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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第4話 神の影 第4章
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09 お受け取りいただけますか

 いかんせん――。

 状況は、ハルディールが現れる前と似たものに戻った。

 違いはソディエの攻撃にライサイの指示があるかないかというだけだった。通常であれば、指示者の死は混乱と不安を招き、敗北感をあおることがある。だが魔物たちに、そのような様子は見えなかった。

 彼らにとって「ライサイ」は、扇動者ではあった。しかし、それだけなのだ。

 魔物たちには長と呼ばれる存在がいるが、ライサイはそうではない。ライサイはあくまでもカヌハの村の、人間たちの宗主でしかなかった。ライサイによって集められたソディエは、その行動から利益を得ようとはしたが、忠誠も親愛も抱いていなかった。

 それが魔物たちだ。

 彼らにとって不都合であるのは、彼らを目撃し、その能力について把握した人間が生き残ることだった。魔除けで防げる術であれば、大して怖ろしくもない。戦闘技能のある人間なら、こうしてソディエを殺すことができる。

 現状、魔除けは完璧ではないが、それは急ごしらえのためか、或いはソディエたちが「幻夜」に力を増したせいかは判らない。

 前者であったところで、神官のみならず魔術師と呼ばれる人間が研究を進め、完璧にしてしまうかもしれない。それはソディエにとって、気に入らないことだった。

 ライサイの目論見が巧くゆけば、大量の「ニンゲン」はが彼らの家畜となり、彼らはほかの種族との争いがないところでゆうゆうと暮らせるはずだった。

 だがその企みは潰えた。戻るのであれば、その前に掃除をする必要がある。

 ソディエは何の感情もなく、ただ人間を的にした。魔除けの存在は厄介だったが彼らの術を完全に弾く訳でもない。同じ人間をしつこく狙ったり、力を強めたりすれば氷化してしまうことは不可能ではなかった。

 それよりもっと簡単なやり方もある。複数のソディエで一体の人間を狙い打ちにするやり方だ。

 しかしながら、彼らはそうしたことを苦手にした。明確な指示なく連携を取る、ということに慣れていないのだ。

 彼らはまた「下等なニンゲン」に特に区別をつけなかった。つまり、騎士や王を集中的に狙うことがなかった。彼らは僧兵も騎士も同じ「未調教の闘犬」と考えた。

 指揮官を狙う指示を出すことができたのは、アトラフであり、エククシアであり、ライサイだった。人間側に勝機があるとしたら、そこであった。

 アンエスカは指示を出し、警告を発した。ルー=フィンとユーソアも僧兵たちを率いるように剣を振るった。レヴシーはハルディールを守り、年上の騎士たちの言葉通り、騎士団長のもとへと向かった。

「おかしい」

 アンエスカは呟いた。

「太陽を黒くしているのは、ライサイではなかったのか?」

 天の黒い円は、ほんのわずかも動くことなく、白い炎を放ち続けていた。

「ライサイが死ねば、元に戻るのでは」

「――死んでいない?」

 呟いたのはハルディールだった。アンエスカは片眉を上げる。

「しかし、ほかのソディエのように灰になりました」

「そうだな。あれで死んでいないとなったら、本当にもう、どうしていいのか判らない」

「もっともですな」

 騎士団長は同意した。

「太陽のことは、あとで考えるとしましょう」

 いまは、と彼は言った。

「こちらを――陛下!」

 素早く彼はハルディールを引き寄せた。それは功を奏し、冷気の術はわずかにハルディールを逸れた。

「私の後ろへ」

「みな、同じことを言うのだな」

「みな、同じことを思う故です」

「だが……」

「この場に駆けつけただけで、陛下は十二分に責任を果たしておいでです。あとは、大きな負傷もなく生き残ることこそが任務とお考えなさい」

 彼は少し間を置いて、それから続けた。

「たとえ敗走するとしても、あなたは逃げ延びるのです。――レヴシー」

 アンエスカはレヴシーを見やった。

「いいな」

「……はい」

 団長の言わんとすることを理解して、少年騎士は敬礼をした。

 もしも負け戦が確実となれば、ほかの何を、誰を置いてでもハルディールを守り、安全な場所へ逃げるよう。

「アンエスカ……」

 ハルディール王は唇を噛んだ。

 蘇る記憶。父と母を殺され、逃げるしかなかったあの日のこと。

 あんな形で逃げるなど、もう二度としたくない。

 だがあのときそうせざるを得なかったように、此度もまた、しなくてはならないかもしれない。

 逃げたくないというのは彼の誇りによるものだが、誇りで王家を滅ぼす訳にもいかない。彼以外にも王家の血を引く者はエルレールがいるが、シリンドル王家を継ぐのは原則として男子だ。ルー=フィンの血も濃い――事実はどちらにせよ――が、いまこの状況でハルディールに何かあってルー=フィンが無事とも考えづらい。

