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04 何があったんだ

「私も危険だなどとは言っていません」

「ラシャ」

 ヴィロンは片手を上げた。

「〈神究会〉を興したお前の理念には変わらず賛同している。それ故、取り引きだ」

「シリンドルから手を引けと? 何故あなたがそのように言い出すのか理解できません、ヴィロン殿」

 年下の神官は首を振った。

「八大神殿の影響下にない小さな地域。手はじめには理想的ではありませんか」

「お前には最初からそうした意図があったようだが、私はあくまでもこの国が余所にもたらし得る影響について確認にきたつもりだ」

「結論は出たでしょう? 放っておく訳には」

「お前は見ていない」

 ヴィロンはまた言った。

「変わらないのだ、シリンディンの力も。根源は、神界七大神、冥界神のものと」

「何を言っているんです」

 ラシャは苛ついたようだった。

「馬鹿なことを言わないでください、あなたらしくもない。ここの神は特殊で異質だ。このままではいけない、是正されるべきなのです」

「その信仰も力も、フィディアルの内に取り込んでしまおうというのだろう? だがそうする必要はない……いや、そのようなことはできないのだ」

 ヴィロンは諭すように言った。

「シリンディンの力の顕現は確かに独特だ。しかし使者を用いて民を導き、英雄を定めて民を守る、その形はもとより発生する力も同質だ。シリンディンを取り込むは、八大神殿同士で食い合うことに似よう」

 神官同士のやり取りをシリンドル人たちとひとりのアル・フェイル人は黙って聞いていた。

 大筋では理解できたが、彼らには判らないことも多かった。最も理解していたのはイズランであろうが、彼にも完璧に判ったとは言えなかった。

 しかしここは、沈黙を保つところだった。

 ラシャがシリンドルと〈峠〉の神を糾弾するようなことを言うようになったことも思いがけなかったが、それよりも彼らを驚かせたのはヴィロンの変わりようだった。

 これが、ラシャとヴィロンの役割が逆であったなら、それは――もちろん賛同はしないが――自然に感じられただろう。だがそうではなかった。

 もともと、ラシャはこうした考えを笑顔の裏に隠していたと言える。一方でヴィロンは隠さなかった。ヴィロンの感想は正直で、彼の立場なりに公正なものだった。彼は他者の言葉に耳を傾け、自分の意見と相反するものであっても熟慮する人物であった。だからこそエククシアの言葉に揺れた。聞こうとしたからだ。

 神力を失ったのが一時的だという自己判断もまた思い込みではなく、正確な判断だった。タイオスの行為、即ちその背後にあった〈峠〉の神の力を目の当たりにすることで自らの力を取り戻した彼は、〈峠〉の神の力は八大神殿が崇める神のそれと同質であると認め、強制の必要はないと判断した。それをそのまま率直に、ラシャに述べたのだ。

