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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第4話 神の影 第4章
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08 任せたぞ

「……何」

 魔物は戸惑うような声を出した。

これは(・・・)、《何だ》》」

 その声は初めて、苦しげに聞こえた。

「奉納を済ませた(やじり)だ」

 朗々とした声が言った。

「お前の見くびっていた〈峠〉の神の力を思い知るがいい」

「アンエスカ」

 ハルディールは笑んだ。

「間に合ったか」

 麓から馬を走らせ、クインダンを王家の館に残してきた騎士団長は、少年王に敬礼をした。

 普段から麓の神殿に納められている刀剣、弓矢類がある。古くは上の神殿にあったものだが、祈りの場が麓に移ると同時にそれらも移された。神殿でルー=フィンが射た一本目の矢は、それだった。一本だけが弓と組み合わせるように飾ってあったためだ。

 それが魔物に少しばかり効いたのではないかとの推測が神官たちの間で立ち、話はユーソアを経由して王たちに伝わった。

 〈穢れ〉の期の間は、騎士たちの代わりにそれらの武器が〈峠〉の神殿を守るとされ、手入れをされて上の神殿に奉納されていた。

 アンエスカはハルディールの指示を受け、タイオスに協力すると同時に聖なる武器を取ってきたのだ。

 そうして奉納された武器や矢には聖なる力が宿ると言う。それは伝説に過ぎなかったが、事実と言われなかったのは試す機会がなかったためでもある。

「効く武器が手に入ったなら、使わなけりゃな!」

 騎士団長の傍らでユーソアが三度(みたび)矢を放つ。技術を持つ僧兵三名が倣った。矢はまたしてもライサイに突き刺さる。

「おの、れ……」

 魔物はまぶたのない目をぎらぎらと燃やし、手を差し上げようとした。そこにすかさず、影が飛んだ。

 驚いたのは、レヴシーだ。視線が合った瞬間、まるで魔術師同士のように向こうが考えていることは判ったものの、まさかこうきれいに決まるとは。

 レヴシー少年の手を――文字通り――借り、通常の跳躍力では届かない空中に飛び上がって、ルー=フィン・シリンドラスは魔物の肩口に斬りつけた。その左腕は人形のもののように、ぼとりと地上に落ちた。

「ち」

 外した、とばかりに彼は舌打ちしたが、普通に考えれば十二分に強力な攻撃だった。ライサイの左肩からは血が噴き出し――人外でも、血は赤かった――、魔物はそれを押さえてうめきながら、ルー=フィンを睨みつけていた。

「おのれ……」

「借りは返す」

 ルー=フィンは言った。

「だがまだ、返済には足りないようだ」

 アンエスカの号令で、矢が放たれた。今度はそれは魔物の首に突き刺さる。ライサイはそれでも死ななかったが、術を保つのが困難になったと見え、吊していた糸が切れたかのように地上に落下した。

「これで」

 銀髪の騎士が剣を振るう。

「最期だ」

「ルー=フィン! 首を」

 アンエスカの声が飛んだ。だが、間に合わなかった。

 いや、必要なかった。

 「首を切り落とせ」という指示を聞かずとも、ルー=フィンはそれに気づいていた。細剣を素早く刃の研がれた短刀に持ち替えると、彼は全力を込めてソディの宗主の首を切断した。

 ぼとりと気味の悪い音がした。

 辺りは鮮血でまみれ、ルー=フィンもレヴシーもその血を浴びた。

「……だ」

 声が、した。

「まだ……最期ではないぞ、銀の、鳥」

「神よ」

 ぞっとして呟いたのは、誰であったか。

「続けろ!」

 騎士団長は手を横に振った。

「灰になって消えるまで、奴らは生きている!」

 ルー=フィンは再び細剣を手にすると、偶然にもタイオスがエククシアに対して行ったのと同じように、頭部を地面に突き刺そうとした。

 だが、思うようにいかなかった。

 生首が、宙に浮いたからだ。

「るうふぃいいん、まああだ、さあいいごでえは、なああい……」

 この世で最も剛胆な者をでも戦慄させるような声が言う。さすがのルー=フィンも例外ではなかった。怖れをなしたと言うのでこそないが、どうしたらいいものか戸惑い、剣をかまえるしかできなかったのだ。

