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10 ゆっくり休んでろよ

 数日もすれば、あの怖ろしかった時間も、もう酒の肴のようなものになり出した。

 遺族はそういう訳にもいかなかったが、少なくともシリンドルでは、犠牲は僧兵だけだった。彼らの家族は遺体のない死に悲嘆に暮れたが、国を守ろうと戦ったのだと誇りを抱いた。騎士たちと神殿長が各家族を訪れたこともまた、彼らの慰めとなったと言えただろう。

 気の重い、しかし大切な仕事を終えて、騎士たちもまた普段の任に戻った。

 そうして時間を送れば、やはり、あの出来事は悪夢に過ぎなかったかのような錯覚に陥る。

 もっとも、警戒する必要はもうない。魔族は消え去り、もう戻ってこないだろう。

 ただ残念だったのは、あのあとろくな挨拶もできぬまま、〈白鷲〉がシリンドルを発ってしまったことだった。

「水くさいよなあ」

 レヴシーは不満そうだった。

「俺、もっとタイオスと話をしたかったのに」

「みんな同じさ」

 ユーソアが言った。

「だが仕方ない。次の、大事な使命が待ってたんだから」

「大切なご婦人の救出……騎士に相応しい、使命だな」

 クインダンが呟いた。

「叶うといいが」

「神の加護がある」

 ルー=フィンが言った。彼らは揃って、うなずいた。

「ところで、クイン」

 少年騎士は先輩を見た。

「ちょっといいかな」

「何だ?」

 クインダンは促した。

「ユーソアも」

「ん?」

「こんなふうにさ、集まって話してるなんて滅多にないし。いい機会だと思って、訊いてみたいんだけど」

 こほん、と彼は咳払いをした。

「ユーソアとエルレール様はどうなってんだ?」

「はあ?」

「レ、レヴシー」

 ユーソアは片眉を上げ、クインダンは焦った。

「そのような、ことは」

「何だよ。はっきりさせた方がいいんだよ。クインがエルレール様の護衛をユーソアに譲るなんて変だよ、変」

「譲る?」

「エルレール様のお望みだ」

「あ?」

「だから何で、そういうことになってるのかって」

「――ああ」

 そこでユーソアは、ぽんと手を叩いた。

「何だ。俺が姫殿下とよく話してるから、妬いてるのか」

「い、いや……その」

 否定しきれず、クインダンは困惑した。ユーソアは笑った。

「おかしなことを考えてるんじゃないよ。殿下が耳にしたらがっかりなさるぞ」

「何だって?」

「だから。エルレール様はクインダン、お前しか見てないってことさ」

 ユーソアは片目をつむった。

「俺が殿下とお話しするのは、何て言ったらいいのか」

 迷うように、彼は腕を組んだ。

「こう言うのもおこがましいが、相談に乗って差し上げている」

「相談?」

「ああ。この前こんなことを言ったらクインダンが困っていたようだが彼はどう思っただろうかだのというまるでごく普通の少女みたいなお話から、ご自分の中途半端な態度はクインダンに迷惑ではないかというような巫女姫ならではのお悩みごとの」

