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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第4話 神の影 第2章
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08 骨の髄まで

「タイオス」

 戦士に声をかけたのは、クインダンだった。

「お休みになってはいかがですか。怪我をしているのでしょう」

「動けるんだからいいんだよ」

 タイオスはまず、そう返した。

「ん? 何でお前さんが知ってるんだ?」

「ルー=フィンから聞きました」

「あの野郎」

 余計なことをとタイオスは舌打ちした。

「怪我ですって?」

 聞き咎めたのはエルレールだった。

「先ほどの戦いで傷を負ったの? 治療がまだなら……」

「ああ、いや、姫さん。そうじゃない」

 タイオスは手を振った。

「さっきのは、切ったはったじゃなかったからな。俺は切ったが、向こうは刃物じゃなかった訳だし」

 指差され、術が完成されれば、死んでいた。「負傷」の余地はない。

「ここにくるより前に、刺されたのであるとか」

 クインダンは説明した。

「まあ」

 エルレールは目を見開く。

「刺された? そんな状態で、戦いを」

「傷はふさがってるんだ。その」

 こほん、と彼は咳払いをした。

「けったいな術でな」

「術……魔術? 魔術師が?」

「それが、何と言うか」

 どう言ったらいいものか、タイオスは困った。

「見てもらえれば早いとは思うが」

「それなら、見せて頂戴」

 エルレールは言ったが、中年男は苦笑した。

「姫さんに親父の腹なんか見せられませんや」

「おかしなことで恥ずかしがらないで」

 ぴしゃりとエルレールは言った。

「私で力になれることなら、何でも言ってほしいわ」

 真剣に彼女は告げた。

「私……クインダンやユーソアの話によると、まるで〈峠〉の神を降ろしたようだったということだけれど、何も覚えていないの」

 首を振ってエルレールは嘆息した。

「本当にそのようなことができたのであれば、どうして神は、カロアスやトキアーノを救わなかったのか」

 うつむき、王姉は呟いた。

「神様は気まぐれなのさ」

 タイオスは心の底から言った。

「いいえ、私の力が、足りなかったのだわ」

 先の言葉は問いかけの形を取っていたが、エルレールは既に自ら答えを出していたようだった。巫女姫は唇を噛む。

「神は実体を持たないのだから、私が……御力に耐えきれず、気を失うようなことがなければ」

「それは違うね」

 きっぱりと、タイオス。

「奴さんは実体ある使いを送れる。俺の前に何度も現れた黒髪のガキ」

「その話は、聞いたけれど」

 エルレールはまた首を振った。

「御使いは、送られたこと自体が力の顕現だわ。御使いが力を振るうことはないんじゃないかしら」

「……言われて、みりゃ」

 あの子供がやるのは、言葉や存在でタイオスを導くことだけだ。力を振るったのは護符。魔術師の言葉を借りるなら媒介。

 ルー=フィンの記憶を戻した際も、黒髪の子供はタイオスに護符の存在を思い出させただけで、「何かした」という感じではなかった。

「依り代たる私にもっと力があれば、彼らを守れたのに」

「それは違います、殿下」

 クインダンが口を挟んだ。

「エルレール様がいらっしゃらなければ、犠牲者は倍増していた」

その通りだな(アレイス)

 タイオスも同意した。

「奴らが優勢だったら、俺たちが飛び込んでも、その場で凍らされてたかもしれん。おかげで」

 彼は肩をすくめた。

「充分、剣を振るえた」

 これは何もエルレールを慰めるための台詞ではなかったが、巫女姫はそう取って礼を言った。

「私、フィレリアの様子を見てきたのよ。フィレンと言うべきかしら」

「ああ? ああ」

 タイオスは曖昧な返答をした。

「どう、してるんだ」

「ええ。彼女は……」

 エルレールは少し言いにくそうにして、声をひそめてから続けた。

「〈青竜の騎士〉の子を宿しているかもしれなくて」

「何だって」

 タイオスは表情を険しくした。

「確定ではないわ」

 首を振ってエルレールは言った。

「尋ねてみたけれど、はっきりと答えないの。ただ、腹に子がいることは事実だと言っているわ」

「それで……あの行動なのか」

 フィレンの思い人は、人ではない相手。

 あの娘の行動がモウルの死を呼んだが、それについて恨むのどうのという気持ちはなかった。悔しい気持ちはあるが、あの場あのタイミングで娘が飛び込んできたというのは運のようなもので、それがたまたまエククシアにいいように働いただけだと。

