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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第4話 神の影 第4章
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06 否定はしません

 タイオスは、じっと待った。

 騎士たちは〈峠〉を下り、黒髪の子供は姿を消した。何があると言うのか、それをほのめかすこともないままで。

 いささか苛立つところもあったが、彼は戦士として培ってきた忍耐力を活かした。言うなれば現状は「あと少ししたら必ずここを敵が通るからそれまで待機するように」と指示されたようなものだ。「本当だろうか」と疑わないこともないが、契約をしたからには待機を続けるのが彼の任務だ。

(神様との、契約か)

 ふっと笑いが洩れた。

(俺も偉くなったもんだ)

 そう考えるのは冗談と言おうか、それとも自嘲と言おうか。

(静かだな)

(町の騒ぎも、ここまでは聞こえない)

(――無事でいろよ)

 彼は知った顔をひとつずつ思った。

(こっちが済んだら、すぐに行くから)

 自分よりも能力の高い騎士たちに自分の助けが要るとは思わなかったが、彼らでも手の回らないところはあるだろう。〈白鷲〉としてではなく一戦士として彼は考えた。

(しかしどれくらい待てばいいもんかね)

 空を見上げても、太陽は動いていない。時間の感覚がすっかりおかしくなった。アンエスカたちが去ってからどれだけ経ったものか。

(昔語りで、あるよな)

(不思議な場所でひと晩過ごしたと思ってたが、帰ってみると何百年も……)

 ふるふると彼は首を振り、厄除けの印を切った。

(阿呆らしい。非現実的だ。魔物だの神だのが現実的かどうかはおいといて)

 非現実的だ、と彼は繰り返した。

(ん……?)

 何か聞こえた気がして、ふとタイオスは顔を上げた。

(人の、声か?)

 彼は耳を澄ました。確かに、誰かが喋っているような声がかすかに聞こえた。

(ひとりふたりじゃないな)

(かなりの人数だ)

(十人……いや、二十人近いか?)

 戦士はアンエスカから借り受けた慣れない剣を握り締めた。

 ただの旅人、隊商という類だろうか。だがここへ登る道は狭く、荷馬車を使うような大きな隊がくることはないと聞く。

 ではいったい。

「――とによう、大丈夫なのかあ?」

「何だ、これくらいでびびってるのか、お前たちは」

「だってよう」

「お日さんが黒くなっちまったんだぜ」

「ここはすごい神様の神殿なんだろ?」

ばち(・・)じゃねえの、ばち(・・)

 そんなことを言い合っている声がする。戦士は顔をしかめた。

 旅人にしても、どこか奇妙な。

「馬鹿野郎」

 誰かが一喝した。

「そんなつまらんことでびびる奴は俺の下に要らん。とっとと帰れ」

「んな」

「じょ、冗談っすよ、首領(ジェレン)

ジェレン(・・・・)

 タイオスははっとした。

 一団の長を「首領(ジェレン)」と呼ぶのはたいてい、ならず者の集団だ。

 山賊たちの襲撃。

 かつてサナースが〈白鷲〉として活躍したときの出来事がタイオスの脳裏に蘇った。

(これか)

 冷たい汗が浮かぶ。

(こいつらを……俺ひとりで片づけろ、と?)

 それが黒髪の子供の示唆したことなのか。

 ソディエが二十体やってくるよりはましだと言えるだろう。だがそれはおそらく、死ぬまでに時間がかかるという程度の差に過ぎない。

(どうする)

(考えろ、ヴォース)

 タイオスは剣の柄を握った。

(ガキが、俺だけ残した。そのことには意味があるはずだ)

(……たぶん)

 〈白鷲〉ならそれくらいやってみせろとけしかけた訳ではないだろう、と彼は思ったものの、神の考えることなど判るはずもない。

 サナース・ジュトンでさえひとりではなかったのだ。神がタイオスだけに投げた(・・・)とは思えなかったが、思いたくないだけかもしれなかった。

(作戦を考えるなら、賊どもを麓にやって、ソディエたちの的にさせる……ってなとこだが)

(俺は、極悪人であろうと魔物から人間を守る、と誓ったんだったな)

 あれは本心からの言葉だったが、とっさに生き延びるため――シリンドルを守るための計算が働いた。彼は苦笑する。

(だいたい、そんな都合よく、巧く行くとは思えん)

()るしかないか?)

 魔物に賊を殺させないようにして自分が賊に殺されるなど馬鹿げている。そんなふうにも思った。

(ないのか、ほかに何か……)

 彼は必死で考えを巡らせた。だが何も思いつかない。せいぜい、口先でごまかして追い返すことくらいだ。しかしそれにしたところで、余程上手にやらなければ斬られて終わる。

「お手伝い、いたしましょうか」

 そのときである。覚えのある声がした。タイオスは顔をしかめる。

「てめえ」

 彼はそちらを見もせずに、低くうなった。

「案の定、見てやがったな」

「否定はしません」

 戦士の隣で、黒ローブの魔術師は肩をすくめた。

「いつからだ」

「ほぼ、最初から」

 イズランは悪びれずに答えた。

「とても独特の、気の流れでした。魔族のものも……神のものも、ね」

「――罵る時間が惜しいから、割愛するが」

 タイオスはそこでじろりとイズランを睨んだ。

「あの〈杭〉について、何か判るか」

「いまのところ、生憎と、全く」

「期待した俺が馬鹿だった」

「すみませんねえ」

「何かしら考えておけ。あとで訊くからな」

「宿題という訳ですね」

 面白がるようにイズランは返した。

「いいでしょう。『命令される謂われはない』などと言わずにお聞きしておきますよ」

「うるさい。だがいまは」

 込められた皮肉を一蹴し、タイオスは剣を握った。

「向こうだ」

 ざわめきは次第に大きくなり、小集団の先頭が茂みの奥から姿を見せた。

 タイオスは石段に立ち、剣を握ったまま、口を真一文字に結んだ。


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