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02 〈神究会〉

 そんなふうにタイオスが盗賊や元盗賊たちと話をしていた頃、ハルディールらは彼を忘れていた訳ではなかった。

 少年王はこれ以上ないほど〈白鷲〉のことを気にかけていたが、タイオスを心配したり彼と話をしたりするより先に、「王」にはやるべきことがあった。

 騒ぎの平定や民に言葉をかけることはもとより、気の毒な死者の確認、家族への報告――訪問自体は騎士たちが行った――、そうしたことのほかに、他国からやってきていた神官と語らう必要もあった。

 ハルディール自身はあとにしてほしかったが、やんわりと断っても、是非いますぐにと繰り返し押されれば応じざるを得ない。

 どうしても優先すべきことだけを終わらせ、ハルディールはラシャとの面会時間を持った。

「――騒ぎを収めたのは〈峠〉の神とその使者。話は判りました」

 フィディアル神官はその時点で起きた出来事を大まかに把握していたが、改めてハルディールからざっと聞くと、こくりとうなずいた。

「調査を続け、報告をします。〈神究会〉としても、放ってはおけない要件のようです」

「厳しい顔でそのように言われる理由が判らない、ラシャ殿」

 ハルディールは首を振った。

「確かに〈峠〉の神は、八大神殿の理から外れるものがあるのかもしれない。だが長いこと、我らはそうして」

「われわれの目の届かないところにいた」

 ラシャは首を振った。

「申し訳ありませんが、ハルディール陛下。目の当たりにしてしまった以上は、見逃す訳にはまいりません」

「見逃す? 何も私は、見逃してほしいなどとは言っていない」

 少年王は顔をしかめた。

「シリンドルはシリンドルのままに在る、という話をしているだけだ」

「それを放ってはおけない、と言っています」

 神官は諭すかのように言った。

「私は決して、〈峠〉の神は悪であるだとか、この信仰を即刻やめるべきだなどとは申しておりません。ただ、我ら〈神究会〉は通称〈峠〉の神、ルトレイスの弟神シリンディンを調査対象とし、監視をいたします」

「監視だと」

 アンエスカが、苛ついた口調にならないようにしながら――完全に隠せてはいなかったが――声を出した。

「神究会とは何なのだ?」

「八大神殿の新たな形を作るべく日々努力をしている、若い団体です」

 にこやかに神官は説明した。

「〈神究会〉の理念が世に行き渡ることは、遠い未来ではありません」

「その理念とやらは、他国に面倒を持ち込むことか」

「生憎ですが、騎士団長殿。八大神殿に国境は関係ありません」

「その辺りは魔術師協会も同様ですな」

 口を挟んだのは同席していたイズランだった。ラシャは片眉を上げる。

「失敬。わたくしは、サングと申します」

 と、イズランは人の名を騙った。もし「イズラン・シャエン」がアル・フェイドの宮廷魔術師であることを知られていてはややこしいと思ったのであろう。ハルディールもアンエスカもそう気づき、何も言わなかった。

「サング術師」

 ラシャは標的をイズランに移した。

「あなたは協会の名代としてこちらへ?」

「まあ、それほど大げさなものでもないですね。個人的に気になりまして。何しろ私は、タイオス殿と懇意でありますから」

 当の戦士が聞けば黙っていられないようなことを言って、イズランは肩をすくめた。

「シリンドルには、彼に協力をしようとやって参っただけでして。もっとも、協会には事前連絡も報告も、全て、余すところなく、してありますが」

「協会は何と?」

「少なくとも、〈峠〉の神の存在は困りものだの、排除すべきだのという意見は毛頭、出ておりませんな」

「私も排除などと言っているのではありません」

「そう聞こえますがね」

 イズランは指摘した。

「調査し、観察して、それだけじゃありますまい? 干渉し、指導をするのでしょう?」

「そうするべきだと結論が出れば、です」

「それ以外の結論が出るものか、怪しいですな」

 首を振って魔術師は言った。

「革命ごっこをやりたいのであれば、好きになさい。ただし、八大神殿の枠内だけでやるんですね」

「何ですって」

 穏やかな表情を保っていたラシャだが、これには顔を強ばらせた。

「サング術師、それは侮辱です」

「はい? ああ、『革命ごっこ』ですか?」

 判っているであろうに、わざとらしくイズランは確認した。

「神殿内でやっている分には、若手のおままごととして協会も放っておきます。ですが、出てくれば、容赦しませんよ。そうした気配があるかどうか、こちらもきちんと見ておきますので」

