更にそのあと数日もするとイリエードもその件をほとんど忘れてしまっていたのだが、彼と違っていまだに気にかけていた人物がいた。

 店の親爺に、そして彼にも話しかけてきた、ひとりの客である。

「最近、見ないね?」

 そのほのめかしに、イリエードもフード連中のことを思い出した。

「そうだな」

 彼はうなずいた。

「けっこうなこった」

「だが、それなら奴らは、どこに行ったのかな」

 客はそんなことを呟いた。イリエードは鼻を鳴らした。

「さあね、神殿にでも帰ったんだろうさ」

「神殿だって?」

 客が不審そうに言うので、戦士は「無言の行とやらが流行っているらしい」という話を伝えた。

「神官には見えなかったし、熱心な信者って感じもしなかったが……まあ、俺にはどうでもいいこった」

 〈縞々鼠〉亭の護衛は肩をすくめた。

「ふうん、無言の行、ねえ」

 客はあごを撫でた。

「どこの神殿がやってるんだ? それ」

「さあ」

 イリエードはまた言った。

「ちょっと小耳に挟んだだけで、詳しく調べた訳でもない。知りたければ自分で行ってきたらいいんじゃないか」

 気のないようにイリエードが言えば、客はうなずいた。

「そうだな。自分で行ってくるとするか」

「本気か?」

 戦士は不思議そうに問う。

「そこまで興味があるのか? いったい、どうして」

「俺はね、戦士さん」

 客はにやっと笑った。

流行りもん(・・・・・)に弱いんだ」

「は」

 イリエードは笑った。

「流行に乗って、修行でもするのかい。まあ、あんなふうにフードかぶってうろうろすることになったら、うちの店は避けてくれな」

 そんな軽口も飛び出し、フード姿のことはもうすっかり一種の冗談となった。

 なったと、思っていたのだが。

「おい、イリエード」

 彼がフードに声をかけてから、一旬近くが経ったある日のこと。モウルに呼ばれたイリエードは、ひとり席にまたあの男が座っているのを見た。

「またあんたか」

「おうよ」

 また俺だ、と男は笑った。

「その後、やっぱり、フード野郎は見られないって?」

「ああ、見ないな」

 イリエードは認めた。

「またその話をしようってのか?」

「おうよ」

 またその話だ、と男は繰り返した。

「無言の行とやらをやらせるのは、メジーディス神殿とムーン・ルー神殿だそうだ。この町にあるのは」

「ムーン・ルー神殿」

「だな」

 男はこくりとうなずいた。

「ちょっと気になったんで訊いてきたんだが」

「あんた、おかしな人だなあ」

 イリエードは感想を洩らした。

「俺やおやっさんが奴らを気にしたのは、この店の人間だからさ。だがあんたはただの客なのに」

「まあ、なあ。俺はこの店が気に入ったが、妙な客を警戒したり、追い出したりするのは確かに俺の役目じゃない」

「なら、どうして」

「気になったことを調べるのは、そんなに悪いことかい?」

 男は肩をすくめた。

「別に、悪かないが」

 イリエードは答えた。

「だろ?」

「それで?」

 モウルが問うた。

「ムーン・ルー神殿に何を訊いてきたんだ?」

「そうそう、それそれ」

 客は店の主人を向いた。

「『最近、流行ってる』なんてことは、ないようだ。もっとも、ムーン・ルーの信者には女が多いからな。フードの奴らが男なら、メジーディス関係かもしれんが」

「ムーン・ルーでもメジーディスでも」

 判らないとイリエードは首をひねる。

「流行ってなかったら、何だ」

「連中は、無言の行なんかしてないってことだろ」

「そんなの、判らんじゃないか」

 修行をするに当たっては、神殿に祈りに行ったり神官と相談したりするのだろうが、そうしなかったからと言って罰がある訳でもない。

「勝手にやって、功徳が得られるもんかね?」

「知らんよ」

 イリエードは手を振った。

 彼ら戦士は戦の神ラ・ザインの名をよく口にする。だがその多くとは、熱心な信者とは言えないだろう。なかには町入りするたびに参拝する戦士もいることはいるが、少数派だ。彼らは「ラ・ザインを信奉している」と言うよりは、「口にするのに都合がいいから使っている」というところ。

 彼自身もその例に洩れず、九死に一生を得たときなどは神を感じたりするものの、では神殿に詣でて感謝の祈りを捧げましょう、とまでも行かないタイプである。

「もっとも、流行ってないから違う、ってのは根拠としちゃ薄すぎる。信心深い敬虔な奴らだって可能性は低くなった……と言うより、高くならなかった、というところかな」

 客は笑った。

「それはつまり、何も判ってないってことじゃないか?」

「言うねえ。だがその通りだ」

 男は認めた。

「もう少し、調べてみるさ」

「酔狂な」

 イリエードは苦笑した。

「あんたはこの店のなかのことしか気にしてないかもしれんがな」

「……ん?」

「――リゼンのあちこちで、ああした連中が見られてると聞いたら、どう思う?」

「何、だって?」

 戦士は目をぱちくりとさせた。

「『無言の行が流行ってるんじゃないか』ってのは、つまり、ほかに何人も見受けられたからさ。ああしてフードをかぶり、何も言わない奴らがね」

「……だが……そうだったとしても、何が……」

「さあね」

 「何が問題なのか」というようなイリエードの疑問を最後まで聞かぬ内に、男は首を振った。

「ただ、俺が感じ、おやっさんが感じ、あんたも感じたように――気味が悪い」

 男は呟き、すっと沈黙が降りた。戦士は何だか、ぞくりとするものを覚えた。

 例のフードの人物に店から出て行ってほしいと感じた、これは戦士の勘なのか。街道で鍛えてきたそれが、彼に何らかの警告を発しているのか。

 しかし、いったい、どんな。

「気になるんだ」

 客は呟いた。

「いまのところ、それを気にしてるのは、あんたたちだけみたいでね。また話しによらせてもらうよ」

「あ、ああ」

 イリエードはうなずいた。

「じゃ、またな」

 言うと男は、卓上に置いていたつばのない帽子をかぶって、〈縞々鼠の楽しい踊り〉亭から出て行った。


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