「迷惑など!」

 思わずクインダンは両の拳を握った。ユーソアはにやりとする。

「もちろん、そんなことは決してございませんと言ってあるさ、安心しろ」

「い、いや、その」

 こほん、と先輩騎士は咳払いをした。

「まあ、お気持ちは、判るところもあるしな」

 ふっとユーソアは呟いた。

「何だって?」

 クインダンはまた言った。

「あ、判った!」

 レヴシーがぱちんと指を弾いた。

「さてはユーソアも、誰か……」

「違う!」

 不自然なほどの早さでユーソアは否定した。レヴシーは目をぱちくりとさせ、それからにやりとする。

「やっぱり」

「くそ」

 しくじった、とユーソアはうなった。

「なぁんだ、そうなのか。それなら、そう言えよ」

 にやにやと、レヴシー。

「別に隠すことはないんじゃないか? エルレール様じゃないなら」

「俺を騎士団から追い出す気か?」

 ユーソアは顔をしかめた。レヴシーは両腕を組んだ。

「その問題があるな。でもアンエスカさえ納得させられりゃいいんだろ。俺、言ってやろうか?」

「やめろ馬鹿」

 彼は年下の先輩騎士の頭をはたくふりをした。レヴシーは笑って避ける。

「俺の話は、いいんだよ。クインダンとエルレール様の話だったろ」

「いや、その話に戻さなくてもいいんだが」

 クインダンは首を振ったが、そうはいかないとユーソアは返した。

「だからな。俺とエルレール様は純粋に、お話をしてるだけの間柄ってことだ。判ったらおかしなことは考えず、詫びとしてエルレール様のところに行ってこい。いますぐだよ」

 ユーソアはけしかけるように言うとクインダンの背を押した。

「だが、用もないのに」

「馬鹿野郎」

 今度はユーソアはクインダンを罵った。

「用なんてなくていいんだよ。どうしても必要なら、作れ」

「そんな無茶な」

「何が無茶だ。そんなうだうだしてると()るぞと言ったろ」

「大事な女性(ひと)がいるのにか?」

「う」

 ユーソアは詰まった。

「……なあ、ユーソア」

 クインダンは彼を振り返った。

「何だよ」

「もし、お前が不特定数の女性と……その、仲良くするようなのが、本心を隠すためなら」

「俺の話は、いいと言っただろ」

 顔をしかめてユーソアは遮った。

「いいから行けよ。用事が思いつかないなら、〈峠〉に参拝と伺いましたが、とでも言ってこい」

「そのような嘘は」

「うるさい」

「行けよ」

「行くといい」

 それまで黙っていたルー=フィンにまで言われては、クインダンも拒絶しきれなかった。

「判った」

 行ってくる、と青年騎士はようやく部屋を出て、ユーソアとレヴシーはにやりとすると両手を高い位置でぱちんと合わせた。

「じゃあ次はユーソアの話だな!」

 少年は――ある種、とても子供らしく――次の標的を決めた。ユーソアは渋面を作った。

「俺のことは、いいんだって」

「そんなこと言うなよ。俺だってさ、いつかそんな相手ができるかもしれないし、そんなとき前例があったら助かるんだけどな」

「他人に頼るな、そうなったら自分で何とかしろ」

「ええー、いいじゃないか、話してくれたって」

 レヴシーはなおも食い下がったが、ユーソアは頑として語らなかった。

「ちぇっ」

 しばらく頑張ったレヴシーも、ついには諦めた。

「さて、そろそろ行くか」

 ユーソアはルー=フィンを見た。

「じゃあな、レヴシー。ゆっくり休んでろよ」

「完全に治すことも任務の内だ。慌てるな」

「何だか俺ばっかり」

 前のときもさ、とレヴシーは寝台の上でぶつぶつと言った。

 あの日、騒動が済んだあとのことだ。イズランに術を解かれたレヴシーは、意識を失いこそしなかったものの、疲労の極限で立ってもいられないような状態になった。

 通常ならどんなに疲れ切ったところで、若く、かつ鍛えた彼であればひと眠りもすればほとんど回復してしまうはずだ。だがイズランの術は言うなれば二日分、三日分の体力の先取りであった。

 レヴシーは、意識ははっきりしているのにろくに四肢すら動かせず、苛ついた思いで時間を過ごすしかなかった。五日以内で必ず元に戻るという魔術師の言葉を信じておとなしくしていた、と言うよりは、実際に動けなかったのだが。

 騎士たちは合間合間にレヴシーを訪れてねぎらい、話をした。このときはアンエスカの許可を取り、交替のタイミングを合わせて、少年騎士の部屋に勢揃いした。

 レヴシーの言った通り、こうしたことは滅多になかった。初めてでさえ、あるやもしれなかった。

 つまり、団長の指示を受けたり意見や報告を交換し合ったりするためではなく、上官――アンエスカ、ということになるが――のいないところで全員が集まり、ただ話をするということ。

 わずかな間ではあったが、彼らはそれぞれ、満足感のようなものを覚えていた。

 こういう時間も、いいものだ。


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