「――何を」

「と、いうことをあなたはシリンドルに対して言っている訳です。判ります?」

 にっこりとイズランは笑みを浮かべた。ラシャは詰まった。

「大勢で、と言ってもあなた方の神究会はまだそれほど大きくないでしょうから、八大神殿の影響力を借り受けて、八大神殿がこれまで問題にしていない『土地神』の信者を奪う。そんな卑怯な行為をあなた方の神はお許しになるので?」

「魔術師と神の話をするつもりはありません」

「おやおや。私は神官と魔術の話をしてもいいですよ」

 イズランは両手を拡げ、お望みではないでしょうけれどねとつけ加えた。

「あなたはこの国の信仰を『邪教』とは言わないでしょうが、シリンディン一神を崇めるだけでは足りないだとか誤りであるとか、そうですね」

 魔術師は考えるようにした。

「たとえば、百人のシリンドル人がいるところで、あなたがそうした演説をするとしましょうか」

 仮定です、とイズランは言った。

「九十人は笑い飛ばし、聞く耳を持たないでしょう。十人は聞くだけでも聞こうとするかもしれません。その内の五人は一神信仰に少し不安を覚え、更にそのなかのひとりふたりはあなたの言葉を信じるかもしれませんね」

 仮定です、と彼は繰り返し、王や騎士団長の反対意見を防ごうとした。もっとも彼らも反射的な反論はせず、魔術師の話を聞いた。

「でもきっかけとしてはそれで充分だ。五人は家族や友人に不安を伝えるでしょう。信じた者は、積極的に説得をするかもしれない。そうやって、少しずつ、広まっていく」

 ましてや、と彼は続けた。

「いまは怖ろしいことがあったばかりだ。実際のところは〈峠〉の神の力で切り抜けましたが、本当に力のある神ならば災いそのものを防いだはずだと、そういう論調にもなりかねません。誘導すれば、なおさらね」

 暗にイズランは、ラシャがそうするつもりであろうと言った。図星(レグル)であったか、ラシャの頬が少し引きつった。

「タイオス殿と親しかろうと、あなたには関係のないことです、サング術師」

「まあ、そう仰らずに……」

「では私ならいいかしら、シンリーン・ラシャ神官」

 そう言って戸口から姿を見せたのは、巫女姫エルレールであった。

「あなたは」

「お初にお目にかかりますわね、先だっては失礼いたしましたわ」

 エルレールは謝罪の仕草をして丁寧な自己紹介をした。

「いまにして思えば、私はあなたの、その内に秘めた攻撃性を感じ取っていたということになりそうですわね」

 まず彼女は、そう言った。

「何を――」

「単刀直入に申し上げます、フィディアル神官殿。シリンドルはあなたも八大神殿も神究会も必要としません。お引き取りください」

 きっぱりとエルレールは告げた。〈神究会〉のことはイズランから耳にしていた。

「必要かどうかは、私が決めることです」

 ラシャは引かなかった。

「信仰する神のことを別としても、シリンドルの現状は神殿の形式からして不安定です。神官長に相当する位がなく、神殿長ひとりに全ての責任がかぶさる。そして現在、その神殿長の次期候補がいないと聞きます」

「それは」

「そうして不安を霧のように流しておきながら、神殿を乗っ取ろうと?」

 イズランが言った。

「あなたの息のかかった神官を次期神殿長にごり押しし、巧くいかなかったとしても居座らせる。こちらの方々は、力ずくで排斥するというようなことは苦手でいらっしゃいますから」

 魔術師の言葉は皮肉とも聞こえた。

「術師。挑発するようなお言葉は控えていただけますか」

 エルレールは丁寧に、しかしはっきりと、イズランの助力または口出しを断った。魔術師は肩をすくめ、謝罪の仕草をした。

「神殿長には助言者など必要ありません。次期神殿長が定まっていない不安定感があるとのことでしたが、そのことは解決をいたしました」

 その言葉にハルディールは片眉を上げた。彼はまだ聞いていなかったからだ。

「失礼、陛下。つい先ほど、神殿長と話し合って結論を出しましたの」

「巫女姫と神殿長の意見が一致しているなら、私が口を挟むことはない」

 王はうなずいた。

「そのように即席で長候補を決めるなど、感心しませんね、姫殿下」

 ラシャは首を振った。

「話し合いの時間が短かったことは認めます。ですがそれが悪いことだとは限りませんのよ」

 エルレールは冷静に言った。

「わたくしたちは八大神殿を貶めもしないし、『うちの方が偉い』なんてことも言うつもりもありません。あなた方の不利益になることは何ひとつしてきていないはずなのに、何故」


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