(この場を切り抜ければいいだけのことだ)

 嫌な想像を振り払い、少年は思った。

(だが――)

 ハルディールの目にも、それは劣勢としか見えなかった。

 僧兵たちの氷像は増え、ソディエたちもいくらか減りはしたものの、それを上回る数が増えていた。まるでここから「ニンゲン」を全滅させてやるとでも言うように。

 アンエスカはハルディールをレヴシーに任せ、指示を出しやすい場所に移動した。彼とて本当は剣を振るいたいのだと、ハルディールは不意に気づいた。彼がそうしないのは負傷のせいもあるが、全体を見る者がいなくてはならないと判断したからだ。

 自らの役割を果たすために。

(役割)

(僕の)

 少年王は胸に手を当てた。

(神よ、どうか)

(どうかお力を!)

 ここが最後の山だ、とアンエスカは感じていた。

 騎士が現れ、少年王が現れて、人間たちは勢いを得た。数でも術でも圧倒的に不利だったところから押そうとしたのだ。

 一方で、魔物たちにはもう盛り返す要素がない。エククシアもライサイもいない。頂に登れば、あとは下るだけ。

 一度だ、と彼は思っていた。

 あと一度だけ魔物を動じさせる――あれらが「動じる」ことなどあるとして、だが――ことができれば、形勢はまた変わる。

(ここで、一度でいい)

(怯ませることができれば、連中は引く)

 アンエスカはそう感じていた。

 だが僧兵はあらかたここに集まっているし、騎士は全員、王も姿を見せた。ほかにああして彼らを鼓舞し、敵を怯ませることのできる者はいるか。

(無論)

(いる)

 アンエスカは否定しなかった。

(ええい、何をしておる、タイオス!)

 騎士団長は歯を食いしばった。

 もちろん〈白鷲〉は、ほかでもない神の使者の要請によって〈峠〉に残った。アンエスカは見ていたし、理解している。口では何と言おうと納得もしている。

 しかし同時に、信じていた。彼ですら、まるで子供のように、信じていた。

 危急の際には〈シリンディンの白鷲〉が現れて――。

(早くせんか)

(それでも、お前は)

 〈白鷲〉か、とシャーリス・アンエスカが悪態をつこうとしたときであった。

 怒号が、聞こえた。

 ハルディールとアンエスカは目をしばたたいた。

 それは聞き覚えのない声だった。騎士団のものでもなければ、僧兵たちのものでもない。かと言って民のものということもなく、聞いたことはなかったが、もちろん、ソディエのものでも。

「可愛い子分ども、気合い入れて働けよ! 報酬はでかいからな!」

「おう、親分!」

「任せとけってぇ」

 乱暴な声がしたかと思うと、薄汚い、思い思いの格好をした男たちが、ソディエの輪の外側に現れた。

「助力をお受け取りいただけますか?」

 少年王のすぐ傍で声がした。レヴシーは一(リア)剣をかまえたが、すぐにそれを引いた。

「イズラン術師!」

 ハルディールは目を見開いた。

「援軍、と言うには頼りないと言いますか、品もありませんが、連中は戦いに慣れています」

「彼らは……?」

「あまりお気に召さないとは思いますが」

 魔術師は咳払いをした。

「盗賊団です」

「何だって?」

 少年王は驚いて聞き返した。

「ですが、怖れ知らずの無謀な者たちという意味では強い戦力だ。悪い結果は生まないと思いますよ」

 イズランは何でもないことのように言った。

「職業柄と言いますか、敏捷性も大したものだ。アル・フェイル町憲兵隊は何度、熱した油をかけられたことか」

 それは実際にかけられたと言うのではなく、昔語りに出てくる言い回しだ。

「人間性においては信用できませんが、いまだけは信じて大丈夫です」

「術師が、何か魔術でも?」

 戸惑ったままハルディールは尋ねた。イズランは首を振る。

「ただの交渉ごとですよ。あ、シリンドルに負担はありませんので、ご心配なく」

 ついでに、と彼は続けた。

「盗賊の被害も心配無用です」


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