04 ご心配なく
「さあ、娘。知っていることを話せ」
王子は簡潔に指示した。シィナはぽかんと開けた口を閉ざして、言い飽きかけてきたことを改めて繰り返した。人々は足を止め、きちんと少女の言葉を聞いた。
「ということだ」
ラヴェインはぱんと手を叩いた。
「幻夜は案ずるに及ばず、やがて元に戻るものだ。灰色ローブの魔物については、我が兵士たちが始末しよう」
王子の背後には、いつしか兵士らが揃ってきており、その数は五十人を超えようとしていた。
「娘」
「シ、シィナだ」
気圧されながらも負けまいと、シィナは名乗った。
「シィナ。魔物たちはどこにいる」
「向こう」
少女は指差した。
「オレは見てないけど、みんなは『太陽を食った柱』があるとか言ってる」
「ふむ」
王子はあごに手を当てた。
「魔術師協会と八大神殿も何かしてくれると思う。オレやリダールが、話したから」
「リダール」
ラヴェインは片眉を上げた。
「お前はリダール・キルヴンを知っているのか」
「え? あんたも知ってんの?」
目をしばたたいてシィナは問うた。
「子供。ラヴェイン殿下に何と無礼な」
「危急の際だ、細かいことを言うな、ショーク」
先ほどの男に王子は手を振った。
「トルド隊長、魔物どもを頼む」
「は、命に換えましても!」
隊長と呼ばれた人物が完璧な敬礼を決め、兵士たちを率いた。町びとたちは頼もしそうにそれを見送った。
「殿下って、まじで、まじなのか」
シィナは呆然とした。
「な、何で?」
「何故、とは?」
「だ、だって、王子様ってのは首都にいるもんじゃねえの?」
しどろもどろになりながらシィナは言った。
「キルヴン伯爵が父上にとんでもない話を持ってきてな」
どこか面白がるような調子で、ラヴェイン王子は言った。
「彼が正気をなくしたと思われなかったのは、よりによってロスム伯爵が彼を支持したからなのだが」
「ロスムって」
フェルナーの父親だ、とシィナは気づいた。
「もっとも父上は半信半疑だった」
特に説明もせず、王子は続けた。
「国王が気軽に動く訳にはいかぬと体面を気にするので、俺が気軽に出てくることにした」
「何言ってんだか、判んねえけどよ」
シィナは正直に言った。
「あんまし、答えになってないような」
「魔物の襲来があると進言をしてきたのはキルヴンとロスムだ。そしてロスムの町は標的ではなく、キルヴンはそのひとつ。だからきた。リダールには、借りもあるからな」
「借りだって?」
彼女はまたしてもぽかんとした。リダールが王子に貸しがある、という状況の想像がつかなかったのだ。
「協会は既に協力を申し出ている。俺や兵士どもが話を聞いてすぐにここへやってこられたのはそのおかげだ」
やはり簡単に、ラヴェインは説明をした。
「これ以上の詳細はあとにしよう。シィナだったな」
「う、うん」
こくりと少女はうなずいた。
「リダールはどうしている? 同じように警告をして回っているのか?」
「あ……いや」
彼女は言い淀んだ。
「リダールはいま、キルヴンにいないんだ」
「そうか」
王子は特に追及しなかった。
「ではシィナ、お前は安全なところに――」
「オレも行く!」
シィナはこともあろうに王子殿下の言葉を遮り、反意を口にした。
「リダールはいま、事情があって留守にしてる」
彼女は言った。
「あいつのいない間、オレがキルヴンを守るんだ!」
少女の勇ましい言葉にラヴェインはまばたきをし、それから少し笑った。
「いいだろう。邪魔にならないよう、ついてこい」
アル・フェイル王子の指示に、訓練を受けた兵士たちは怯まず従った。
「目の前の相手だけに気を取られるな! 弓の名手が幾人もいると思え!」
兵士たちが氷像にされることのないよう、トーカリオンはまめにそのことを彼らに思い出させた。
「いいぞ、その調子だ」
アル・フェイルの王子は口の端を上げた。そうした表情を作ると、彼は父王によく似ていた。
そうして彼は、街の者に安心を呼び起こし、君臨する者としての責務を果たさんとしていた。普段から激高することのない王子の指示は冷静さを欠くことなく、兵士らは彼を信頼した。
だが明らかなる命令者の存在をソディエがいつまでも見逃しているはずもなかった。
ばらばらと手が上がり、トーカリオンを指す。第一王子は顔をしかめた。
「ご心配なく、トーカリオン様」
そのとき、聞き慣れた声が王子の耳に届いた。
「連中の術構成が判明したとは言えませぬが、犠牲者が残した情報に基づき」
長杖は魔術師の右手に、まるで短剣のように逆手に握られていた。
「私は彼らの術から殿下をお守りできると約束します」
「お前の『約束』にはとても価値がある、ラドー」
軽々しいことを言わない宮廷魔術師代理に、トーカリオンは笑みを浮かべた。
「兵士を防護することも可能か? そうであればこのような連中、五分で殲滅してくれようものを」
「私ひとりでは、いささか困難です」
アルラドール・サングは答えた。
「その代わり」
彼は周囲を指した。
「ほかの導師が」
兵士らを囲むように五体の黒ローブが現れた。
「協会は王家に忠誠を誓わず、戦に関知はしませんが、人外の突出に関しては話が違います」
「うむ、我が麾下とは思うまい」
トーカリオンはうなずいた。
「だが同盟だな? アル・フェイルの住民として――何より、ひととして」
「仰る通りです」
サングもうなずいた。
「この土地を魔物には渡せない」
「お前の言うのは、魔力線がどうのというようなことなのだろうが」
王子は少し笑った。
「それはよい誓いだ」