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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第4話 神の影 第3章
176/206

11 繋がった

 カァン、と二本の剣が合わさる音が峠に鳴り響いた。

 通常、タイオスの使うような広刃の剣とエククシアの持つような細剣であれば、力押しに分があるのは前者だ。

 だが繰り返してきた対峙で、そうした一般的な事例が望めないことは判っていた。

 何か剣に魔術でもかかっているものか、戦士には判らないことだった。しかしそんなことはどうでもいい。

 ただひたすら、戦うだけだ。

 エククシアは薄い笑みを浮かべていたが、その動きに気味の悪いところはなかった。

 神殿で聖言に囲まれていたときとは異なり、舞踏のような優雅な足取りは取り戻していたものの、宙を滑るように感じられる「化け物じみた」動きは見られなかった。

(やらないのか、やれないのか)

 タイオスと「遊ぶ」ことにして人外の力を抑えているものか、はたまた〈峠〉の神の聖地でその力を使えぬものか。

 やはりタイオスには判らない。だがどちらであろうとかまわなかった。

(とにかく、早く決めることだ)

(長引けば俺に不利なことは判りきってる)

 戦士は考えた。

(だが、焦るな。がむしゃらにやってもかわされるだけだ)

(落ち着いて、狙え)

(痛みは)

(――抑えて)

 脇腹の痛みのことではない。

 それは心の。

 サナース。アースダル。ティエ。モウル。フェルナーやヨアティアに、フィレンも。

 増えていく死者の名前。ちらつく慕わしい顔。相容れなかったが、気の毒に思う者も。エククシアに、ライサイに奪われた彼らの未来。

 そのことは、いまは考えまい。

 彼らの死はいまのタイオスの原動力でもあったが、それに気を取られてはならない。

 復讐というような思いは捨てて、ただ、戦うことだけを。

 少しするとタイオスは、息が上がってきたのを感じた。昨夜の負傷と衝撃からの回復がなっていないところでここまで登ってきたのだ。普段よりも保たなくて当然と言えた。

 だがそんなことが冷静に判断できたところで意味はない。自らに禁じた焦りが生じるだけだ。

(まずい)

 タイオスは一旦、大きく後退した。距離を取り、一(リア)でもいいから休もうと考えた。だがエククシアは容赦なく追撃してきた。

「くっ」

 どうにか剣を合わせ、タイオスはふんばる。

「なかなか、保つな」

 〈青竜の騎士〉は感心したような馬鹿にしたようなことを言った。

「その努力に免じて教えてやろう、〈白鷲〉」

 エククシアは囁いた。

「〈杭〉はいまだ不安定ではあるものの、もはや命を得た」

「命、だとう」

 それはフィレンの命を奪ったという意味にも取れたが、〈杭〉そのものが生命体であるかのようにも聞こえた。

「たとえお前が私に勝ったところで、〈杭〉を消滅させることはできない。もし力ずくでこれを『殺す』ことができるとすれば私だけだが」

 ふっとエククシアは笑った。

「お前は、〈杭〉の命が尽きる、数百年後まで待つのだな」

「そんなに」

 タイオスは歯ぎしりをした。

「待てるかあっ」

 もっともなことを言って、戦士は力押しをした。今度はエククシアが跳ぶように退き、タイオスは均衡を崩しかけた。

(くそ、見えづらい)

(何て中途半端な明るさだ)

 暗くなっていく様子がないのはまだましかもしれないが、と思いながらも戦士は毒づいた。

 頭上の太陽が気になる。だがいまや、ちらりとであろうと空を見上げることなどできなかった。一対一の、それも自分より巧者である相手との決闘中に目を逸らして空を見るなど自殺行為だ。

(まあ、明るくも暗くもならんのだから、変わってないんだろう)

 タイオスはそんな判断をした。

「天が気になるか」

 少し離れた場所で、見透かしたようにエククシアが言う。

「この〈杭〉のある限り、幻夜は終わらぬ。真なる夜の訪れも、新たなる朝の誕生もない」

 ふ、と魔物は笑った。

「案ずるな」

「どうしてそれで安心できると思うんだ」

 もちろんエククシアの言葉は皮肉であろうが、タイオスはつい文句を言った。

「さあ、休憩は充分か?」

「こりゃまた」

 中年戦士は口の端を上げた。

「どうもご親切に」

(本当に遊んでいやがるのか)