「賛同は、できませんね」

 ラシャは苦い顔で息を吐いた。

「ですがあなたに抜けられては困る。……いいでしょう」

 そこで、フィディアル神官は引いた。

「王陛下。これまでのお話はなかったことにいたします。ですが、もしも勢力拡大の意図が見えることがあれば、そのときは」

「私の代には決して起こらぬことと言おう」

 ハルディールは誓うように片手を上げた。

「シリンドル王家が続き、〈シリンディン騎士団〉が存在する間は、と言ってもいいだろう」

「神殿に巫女が存在する代には、ということもつけ加えておくわ」

「――ハルディール陛下、エルレール殿下」

 ラシャは王家の姉弟を見た。

「ごきげんよう。シリンドルの是正が〈神究会〉一致の意見とならぬ限りは、もうお目にかかることもないでしょう」

「では残念だが、顔を合わせることはない方がよいということだな」

 ハルディールは肩をすくめた。

「シンリーン・ラシャ殿。〈峠〉の神の祝福を」

 それはシリンドル国王としてごく普通の、いや、それどころか最上級の相手に対する発言と言ってもよかった。しかしそれはラシャの立場においては素直に受け取り難いものだ。

 神官は少年王が純粋に言ったものか皮肉を混ぜたものか考えるように一(トーア)沈黙したが、結局それ以上は何も言わぬまま、ただ礼をして踵を返した。

「私も退席しよう」

 ヴィロンが言った。

「興味深い事象と、そして体験をくれた〈峠〉の神には感謝する」

「ヴィロン殿」

 少年王はじっと、その青い瞳を神官の同じく青いそれに合わせた。

「〈峠〉の神の祝福を」

 彼は同じように言った。ヴィロンもラシャと同じようにハルディールを見、エルレールを見て、やはり一礼をしてラシャに続いた。

 それは彼がシリンドルへやってきて最初の、彼らに見せた敬意であった。

「やれやれ。ようやく帰ってくれるようですな」

 ふたりがそのまま退室して数(トーア)、イズランが息を吐いた。

「では、私もそろそろ退散した方がいいでしょうね。非常時も協会の名代ごっこも終わりのようですから」

「術師」

 ハルディールは魔術師に視線を移した。

「イズラン・シャエン殿個人の助力に、感謝いたします」

「ははあ、釘を刺されましたな」

 アル・フェイド宮廷魔術師は笑った。

「けっこう。シリンドルに対して、この身分を使ってどうこうするつもりはありません。ただ、一個人と言うよりは一魔術師、ここは認めていただきたい」

 笑いを消し、彼は表情を曇らせた。

「――ここまでの事態になっても、魔術師協会は一致団結できなかったんですよ。真っただなかにあった協会や、関わりの強い首都の協会は動きましたが、全体では」

 無理でしたと魔術師は首を振った。

「おそらくこのあとは『ほら見ろ、大したことじゃなかっただろう』という声が主流になるかと」

 イズランに憤るような調子はなかったが、協会の対応を残念に思っている風情は顔に表れていた。

「個人的に動いた魔術師は十名に満たない。私が掴んでいるだけですが、増えたって五人かその程度でしょう。何も数がいればいいというものでもありませんけれど」

 魔術師は両腕を組んだ。

「結局、協会も神殿も大して変わらんのですよ。何をするにもまずは自分のためだ。まあ、当たり前ですけどね。陛下がシリンドルを優先するようなものですから」

「だがイズラン術師。あなたや……タイオスは」

 少し迷いながら、ハルディールはその両者を同列に置いた。

「国や組織の枠を越えて、『人間』を守ろうとしたのではないか」

「タイオス殿はそうかもしれません。私は、国境も何もないと言っておきながら、協会とアル・フェイルに縛られましたよ。もっとも、魔物から世界を守るという崇高な使命の合間に自らの興味は満足させましたからいいんですけどね」

 〈峠〉での鑑賞はこれまで奔走してきた自分への報酬みたいなものだと、イズランは素知らぬ顔で言い放った。

「さっきの話、百人に話して十人や五人だと言った、あれは私の、各協会に対する実体験みたいなもんですよ。時間があるなら、ラシャ殿に言った通り、悪いやり方じゃないんですけどねえ」

 このたびの自分の立場にはあまり向かなかったとイズランは息を吐いた。

「ま、これから時間をかけることにします」

 さて、と魔術師は手を打ち鳴らした。

「ところで、こちらの話が終わるのを待っていた方がいるようですよ」

「何だって?」

「おい、いいか」

 確かに待っていたかのように、声がした。と言っても、本当に待っていたのではなく、彼がやってきたタイミングに合わせてイズランがそう言ったというだけのことだ。

「タイオス」

 〈白鷲〉の顔を見た少年王はほっとした顔を見せると同時に、心配そうな様子もにじませた。

「何があったんだ? ラシャとヴィロンの態度が反転してたが」

 彼が首をひねれば、アンエスカが鼻を鳴らした。

「つまらぬごたくを聞かされただけだ」

「返事になってねえぞ」

「あまり心弾む話でないことは確かだわ」

 エルレールが言った。

「ラシャ殿は、〈峠〉の神が力を示したことを気に入らなかったようです。一方、ヴィロン殿はその逆でした」

 簡単にハルディールが説明した。タイオスは首をひねったが、彼にはそこを追及するよりも気にかかることがあった。

「それで、フェルナーの件はどうなったんだ。神官連中は帰ると言うからその前に話せよと言ったのに」

 ラシャは彼を一瞥しただけで挨拶の言葉ひとつ発さず、ヴィロンが丁寧に――と言ってもあのクライス・ヴィロン調が崩れない「丁寧」であったが――すまないが自分の口からは言えない、王と騎士団長から聞いてほしい、どのような言い訳もしない、などと言った。タイオスはラシャとヴィロンの中身が入れ替わったのかと思ったくらいだ。

「実は、リダール殿がいらしていたんです」

「あ?」

 初耳の出来事にタイオスは口を開けた。リダールがやってきたときのことをハルディールは知らずにいたので――そのとき「ハルディール」だったのはフェルナーだ――大まかにアンエスカが説明した。


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