10 恨みなどは
それで、と少年王は笑った。
「アンエスカは、何と?」
「『素行に注意しろ』。主にはそういうことでしたね」
団長に注意を受けた青年騎士は、警護についたハルディール王に求められて話をした。
「あなたは素行が悪いのか?」
面白がるような調子でハルディールは問うた。
「とんでもない。団長の誤解です」
大げさに手を振って、ユーソアは否定した。
「少しばかり、ご婦人と親しそうに話しているところを見られただけです。『異性と一切口を利いてはならない』と誓った覚えがあれば叱責も受けますが、そうじゃない」
「アンエスカが誤解したと言うより、おそらく彼は、誤解を受けるような真似を慎むよう、言いたかったんじゃないかな」
ハルディールは騎士団長の胸の内を推測した。
「あなたたちは〈シリンディンの騎士〉なんだからね」
「十二分に理解しています」
ユーソアは片手を胸に当てて敬礼をした。
「もし陛下や団長が、私が騎士の品位を落とすようなことをしでかすとお思いなら、残念なことです」
「僕はそんなこと、思っていないよ」
彼は気さくに言った。
「あなたは待望の、新しい騎士だもの。期待しているんだよ、僕もアンエスカも」
「――有難きお言葉です」
青年は感謝の仕草をした。
「世辞なんかじゃないよ、本当だ」
ハルディールは言った。
「アンエスカとクインダンの間には、二十年超の年齢差がある。これは憂慮すべき事態だった」
王は真剣な顔を見せた。
「あなたくらいの年代の騎士に、できれば幾人かいてもらいたい。だがいまからでは、難しくもあるだろう」
鍛錬を積んで騎士となる者には、二十半ばから三十過ぎほどの年代が多かったと言う。若さだけではなく、経験――剣の技においてのみならず、人間としての経験――も必要とされたからだ。
そうした意味ではレヴシーはいささか特例だ。死んだ前団長、老ウォードは、不採用とすることでレヴシーの成長がとまることを危惧したと言える。
だが、彼のように成人したてで試験に臨むことなどまずなく、若くても二十歳過ぎ――ルー=フィンほどからだ。それも一度で通るとも限らず、翌年、翌々年と挑戦して合格する者もいた。本来、かつてと言うべきか、騎士団の年齢の中央値は三十前後であったのだ。
しかし少し前まで「騎士を目指そう」という層は極端なまでに薄かった。いま二十半ばから三十ほどの男たちには、剣の訓練の経験さえほとんどない。次にその年代の騎士が誕生するには、いま十代の少年たちが成長した頃になるかもしれなかった。
つまり、十年後。もちろんいまの騎士たちも年を取る。アンエスカが引退を余儀なくされる頃、クインダンはまだ三十そこそこだ。
「もしかしたら、あなたが唯一の、中間の世代ということになってしまうかもしれない。頼りにしたいと思っているんだよ、ユーソア」
「……まさか、ハルディール陛下」
ユーソアはゆっくりと声を出した。
「陛下は、私を次の団長にとお考えですか?」
「それはアンエスカの決めることだ。あなたにはクインダンの補佐という形をとってもらうかもしれない」
「クインダン」
彼は呟いた。
「陛下も、お人の悪い。クインダンを想定しているのであれば、そう仰ってくだされば」
「少し前まで、クインダンしか候補はいなかった。そのためにまず彼が連想されるんだよ」
ハルディールは言った。
「ニーヴィスがいたなら、考えるまでもなく彼だったろうが」
ハルディールは瞳を閉じ、死んだ騎士の名を口にした。ユーソアは同じように目を閉じ、丁寧に哀悼の仕草をした。
「ニーヴィスは、私にとって、兄であり師匠でした」
「……何だって?」
「彼から剣を教わったんです」
「そう、だったのか」
初めて聞いた話に、少年王は戸惑うような表情を浮かべた。
「ユーソア、このようなことを言う必要はないと思うが」
「ええ、陛下。ご心配なく」
彼は――アンエスカが見れば顔をしかめるであろうことに――ハルディールの言葉を遮った。
「もちろんのことです。私は、ルー=フィン・シリンドラスに対し、恨みなどは抱いていない。彼に責められるべき点があるとすれば、ヨアフォードに従った愚かさだけだ」
「ユーソア。彼は……」
「ヨアフォード・シリンドレンに育てられ、恩を覚えていたと仰るのでしょう。ですが、恩人を盲信して王家に仇をなしたことは事実です」
「だがいまは、彼もまた〈シリンディンの騎士〉だ。あなたと同じ」
「ええ、そうですね」
ユーソアはうなずいた。
「判っています。申し上げた通り、恨みはございません」
誓いの仕草をして、騎士ははっきりと言った。少年王はほっとした顔を見せた。
騎士ニーヴィスを殺したのは、ルー=フィンだ。彼はヨアフォードの命を果たすべく、ハルディールを守るニーヴィスと剣を交え、勝利した。彼らは各々が信じるものに従って正々堂々と戦ったのだが、ルー=フィンがヨアフォードから離れていれば起こらなかったことだ。
そのことがハルディールや騎士たちの胸のなかからすっかり消えてしまった訳ではない。しかし、起きたことは起きたこと。過去を糾弾して、たとえばルー=フィンを罪人として吊すよりも共に未来のシリンドルを作ろうと、彼らはそう決めたのだ。
民のなかには、いまだルー=フィンを悪く言う者も皆無ではない。何を考えているのか判らない、また裏切るのではないかと。いつぞやヨアティアが言ったように「命惜しさに王家に尻尾を振った」と考える者もいる。
だが致し方のないことだ。ルー=フィンはそれに言い訳ひとつせず、ただ務めを果たしている。いつかは判ってもらえると信じているのか、判ってもらえなくとも、それも受けるべき罰だとでも考えているのか。
「ともあれ、このユーソア・ジュゼ」
青年騎士は胸に手を当てた。
「ご期待に添うべく、日々精進いたします」
少年王は頼もしそうにそれを見た。
「ときに、陛下。お尋ねしてもよろしいですか」
「うん? 何だい」
「一風変わった客人のことです」
「それは、誰のことを指している?」
ハルディールは確認を求めた。
「全てです」
と、ユーソアは答えた。
「フェルナー、フィレリア兄妹のことも。ラシャ神官のことも」
「仮面の兄上殿は確かにいささか変わっているが、フィレリア殿はごく普通のお嬢さんだ。ラシャ殿も」
ハルディールは首をかしげた。
「何を訊きたいと?」