(馬鹿にしやがって)

 彼はうなり声を発したが、焦るな落ち着け冷静に、と呪文を繰り返した。

(もしかしたらこういう可能性もある)

(奴の方こそ、間を置きたかった……とかな)

 これは推察と言うにはほど遠い、空想か希望であった。だがその希望は彼に勇気を与える。

(もしも神殿での聖句みたいに、何かがこいつの人間離れした要素を阻害してるんなら)

(俺の勝率は上がる)

 たとえそれが神の力でもいい。この際、文句は言わない。それどころか、さすがに歓迎する。タイオスは図々しくもそんなふうに思った。

 気持ちの上では負ける気などなくても、自分が敗北寄りであることは判っていた。しかしそれは、もしかしたら少しばかり、誤りであるかもしれない。

(いざ)

(――勝負)

 タイオスは余計なことを口にするのは避け、ただ素早く突進した。

 力任せの一撃が受け流される。

(行ける)

 彼は感じた。

(こいつ、逃げに回りやがった)

 何度かの対決で把握しているエククシアの傾向。この剣士は徹底的な防御姿勢を取るときと普通に攻撃してくるときがあるが、そのとき動きには明らかなる差異がある。

 これまで攻撃をしてこなかったときは、タイオスを殺すまいとしていたときだ。力を見るの幻夜まで待つのと言って、戦士の刃をかわしてきた。

 いま、それが見られた。もはや「タイオスを殺さない」ことはエククシアに必要ないことのはず。

 ならば、〈青竜の騎士〉が防御に回るのはどういうときか。

(行ける!)

 タイオスは勢い込んだ。

「覚悟しやがれ、この、化け物があっ」

 見た目のことではない。エククシアの金目銀目は特徴的だが、そこさえ除けば変わったところはないし、仮に角や牙が生えていたところで、それをして化け物と言うのではない。

 半魔と言うならば半分は人間であるはずなのに、完全に人から離れた位置に立って人の命運を定めんとしてくる「それ」をタイオスはそう呼んだ。

 このままなら、行ける。

 持てる力の、全てを以てすれば。

 これで決まる――と不思議な確信があった。それは長年戦士をやってきた男の勘、それともほかの何か。

 気をつけろ、という強烈な警告が鋭い刺のように突き刺さった。

 引け、と何かが言った。

 だが間に合わなかった。打ちかかった状態を無理にとめることは不可能ではないが、モウルのように、大きな隙を見せることになる。

 タイオスはそのまま剣を振り下ろした。繰り返されたようにエククシアの細剣がそれをとめるかと――思われた。

(何、だ?)

 生じたのは、違和感だった。エククシアはわずかに、遅れたのだ。

 そう感じられた。だが好機だとは思えなかった。

『気ヲツケロ』

 何かが言う。

『ソレ以上ハ』

『踏ミ込ムナ』

 ぎりぎり、タイオスが勢いを緩めたときと、黒い柱から閃光が走ったのは同時だった。

 光は〈杭〉の上部から、北、つまりシリンドル国の広がる方角へ飛んだ。パァン、と砕け散ったのは、戦士の手に柄だけ残した彼の剣の刀身。

 手が痺れる。タイオスはぞっとした。

 まるで〈杭〉が意図的に魔術を放ったかのようであることに。一(リア)で武器を失ったことに。もう半歩でも踏み込んでいたら砕けたのは彼の頭であったことに。

「繋がった」

 エククシアはタイオスにともつかない調子で言った。

「これで――は共有されよう」

「何」

「繋がったのだ、〈白鷲〉よ」

 〈青竜の騎士〉は、武器を失ったタイオスにゆっくりと剣を突きつけた。

「各地に作り出された〈杭〉はこの源と繋がった。これで、どの〈杭〉が得た命も共有される。永遠(とわ)に続く幻夜の完成だ」

「何だか、知らんが」

 タイオスは低く声を出した。

「お前らの思う通りには」

 させない、という言葉は続けられなかった。

 柄だけになった剣。

 巧みな剣士を前に、武器なしで何ができようか。

「くそ」

 黒い柱はもはや光線のようなものを放っていなかったが、周辺の白い炎は変わらず燃えている。エククシアの剣の切っ先に、(まばゆ)い光がちらちらと反射していた。

(ここまでか)

 そうは思いたくない。

 何もできずに死ねるものかと。

 師匠に、ティエに、顔向けできないと。


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