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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第4話 神の影 第2章
155/206

06 貴殿に〈白鷲〉がいないのであれば

「戦士ごときに何が判る」

 ヴィロンもまた、渋面を作った。

「ああ、魔術だの神術だの、その手のことはさっぱりだね」

 中年戦士は認めた。

「それでも言えることはあらあな。平和にやってる人んちに乗り込んで改革がどうのなんて言い出すのはな」

 ふん、と彼は鼻を鳴らした。

「大きなお世話ってんだ」

「神官の仕事だ」

 ヴィロンは淡々と返した。

「私が迷った理由は、そこにある」

「何だって?」

「『力』とやらを手にして仕事がはかどるのであれば、それもまた手段ではないかと」

「……おい」

 警戒するように、タイオスは言った。

「阿呆なことを考えるなよ。エククシアはどうしてかお前を引き込もうとしてるが、ほいほいうなずきでもしたら利用されるだけだぞ」

(こいつはこいつで)

(一種の狂信者、か?)

 ふとタイオスはそんなふうに思った。

「言っておくがなあ、たとえお前の方で利用してやるつもりで、お前の神様がそれを許すとしてもだな」

 悪魔(ゾッフル)の力を借りてでも強さを身につけてよし、と言う神はまずいないだろうが、魔物、魔族は、教義上明らかに対立する存在である獄界の神や悪魔とは違う。

 コズディムは許すかもしれないし許さないかもしれないが、それはタイオスの関与するところではない。

「奴らのためにその力を使うようじゃ、間違いなく『手下』になる。利用されても利用し返してやればいいなんて考えは」

 顔をしかめて、彼は続けた。

「ヨアティアやフェルナーが落ちたのと同じ穴だぜ」

 声を落として、彼は言った。

「私は、そのようなつもりはない」

 ヴィロンは返した。

「お前がどういうつもりでも」

 タイオスは忠告をしようとしたが、遮るように続けられた台詞にぽかんと口を開けた。

「力が手に入るなら、それも神の思し召しだ」

「お前……」

 警戒が必要だ、とタイオスは感じた。

 誘惑を拒絶したヴィロンだが、かろうじてという感じであったし、自分の選択は神の意図に適うと信じるのであれば。

(さっき感じたこと)

(何をやらかすか判らんってのが、増したような気がするぜ)

「――何を言い争っている」

 背後からかけられた声はルー=フィンのものだった。

「お前が何者であっても、弔いの場だ。静かにしてもらいたい」

「ルー=フィン」

 タイオスは複雑な顔をした。

 と言うより、ルー=フィンこそがそんな表情を浮かべていてもおかしくないのに、銀髪の青年はいつもの通り、感情を見せていなかった。代わりにタイオスがやったようなものだ。

(またしても目の前で仇を殺されたって訳だ)

(いや、前回は死んでなかったってことになるが)

 ルー=フィンがヨアティアに抱く感情は、計り難い。だが、記憶を乱されていた際、仇と信じたタイオスに向けたあの強い目線こそがルー=フィンの本心であったのかもしれない。普段、若者らしからぬ理性が隠している、怒りと憤りの炎。

 そう思うと、奇妙な気持ちが頭をもたげた。

 仇討ちをさせてやりたかったというような、いや、その必要はなかったのだというような、まとまらない思い。

(こいつはいつか爆発すんじゃないかと思ってたが)

(よくも悪くもいちばんこいつをキレさせそうだった奴は、また逃げ切り。もう追いかけられねえ)

(……俺相手に怒りを出したってことで、ちょっとは気が晴れたかねえ?)

 タイオスを誤解していたことを気に病んでいればともかく、「遅い」と罵ったくらいである。もしかしたらいい方に転んだのだろうかと彼は少し考えたが、ライサイの所行によい点があったなどとは認めたくなかったので、それ以上追及することをやめた。

「ヴィロンと言ったか」

 ルー=フィンは黒髪の神官を見た。

「エククシアに神殿長の座を提示されていたようだが、奴らの手下か。ならば何故、残っている」

 それから彼は、当然の問いを発した。タイオスは簡単に説明したが、警戒心のためにヴィロンを完全にかばう形にならなかったので、いささか曖昧になった。

「成程」

 だがルー=フィンは、判ったとうなずいた。

「連中の手下ではないが、そうなり得るということだな」

「おいおい」

 当人を前に、とタイオスは苦笑いを浮かべたが、ルー=フィンは首を振った。

「奴らが人の心を如何ようにもすること、私は忘れていない」

「ああ、そりゃ、まあ、忘れんわな」

 タイオスは呟いた。

「気をつけろ、ヴィロン神官。貴殿に〈白鷲〉がいないのであれば」

 ルー=フィンの発言に、当の〈白鷲〉は片眉を上げた。

「ただし、この〈白鷲〉はいささか行動が遅い故、頼る場合はそこにも気をつけることだ」

「……てめえな」

 どうやらやはり、全部タイオスのせいである。頼りにしたが間違っていた、と言わんばかりだ。

「いいことが起きれば神様のご加護で、悪いことは俺の失態か」

「違うとでも?」

「お前が一言の相談もなしに出てったのが悪いんだろうが!」

「相談をしてどうにかなる状況ではなかったと言っているだろう。もっとも」

 ルー=フィンは肩をすくめた。

「お前は間に合ったと、言えるだろう。もしもお前がやってくることなく、私があの状態のままで今日や明日を迎えていたらと思えば」

 青年騎士は少しうつむいた。

「……ルー=フィン」

「これは」

 彼は顔を上げた。

「神のご加護だな」

「てめえ」

 そんなに彼の手柄にしたくないのか、とタイオスは文句を言おうかとも思ったが、やめておくことにした。

(こいつに手放しで感謝されても気味悪いと言うか)

(また操られてんのかとでも思っちまいそうだしな)

「ヴィロン神官」

 ルー=フィンはヴィロンに視線を移した。

「貴殿にひとつだけ忠告をしておこう」

「聞こう」

 おとなしくヴィロンは言った。何を言い出す気だ、とタイオスは眉をひそめた。

「ここはシリンドル。貴殿の基準が通用しない国であることをゆめゆめ忘れるな」

 シリンドルの青年は言い放った。それは聞きようによっては挑戦的でもあった。タイオスは少し心配したが、ヴィロンが反論する様子はなかった。

「いいだろう」

 それどころか、コズディム神官はそう言った。

「少し様子を見よう」

 彼は周囲を見回した。

「かかる事態が起きても、神の庇護がなかったと嘆く神官がいない」

「あぁ?」

「興味深い」

「……何だか判らんが」

 正直にタイオスは呟いた。

「おかしな真似をする気がないならけっこうだ」

「保留にする、と言っている」

 ヴィロンは訂正した。

「動向を見る。八大神殿に不都合な行動を取っていると判れば、そのときは対策を取る心づもりだ」

「不都合、ねえ」

 タイオスは苦笑した。

「まあいいさ、その話はあとでしよう」

 彼は肩をすくめた。

「明日……な」

「明日」

 ヴィロンは神殿の外を見るようにした。

「幻夜が、やってくるか」


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