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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第1話 灰色の影 第2章
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06 縞々鼠

 ふむ、と戦士は両腕を組んだ。

「どうかしたのか?」

「五」

 彼は呟いた。

「あ?」

 声をかけた相手は顔をしかめて口を開けた。

「何だって?」

「五人だ。俺が見ただけで」

「何が」

「それがな」

 カル・ディアルが首都カル・ディアより北に約一日。

 リゼンの町にある酒場兼食事処〈縞々鼠の楽しい踊り〉亭――ヴォース・タイオス曰く「ふざけた店名」――の護衛戦士イリエードは、片手のひらをぱっと広げて五本の指を伸ばした。

「ミュレン、お前は気にならなかったか? こう、フードをすっぽりと」

 戦士は存在しないフードをかぶってみせた。

「深ぁくかぶって、顔を見せないようにしてる、客」

「いるんじゃないか? たまには」

 もうひとりの護衛ミュレンは、イリエードが少し前、店の親爺に答えたのと同じようなことを言った。

「五日で、五人。一日ひとりって訳でもない。ひとり、ひとり、三人……」

 ぶつぶつとイリエードは数えた。

「何を言ってるんだよ」

「昨日なんか、三人ともがこうやってフードをかぶったまま、ひとつの卓についてたって話さ」

 戦士は唇を歪めた。

「それで、何も話してる様子がない。これは、モウルのおやっさんに言われてなくたって、俺もちょっと奇妙だと思ったろうさ」

 後ろ暗いことがあるならある、追われているなら追われている、何にせよ、仲間内では喋ることくらいあるはずだ。

「……気味が悪かった」

 彼は主人と同じことを言った。ミュレンはイリエードがしたように笑った。

「何だ何だ、街道で散々暴れてきた歴戦の戦士が、無口なだけで何の害もない旅人を怖がるのか?」

「怖がっちゃいないさ」

 イリエードは顔をしかめた。

「ただ、思うんだよ。隠れたい奴はこんな人数が多くて照明が明るい店にはこないし、たまたま入っちまったとしても壁虫みたいに壁際に寄る。見てたとこじゃ、誰ひとりこそこそもびくびくもしてない。普通に酒を飲んで、出て行く。だが……」

 フードだけが不自然なまでに目深だ。

「顔に酷い傷痕があるとか、それともよっぽど顔に自信がないとか、そんな事情かもしれんぞ」

「そんな奴らが三人集まって、顔つき合わせて無言で飲酒、か?」

「ははは、それは確かに不気味だ」

 ミュレンは面白い冗談を聞いたとでも言うように笑った。だがイリエードは一緒になって笑う代わりに黙り込み、少しすると立ち上がった。

「そろそろ休憩は終わりだな」

 彼は伸びをした。

「今日もまた、店内を見張るとしよう」

 フードつきも、そうでないのも。

 そんなふうに呟いて、護衛戦士は彼の仕事場たる食堂へ出た。

 〈縞々鼠の楽しい踊り〉亭は、リゼンの老舗だ。この店名はどうかとイリエードも思うが、いまの店主がつけた訳でもない。何でも店を興した当時の店主が子煩悩で、幼子が考えた名前をそのまま採用したらしいとかいう話だった。

 雇われたばかりの頃は「どこの護衛だ」と言われて店名を告げるのにはいささか躊躇を覚えたが、少なくともリゼンのなかでは名の通った店であると判ってからは安心した。もっとも、言う必要があるときも「縞々鼠」だけで通しているが。

「……ちっ」

 ざっと店内を見回して、戦士は舌打ちをした。

(今日も、いやがる)

 同じ人物なのか違うのか、それも判らない。イリエードが見た限りでは、いつも似たような灰色のローブだ。取り立てて特徴もなければ、全く同じ色だったとも違うとも言い切れない。

「おやっさんは?」

 イリエードは、店の親爺の定位置である長卓の方行くと、杯に酒を注いでいた店員に尋ねた。店の主人モウルは、毎日ずっといる訳ではない。時には開店頃に、多くは混雑時に、たまには閉店近くに、決まった時間だけ店に出る。「いいご身分」というやつだ。

「今日はまだだね」

「そうか。きたら教えてくれ」

「何かあったのか?」

「いや。とりあえずは俺が『六人見た』と言ってたと……」

 伝えてくれ、と彼が言い終えない内だった。

「六人?」

 長卓のひとり席に腰掛けていた客が言った。

「一日ひとり?」

「何?」

「だから。親爺さんがあんたに話してから六日だろう」

「ああ、あんたは確か」

 イリエードはふっと思い出した。

「あんとき、おやっさんと話してた」

 フードの客が不審だというような話を彼にしてきたモウルは、客と話していたようなのを切り上げて護衛を呼んだのだ。

そうさ(レグル)。あんときゃ俺がその話を振ったんだ。変な奴がいるな、と」

「何だって、あんたがか」

「もっとも、親爺さんも気にしていたさ。何人か見かけていると言ったのは彼だし、ほかの者にも訊いてみようとあんたを呼んだ」

「ふん、そうだったのか」

 モウルがイリエードに話したのは、自分のみならず、客も気にかけていると知ったからに違いない。

「それで、毎日ひとりくるのか?」

「どうかな」

 イリエードは曖昧に答えた。ごまかそうと言うのではなく、彼も開店から閉店までずっといる訳ではないので、見ていない間にこなかったとは言えないのだ。そんなふうに言ってから彼はミュレンに話したように、見たのはひとりが二回、三人が一回だと告げた。

「いや、いまのあれを入れて、ひとりは三回だな」

 戦士は訂正した。

「何なんだろうな。単なる偶然かお仲間なのか、俺が見た六人は全員違うのか、なかには同じ奴も混じってんのか」

 判らんなと彼は呟いた。


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