「青竜野郎自体、人間と魔物の間に生まれたらしいが……」

 更にその子はいったい「何」になるのか。タイオスは考えてみたが、よく判らなかった。

「驚いたの。その、態度がすっかり、変わってしまって」

 エルレールは目を伏せた。

「私は彼女のこと、本当にお友だちと思っていたのだけれど」

 フィレンは敵を見るような目でエルレールを見たと言う。エククシアがどれだけ立派な人物かと語り、彼を愛しているのだと言い、ハルディールを貶めたと、王の姉は悲しそうに話した。

「そうか」

 タイオスは考えるように両腕を組んだ。

「姫さんとハルには気の毒したが、はなっから間諜みたいなもんだったんだ。あんまり気にするな」

「気になるのは、彼女が当初、子の父をハルディールだと言ったことなの」

 そっとエルレールは告げた。

「ハルディールは否定し、私もそれを信じたわ。そのあとでヨアティア・シリンドレンが、エククシアの子だと言ったのだけれど」

「情報源はそこか。あながち、出鱈目じゃなさそうだな」

 ヨアティアは愚者であっても嘘つきではなかった。彼はそう聞かされていたか、或いはそう思うだけの根拠になることを知っていたのだ。

「エククシアの子をハルの子として、王座を継がせるつもりでもいたのか」

「無理よ。〈峠〉の神が認めないわ」

「だが連中は、神殿での儀式のことなんか知らんだろう。拒絶されることなんて考えないか……」

 タイオスは首を振った。

「いや、何もいちいち真面目に神様に認めてもらいに行く必要もない。神殿長が手下なら、認められたと発表すればいいだけ。そうだろう?」

「そうね、その可能性も考えたわ」

 巫女姫はうなずいた。

「もっとも……フィレンはまだ子供だ」

 ぽそりとタイオスは呟いた。

「エククシアを崇拝してるようなのも、カヌハに育って、そういうもんだと教え込まれてるからってだけだ。化ける可能性も、なくはないが」

 彼はミヴェルのことを思い出した。同じようにエククシアを崇拝していた彼女は、ジョードに出会って違う世界を知り、エククシアやライサイから離れることができた。

 もっとも、その影にあったのはルー=フィンの契約だ。

 フィレンが何かで疑問を抱いたとしても、ライサイがその考えを封じるだろう。思えばライサイがミヴェルを手放したのはフィレンという代替がいたためかもしれない。

 そうでなければルー=フィンの記憶は乱されなかったかもしれないが、ミヴェルがジョードと行くこともなかった。

(何でもかんでもいいようになるってこたあ)

(なかなか、ないな)

 戦士は、先ほども思ったようなことをまた思った。

「フィレリア……フィレン嬢の部屋には」

 クインダンが言った。

「迷いましたが、見張りをつけました。監禁などするつもりはないのですが……」

「いい判断だろ」

 戦士は言った。

「エククシアはここに置いておきたがった。それを思うとどっか余所に移した方がいいのかもしれんが、そんな状態ならハルに近づけたくもなし、宿でも借りるってのもおかしな話だ。放り出す訳にもいかん。となればここで、ほかの人間と接触させないようにするのが無難だ」

 〈白鷲〉の言葉に若い騎士はほっとしたようだった。

「お前さんも、適当に休めよ」

 疲れた顔の騎士に彼は言ったが、それは〈蜂の巣の下で踊る〉発言と言えた。

「それは、タイオスこそです」

 クインダンはもちろんそう言ったからだ。

「眠る気分にはなれないかもしれませんが……」

「必要ならどんな気分でも眠れるってのは、戦士の資格みたいなもんだ」

 タイオスは手を振った。

「ただもう少し……ここにいたくてな」

 彼は呟いた。

「ちったぁ意趣返しと、仇討ちになったかと思ったのに、な」

 ぽつりとタイオスは続けた。クインダンは気遣わしげな顔をした。ティエのことも聞いているのだなと、タイオスは気づいた。

「剣振り回して落ち着くなんざ、俺も骨の髄まで戦士だなあ」

 自嘲気味に笑う。

「師匠がな、言ったんだ。世界中の山赤狼を滅ぼしてやるつもりかって」

 クインダンにともエルレールにともつかない調子で、彼は話した。

「正直、そんなつもりだった。いまでもその気持ちはあるし、怒りは収まらん」

「……タイオス」

 クインダンはそっと言った。

「差し出がましいようですが……亡くなったという女性が、そのようなことをお望みになるとは思えません」

 その言葉にエルレールは事情を察し、口に手を当てた。

「ま、そうだろうな」

 中年戦士はただ手を振り、若者の青い台詞に反論はしなかった。

「俺ぁ、やりたいから、やるのよ」


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