11 ガキなんだよ
「兄妹の面倒を見ているのはルー=フィンであるとか」
「ああ、彼が連れてきたからね。僕からも頼んだ。気の毒な兄妹だ、できるだけのことをしてやってくれと」
「そうですか、陛下が」
「フィレリア殿は、エルレールともよく話をしている。フィレリア殿にも慰めになるだろうが、姉上にも気分転換になるだろう」
「可愛らしい娘さんです」
「うん、そうだね」
ハルディールはうなずいた。
「とても……可憐な」
「陛下?」
「あ、いや」
何でもないと少年は手を振った。
「もっとも、彼らに迎えがくるまでの間だ。僕は彼らを客人とするが、積極的に支援する訳にはいかない。……他国の事情だからね」
彼は王として、そう言った。
「その辺り、ルー=フィンにもきちんと言ってあるが、あなたにも言っておこう。軽々しく何か約束をしたりすることのないように」
「もちろんです」
ユーソアはうなずいた。
「ですが……」
「何だ?」
「いまのは、陛下のお言葉ですか?」
「どういう意味だ?」
「いえ」
彼は謝罪の仕草をして続けた。
「アンエスカの声が聞こえたような気がしたので」
「その通り」
ハルディールはうなずいた。
「言ったのは、アンエスカだよ。彼はルー=フィンにじゃない、僕に釘を刺したんだ。同情するのはけっこうだが立場を忘れないように、とね」
「頭の固い爺さんで困りますな」
にやりとしてユーソアが言えば、ハルディールは苦笑した。
「彼の言葉はもっともなものだ。僕が子供だからと甘やかすことはないが、でも実際、子供であるから、細かく忠言をくれる」
「そう仰いますがね、陛下は団長の小言なんか、無視するだけの権利がありますでしょう」
「ないよ」
ハルディールは笑った。
「それは、もちろん、国王の権力は騎士団長より強いさ。でも僕はアンエスカより弱いんだ」
その冗談だか本気だかに、ユーソアは曖昧な笑いでも返すしかなかった。
「もっとも、兄妹の件より、本命はこっちなんです」
「本命だって?」
「ええ。ラシャ神官の件」
ユーソアは肩をすくめた。
「陛下もご存知の通り、私は数年間、カル・ディアルの町で暮らしてきました。その間、八大神殿の神官とも交流があったのですが、彼らは神界七大神や冥界の神々、及び名を口にするも忌まわしい類以外には、興味なんて持っていないんですよ」
「興味を持ったらいけない、と決まっている訳でもないだろう?」
ハルディールは首をかしげた。
「ラシャ殿は、興味を持ったんだ」
「個人の興味を追及して、研究をまとめる? そうした行為を成果として認めるのは、むしろ神殿よりも魔術師協会です、陛下」
「魔術師とも交流が?」
「いえ、あまり」
ユーソアは首を振った。
「ですが、話には聞きます」
「あなたは、ラシャ殿が修行の一環として〈峠〉の神について知りたがるのはおかしいと言いたいんだね?」
「その通りです」
「だが、仮にそれが修行ではない、個人の興味だったからと言って、何か問題があるのか?」
「それは、シリンドル国王陛下ともあろうお方が、個人の趣味につき合うなどはいかがか、というようなことです」
「成程」
ハルディールは納得したようにうなずいた。
「だが僕としては、かまわないと思う。僕は以前、タイオスと旅をしていたとき、すぐに神に祈るのを『狂信的』と言われたんだが」
「……〈白鷲〉が、そんなことを?」
「そう」
かつての王子は笑った。
「それはタイオスがシリンドルのことを知らなかったためだ。何も大々的に宣伝する必要などはないが、他国の人間に〈峠〉の神を知ってもらうことは悪いことじゃないと思う」
「陛下がそのようにお考えなのでしたら」
ユーソアは恭順を示す仕草をした。
「何だか引っかかっているみたいだね?」
