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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第4話 神の影 第2章
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14 何が起きているのか

 少しお休み下さいと、騎士団長は彼の王に向かって言った。

 ハルディールは首を振った。

「そうはいかない。僕にできることは、これくらいしか」

「ですが……」

「神殿にも異常事態が起きたと言う。僕がこんなときに休んでいて、どうするのか」

「倒れるようなことがあっては、今後に支障をきたします」

「『今後』のために、いま踏ん張らなくてはならないのだろう」

 少年王は一蹴した。

「アンエスカ、僕の身を案じてくれることは有難い。でも僕は子供じゃない……」

 言いかけてハルディールは苦笑のようなものを浮かべた。

「そうじゃないな。僕が子供であることは確かだ。大人びたふりはしない。ただ、僕には責任があり、僕はそれを果たすべきであり、果たしたいということ」

「ご立派です」

 世辞や追従ではなく、アンエスカは心から言った。

「ですが、だからこそお休みをと私は申し上げて」

「〈神官と若娘の議論〉だ」

 もういい、とハルディールは手を振った。

「お前が僕を休ませたかったら、僕がお前にやったように、魔術か神術でも使うほかない」

「陛下」

 アンエスカは困った顔を見せたが、すぐに厳しい表情を取り戻した。

「よろしいでしょう。私が、もう限界だと判定したときには、眠り薬でも盛らせていただきます」

 その言葉に王は笑った。

「王に一服盛る騎士団長とはね」

「せめて何か、簡単に召し上がることのできるものでも持ってこさせましょう」

「早速、盛るのか」

 笑ったままハルディールは言った。もちろん冗談だ。

「その後、町に何か変化は?」

「いえ、特には」

 アンエスカは首を振った。

「灰色ローブの姿は、術師の話にあったように国境付近に見受けられます。民に警告を発し、対策が立つまで近寄らぬよう指示を出してありますが、現状では幸い向こうも近寄ってくるつもりはない模様です」

「ローブ姿の魔族のことは、追い払いたいと思う。だが話して通じる相手ではなさそうだな」

 ハルディールは真剣な顔をした。

「戦いとなれば……騎士の力が必要だが」

「いつでも」

 アンエスカは片手を胸に当てた。

「仰せのままに」

 王は安心と心配の入り交じった複雑な表情を浮かべた。

「いまはルー=フィンとユーソアが町に出ているのだったな」

 ハルディールはちらりと外の方を見た。神殿での出来事を報告したあと、ユーソアも町の様子を見に出ていた。

「もっとも、全員が出たところで多勢に無勢だ。話によれば、遠くから狙って指を差されただけで死んでしまうのだろう」

「剣士には圧倒的に不利ですな。しかし、それしかないとなれば」

「死にに行ってどうするんだ。駄目だからな、アンエスカ」

 王はじろりと騎士団長を睨んだ。

「お前はそれが務めだと言うのだろうけれど、話にならない」

 少年は手を振った。

「もし仮に、お前たちが差し違えることで連中が駆逐できるなら、もちろん望まないが、僕も最後にはそうしたことを命じなくてはならないかもしれない。だがそうじゃない。お前たちが全員死んで向こうは生き延びているなんて馬鹿らしいにもほどがある」

「ごもっともですな」

 アンエスカは肩をすくめた。いかに彼らが優秀な剣士でも、距離を置かれた相手をふたりも三人も一度に倒せるはずはない。

「すまないな」

 それからハルディールは、表情を曇らせた。

「お前だって休んでいないのに」

「昨日は、強制的に休まされたと思いましたが」

 アンエスカは片眉を上げた。

「夜のことだ。一睡もしていないだろう」

「私は鍛えています」

 何でもないと彼は手を振った。

「つらいのは休まぬことより、身動きが取れないことです。何が起きているのか……判らぬまま」

「――判りそうですよ、少しばかり」

 とっさにアンエスカはハルディールの前に立ったが、現れたのがイズランと知って力を抜き、ふたりの間からどいた。

 とは言え、警戒心を捨てることはなかった。イズランは敵ではないにせよ完全な味方でもない。アンエスカもまた、タイオスと同じように考えていた。

「イズラン術師」

 ハルディールは顔を上げ、真剣に魔術師を見た。晴れた青空のような瞳と暗い夜空のそれが合わさる。

「何がありましたか」

「ラシャ殿がお出かけに」

 イズランはまず、簡潔に答えた。王と騎士団長は顔を見合わせた。

 彼らはラシャを罪人のように拘束することはできなかった。客間にいてもらうよう「お願い」するしかなく、そのことはラシャも了承していた。

「行き先は神殿のようです。知人たる神官の様子を見てくるのだと言うのを禁じることもできませんでしょうね」

 イズランは見透かしたように言ったが、その通りだった。

 ラシャがリダールにあのような真似をするなどとは、アンエスカは聞かされていなかった。彼が聞いていたのは、リダールが聞いていたことと同じだ。即ち、リダールとフェルナーがひとつの身体を共有するというような。

 それでは解決しないとラシャは考えていた。本当にハルディールをフェルナーから守るには、ああするしかないと。

 アンエスカがそこまで聞いていればどうしたかと言うと、判らない。反対したかもしれないが、それしか手はないと専門家に言われたら、犠牲に目をつぶることを選んだかもしれない。

 ラシャの行為は褒められたものではなかったが――結果的にハルディールを救ったことは事実であり、それが彼らを困らせていた。

「ですがそんなことより」

 魔術師はぱちんと手を打ち合わせた。

「団長こそ、そろそろお出かけにならなければならないのでは」

「私が、どこへ行くと言うのだ」

「おや。聞きましたよ。アンエスカ団長も、エククシア殿から〈峠〉に招待を受けているとか」

「何だと」

『――お前も招待してやろう』

『幻の、夜にな』

 〈青竜の騎士〉エククシアは確かにそう言った。

 だがイズランは、それを誰から、どこから聞いたと言うのか。


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