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09 子供扱いは困りますわ

 通常であれば、足元まで隠す長さのあるふわふわしたドレスを身につけながら上手に走るのは、至難の業だろう。

 だが彼女には慣れたものであった。

「お父様!」

 アル・フェイル国王オルディウス三世の孫娘は、第一王子たる父親の私室に息を切らして駆け込んだ。

「ご無事ですの!?」

「これはこれは、可愛い娘」

 トーカリオンは笑みを見せた。

「見ての通り、私は無事だ。ラドーがついていてくれたからな」

「よかった……」

 アギーラは胸を撫で下ろした。

「もし、お父様に何かあったら」

「――アギーラ」

「お父様世代を飛ばして、私たちが次代になってしまうではありませんか。アギーラはまだ、大きな責任など持ちたくありません」

 きっぱりと姫は言い、父親は実に落胆した。

「そういうときは建前でも『ご心配いたしました』と言うものだ、姫よ」

 ため息混じりにトーカリオンは言った。

「あら、嘘はいけないと教わったわ」

 あごを反らしてアギーラは言い放った。

「時と場合による。殊、お前の立場では何でも率直であればよいというものでも……」

「判っているわ、そんなこと」

 姫は父親の説教を遮った。

「心配しなかった訳ではないわ。でもラドーがついていたと言うし、こうしたことは、お父様にだから言うのよ」

「複雑なところだ」

 トーカリオンは額にしわを寄せた。

「ねえ、いったいどういうことだったの? 憶測は飛び交っているけれど、どれも信憑性がないもの」

 それからアギーラは真剣な顔をして尋ねた。ふむ、とトーカリオンは両腕を組んだ。

「太陽が黒く染まるという現象は、ごく稀にだが見られることだという話だ。しかし星辰の観察を司る者たちからすると、アル・フェイド付近で起こるとされるのは五十年は先の話であるとのことだ」

「起きたじゃないの」

 鼻を鳴らしてアギーラは容赦なく指摘した。

「その者たちは首にすべきですわ、お父様」

「短絡的なことを言うものではない」

 トーカリオンは首を振った。

「五十年後との見解は一致しているのだ。南部でも東部でも、カル・ディアルでもな」

「カル・ディアルですって?」

「魔術師協会に国境はないんだそうだ。父上や私の立場では公式に認めることはできぬが、禁止もできぬ」

「そこから情報をもらっているなら認めているようなものじゃない」

「黙認、というものだ」

「ずるいわ」

 姫は唇を尖らせた。

「協会と喧嘩をして何の得になる? 現状、イズランは個人的に父上に仕えているが、ラドーがイズランや我らに協力するのは、イズランの監視という目的もあるためだぞ」

「何ですって? そんな話、聞いたことないわ」

「お前もそろそろ、表面に見えてこないことにも目を向けた方がいいだろう」

 王子は嘆息した。

「イズランとラドーは、知っての通り、同じ魔術師に師事した弟子同士だ。個人的なつき合いを持ちたがらない魔術師にしては親しい間柄と言えるだろう。だがラドーは親愛からイズランを手伝うのではない。協会とラドー自身、そして協会と陛下の間に、非公式の約束があるからだ」

「それは、どういう内容なの?」

 アギーラは尋ねた。トーカリオンは少し黙った。

「……もう少し、お前が大きくなったらな」

「何ですって? 私は立派な成人女性よ」

 姫は反発した。

「子供扱いは困りますわ、お父様」

「どうしてもと言うのであれば、陛下にお尋ねするといい」

 トーカリオンは手を振った。

「お前にはまだ早いと判断なさるだろうが、な」

「お爺様は私がいつまでも五歳であるかのように仰るわ」

 不満そうに姫は言った。

「お話ししてくださるはずがないじゃない」

「では子供じみた言動を慎み、世辞や追従ではなく立派だと言われるようになりなさい」

 父親は諭した。

「まさかまた、誰それの妻になっておとなしくなさいという話なのかしら?」

「それもひとつの方法ではある。夫を支え、子を産み、育てるというのは立派な役割のひとつだ」

「あまり面白くなさそうだわ」

「アギーラ」

「判っているわよ。私の立場であれば、結婚も子を産むのも務めだわ。でも絶対、顔のよい殿方でなければ嫌よ」

「そう言う発言を子供じみていると言っているのだが」

 トーカリオンは嘆息した。

「顔だけが重要だとは言っていないわ。中身も外見も立派であってこそ私の夫に相応しいでしょう」

 姫は主張した。

「やはり、ルー=フィン・シリンドラスくらいの顔立ちと気品がほしいわ。彼が国王だったら、私は嫁いでもいいのに」

「滅多なことを言うでない」

 他国の王が変わったらいいなどとは、相手がシリンドルのような小国であろうと、発言に裏がなかろうと、危険だ。もちろんアギーラは深く考えてなどいないが、実際のところ、それはシリンドル王家の界隈にとって実に危うい発言であった。

 そのことはトーカリオンも知らず、ただ彼は良識的に娘を諫めた。さすがによろしくなかったと考えたか、アギーラはこれには素直に謝った。

「でもルー=フィンがどうしているのか、気になるわ」

 姫は夢見るように両手を合わせた。

「この騒ぎにイズランが戻ってこなかったということは、シリンドルでも似たような騒ぎがあったのよね、きっと。彼は活躍したかしら。間違いなく、したわね。魔物をたくさん退治したに決まってるわ」

「戦いというのはきれいごとばかりではないぞ」

「もう、お父様ったら」

 アギーラは頬をふくらませた。

「判っているわ、そんなことだって」

 三度(みたび)言い、両手を腰に当てる。

「私が現実の戦いを間近に見るような事態になったらこの国は終わりでしょうお。だから現実的な戦いの想像なんてしておかなくていいの。私は、彼が芝居に出てくる剣士のような劇的な活躍をしたと思うだけでいいのよ」

 彼女は決めつけた。

「――そう言えば」

 ぱちん、と姫は手を打ち合わせた。

「例の劇団は予定通りよね? 素敵な恋物語に、上手な剣戟もあるといいわ」

 うっとりとアギーラは言い、その父は、夢を見せておけば娘が満足するものか、それともやはり自分もと思ってしまうものか判らず、サングにでも相談しようと考えた。


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