「ルー=フィン!」

 彼を呼ぶ声が聞こえた。

 しかしそれは、「こっちを見ろ」という指示ではなかった。

 自分がきたと、知らせるための。

 銀髪の騎士はさっとその場をどいた。〈イルシア〉号が飛び込んできて、その乗り手は浮かぶ頭部を細剣で突き刺した。そのまま彼は、まるで槍を投げるように重石(・・)ごと地面に投げつけた。

 頭部はそれでも、死に損ないの羽虫のように、ふらふらとまた浮かび上がりかけた。

 ルー=フィンはぱっと駆け寄って剣の柄を掴むと、釘付けにせんとばかりに細剣を強く大地に差し込んだ。

「るうう……」

 不気味な声が、途絶えた。

 そこで、ついに、ソディエのライサイは――灰と化した。

 ぱさりと音がして、その不気味な首も、頭部を失った身体も。エククシアと同じように、ローブだけを残し。

 消えた。

 ルー=フィンはほうっと息を吐いた。

「安心してる場合じゃないぞ!」

 アンエスカの愛馬の上から、ユーソアが言った。

「まだ、終わっちゃいない!」

「ああ」

 彼はうなずいて細剣の血を拭った。

「いまと同じことをあと四十回ほどやらねばならないかもしれない」

 彼の正鵠無比な攻撃で灰と化したソディエもいる。だが、倒れただけの者もあった。それらはまた動き出して、彼らを囲む輪に加わっていたのかもしれない。

 遠巻きにしていたソディエたちは、まるでライサイの動向を見守っていたかのようだった。もしもライサイが彼らの主導者であるのなら、王と騎士のようにとは行かずとも、守ろうと動いたりルー=フィンらを狙ったりしたはずだ。

 彼らはそれをせず、ただ、ライサイがどうするのか、どうなるのかを見ていた。

 しかし――ライサイが灰と化したとき、その状況は変わった。

 緊張感を伴う静寂は破れ、魔物たちは人間たちに再び攻撃を仕掛けたのだ。

「動け! 一箇所にとどまるな!」

 アンエスカが命じた。

「とまっていれば、的だ!」

 正しくその通りだった。立ち尽くしていた僧兵たちはまず的となり、幾人かが為す術もなく氷像となった。馬上にいる騎士たちと、それから少年王も例外ではなかった。ライサイはハルディールを殺そうとしなかったが、その意図があったのはライサイだけだったと見え、その死とともにソディエらは目の前の人間をみんな殺してしまうことにしたかのようだった。

 目に見えない冷たい矢が人間たちを狙う。一方で人間の持つ矢には限りがあった。そのほとんどはライサイに使ってしまい、彼らはソディエを射抜くことができなかった。

「レヴシーは、陛下を」

「ああ!」

「僕も戦う」

 ハルディールは言ったが、騎士たちは首を振った。

「危険です」

「幸い、連中の『飛び道具』はこの距離になると精度が悪い。かと言っていつまでもここにはいられませんから」

「我々が退路を作ります。陛下は、アンエスカのいる方へ」

「いまさら逃げろと言うのか」

 少年は非難するような顔つきをした。

「お気持ちは判ります。ですが」

「何のための、俺たちですか」

「ルー=フィン、ユーソア……」

「レヴシー、任せたぞ!」

「こっちこそ、頼む!」

 少年は自らの馬をルー=フィンに示すと、ハルディールの馬の手綱を取った。うなずいてルー=フィンはひらりとそれに飛び乗る。

「行こう、ユーソア」

「足、引っ張んじゃねえぞ」

 騎士団一の技能を持つルー=フィンに言い放って、ユーソアはにやりとした。ルー=フィンも口の端を上げ、気をつけようと返した。


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