08 情報屋
やれやれ、と情報屋は息を吐いた。
「さすがのプルーグさんにも、判らんことが多すぎるよ」
馴染みの酒場で〈痩せ猫〉は愚痴を洩らす。
魔物と黒い柱は何の前触れもなく消え、太陽は元に戻った。万事めでたしであるようだが、いったい何が起きたのかは誰にも判らなかった。
町憲兵隊副隊長のゴルンは、何が起きたのであろうともう起きないのであればそれでいい、とあっさりしたものだったし、どこからも「この件について調べてくれ」とは言われていないのだが、だからと言って放っておけない。
とプルーグが考えるのは何も「もし再び同じようなことが起きる危険性を鑑み、どのように対処したらよいか把握しておくべきである」などと思ったせいではない。そういうことを考えるべきはコミンの町を領土としている伯爵閣下であるとか、それこそ町憲兵隊である。
だが情報をまとめて町憲兵隊に売りつけようと言うのでもなければ、町憲兵隊がそうした調査をしないのはけしからんというのでもない。「あんなことはもう起きないだろう」というのは楽天的なようでもありながら、現実的だ。事情をある程度以上把握している魔術師や神官に尋ねてもそう答えるだろう。「可能性は皆無ではない」とはつくだろうが。
ともあれプルーグは、依頼のためではなく、個人的に気にしていた。
これは情報屋としてはいささか締まらない話だ。売れそうな情報ならばあらかじめ調べておくことも時には有用だが、「偉い人」が彼に依頼をするはずもなし、ゴルンの様子では町憲兵隊からも何もこないだろう。
自分の興味のために時間と労力を費やすなど情報屋の誇りが許さない。と少なくともプルーグは思うのであるが、何も知らないままというのも、やっぱり、誇りが許さない。難しいところだ。
よって彼としては、あまり手間をかけないいつもの手段とも言えない手段、「酒場で噂話に耳を傾ける」というのをやっていた。
だが聞こえてくる話は騒ぎの間に人々が叫んでいたものと大して変わらない。違うのは叫び声ではないことと「世界の終わりかと思ったがそうじゃなかった」という展開になったところだ。
新しいのは「魔術師の仕業だ」というものだ。しかしこれは信憑性に欠けること甚だしい。もっとも、人々はその辺りで納得してしまうだろう。悪い魔法使いが魔物を呼び出して太陽を黒くして何か怖ろしい魔法を行おうとしたが、失敗したのだと。
「もっともらしくはあるが、売れるネタじゃないなあ」
ぶつぶつと彼は呟いた。
「やっぱり、判らん」
「何が判らないって?」
いつの間にか隣の席に座っていた客が、彼の独り言を聞きつけていた。
「ああ? 何って、そりゃあんた」
顔をしかめてプルーグは、もしもタイオスがいればうるさいと制止しそうなお喋りを開始した。その中身は、騒動を知ってさえいれば空っぽに近かったが、相手はへえと感心するように聞いていた。
こりゃカモだ、と情報屋は考えた。
「なあ兄さん。もっと知りたければ、ただって訳にはいかんなあ」
頃合を見計らってプルーグはにやりとした。相手は片眉を上げた。
「金を取るのか?」
「情報には、相応の価値があるもんよ」
にやにやと彼は言った。
「どうだい、あんたの知りたいことを何でも調べてやるぜ?」
彼自身の好奇心も満たせて金ももらえる、〈兎を仕留めた狐を捕まえる〉というやつだ、とプルーグは手招くような仕草をした。
「さ、何でも言ってみなよ。もらうもんさえもらえれば、この〈痩せ猫〉プルーグさんに調べられないことなんてないんだから」
「そりゃ頼もしい」
情報屋の大口に、相手は感心したように言った。
「それじゃ手始めに、被害状況から聞こうか」
「あ?」
プルーグは目をしばたたいた。
「自分で調べずに済むなら、楽でいい」
つばのない帽子をもてあそびながら、男は口の端を上げた。