「正直なところを申し上げてもよろしければ」
「もちろん」
聞きたいなとハルディールは言った。
「『何も知らない余所者が、われわれの神を不遜にも研究などとは』」
「成程」
王はまた言った。
「判らないでもない。ただこれは、外交の一種だよ」
「一神官です」
「そうだね。相手は国ではなく、神殿ということになる」
「『個人の興味』でも?」
「一個人でも、神官だ。あなたたちが〈シリンディンの騎士〉であるように」
「それは」
ユーソアは降参するかのように両手を上げた。
「よく判る引き合いです、陛下。私は余計な口を出してしまったようですね」
「思うところを述べてくれるのは有難い」
新しい騎士に、王は真摯に言った。
「意見は最終的に均質化させるものだ。最初から誰もが同じことを考えているなんて有り得ないのに、出てくる案がどれもこれも同じ方向を指しているなんて不自然だ。僕は王だからと言って僕の我を通すことはしないし、反対意見だからと言って処罰なんてしない。さまざまな意見をもらい、みなで考えてこそ、よい国で在ることができると信じる」
「……シリンドルは」
ユーソアは姿勢を正し、ぴしりと敬礼をした。
「〈峠〉の神のもと、素晴らしい国王陛下を戴いていると感じます」
――なんてな、と男は呟いた。
「頑張ってるが、若い。いや、幼い。子供だ。ガキなんだよ、うちの王陛下は」
ひらひらと彼は手を振った。
「何もそれが悪いとは言わないさ。この国は現状、平和なんだし。下手に野心溢れる王陛下がいて大国に喧嘩でも売ってみろ、〈峠〉の神の守りだけでシリンドルが守れるとは思えんね」
顔をしかめて彼は言った。
「大国」
女は呟いた。
「そう。たとえば、アル・フェイル」
ユーソアは指を北東の方に向けた。
「あっちの王様は、広大な領土を持ちながら、隅々まで目を光らせてる。もしシリンドルに不穏な動きでもあれば、きっちり叩き潰しにくるはずさ」
「カル・ディアルはどうなの?」
「向こうの王様は」
と、今度は彼は北西を指した。
「よくも悪くも凡庸ってところかな。貴族たちの勢力も強い。いまはみんな何となく王家に忠誠を誓ってるが、誰かが反乱でも起こしたら、それは意外と拡散し、鎮圧まではかかるんじゃないかと思う。シリンドルのことなんかは、知らないも同然だろうが、だからって何かあれば放っておくとも思えない」
「ふうん」
女は相槌を打ったが、あまり興味がある風情ではなかった。
「じゃああなたの見込みでは、王陛下は、いまの意見を完全にひっくり返すこともあるってこと」
大国のことより、女はシリンドルの国王について尋ねた。
「まあ、有り得るだろうな」
ユーソアはうなずいた。
「意見に耳を傾ける。そう言えば寛容なようだが、要するに自信がないんだ」
男は肩をすくめた。
「それにしても、客人にも神官にも不信感なしときた。大丈夫なのかね、あれで」
「そうしたところが、陛下と、そしてこの国のいいところではなくて?」
たしなめるように女は言ったが、男は顔をしかめた。
「騙そうと思えば簡単だ」
「誰もそんなこと、しないわよ」
女は笑んだ。
「そうよ、誰も」
「だといいが」
ユーソアは肩をすくめた。
「でも、そんな話、ほかではしないのよ」
「ああ?」
「あなたを買ってくれている人がいることを忘れないように」
忠告するように、女は言った。
「そうした話は、私だけに、話してちょうだい」
「判ってるよ」
彼は片目をつむった。
「陛下や騎士団の話をするのは、あんたにだけだ」
「そうよ」
優しい笑みを浮かべたままで、女はうなずいた。
「私だけ、ね?」
「ああ」
あんたにだけだと繰り返し、ユーソアもまたそっと笑みを返した。




