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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第4話 神の影 第2章
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05 祈りの力

 それから時間は、のろのろと流れた。

 タイオスはしばらくモウルの傍らにしゃがみ込んでいたが、神官たちの言葉にうなずき、弔いを任せることにした。

 復讐なんて考えるなと、師匠は彼にそう言ったようでもあったが、考えずにはいられなかった。

 モウルの言った義務や責任による仇討ちではなく、感情的な復讐。そうしたことを。

 はらわたが煮えくり返るようだった。

 サナース。アースダル。モウル。――ティエ。

 ティエを手に掛けたのはエククシアではないが、同じ一派だ。タイオスが、リダールに絡むいざこざでエククシアとライサイを退治できていたならモウルとティエは無事だったと思えば、苦しいほどに胸も痛んだ。

 アースダルの死については、判らない。それがいつのことだったのかさえ、師匠に聞く時間はなかった。

 もう、ない。もうその機会はこない。二度と。

「――タイオス」

 声がかかって、彼はゆっくりと顔を上げた。

 神官たちは戦士をそっとしておくことにしたと見え、騎士たちも彼に哀悼の言葉をかけたあとは神官たちの仕事を手伝っていた。何しろ礼拝堂は惨憺(さんたん)たる有様で、片づけや清掃を必要としていたのだ。

 よって、戦士に声をかけた人物は、騎士でも神官でもなかった。

 否、神官であった。

 〈峠〉の神のではなく、コズディムの。

「ああ、ヴィロンか」

 タイオスは無感動にヴィロンを見た。ヴィロンは黙って哀悼の仕草をした。

「本来ならば私の仕事とも思うが、いまは役に立たぬようだ」

「神官は大勢いるからな」

「モウル殿には、コズディムの祈りの方がよかろうが」

 シリンドル人ではないのだから、という意味だろう。

「どっちでもいいさ」

 弟子は鷹揚に言った。

「祈ってくれるってんなら、とめもしない」

「だが私の声は神に届かない」

 ヴィロンは首を振った。

「私はいま、罰を受けているのだ」

「罰、ねえ」

 神の力を疑ったことで神力を失ったと言う。取り乱したり癇癪を起こしたりしないのは大したものだと思うが、内心では動じているだろう。

「なあ、ヴィロン」

「何だ」

「さっきの話の意味を聞きたいんだが」

「どの話だ」

「だから」

 タイオスは咳払いをした。

「改革がどうとか」

「ああ」

 そのことかと神官は呟いた。

「あの場で言ったのは、殺戮をやめさせるためだ。私は、あの死んだ男のことを個人的には何も知らないが、前神殿長の息子でその座を継ぐ権利があるという話だけは判った」

「資格はなかったと思うがね」

 口の端を上げてタイオスは言った。

「あの馬鹿も、ついに死んだか」

 彼は先ほど見た光景を思い出した。ボウリスとルー=フィンが、ヨアティアの傍にひざまずき、ユーソアも近寄ってきていた。クインダンは気を失ったエルレールを抱えたまま、彼女が気づいても衝撃的な光景がすぐ目に入らないよう気遣い、少し離れていた。

 あれだけの愚行を繰り返し、彼らを悩ませた男であっても、彼らはその死を喜びはしなかった。友人ではなくとも知った人物の死に、追悼を捧げた。

 神官たちも、同じだ。

 彼らはヨアティア、モウル、バーシと、そしてアトラフの遺体まで、同じように扱って同じように祈りを捧げた。タイオスも別に抗議はしなかった。死者は、死者だ。

「私が提案したのは、真っ当な案であったはずだ。だが魔物には通用しなかったようだな」

「殺すことに決めてたみたいだからな」

 もとより、と彼は肩をすくめた。

「あの野郎が敬虔な一神官になんぞ、なるはずはなかった。まあ、死者を貶めることは言いたくないが、事実なんでな」

 ヴィロンは特に何も言わなかった。

「だが」

 戦士は片眉を上げた。

「改革ってのは、何だ?」

「……私は」

 ゆっくりとヴィロンは口を開いた。

「以前にも言ったように、このような田舎の信仰が他国に流出するようではよくないと考えた」

「ああ、そう言えば言ってたな」

 タイオスは思い出した。

「まさか、この国の信仰を八大神殿仕様にしちまおうって魂胆か?」

 少し警戒して彼は尋ねた。

そうだ(アレイス)

 あっさりとヴィロンは答えた。

「〈峠〉の神などと呼ばれる土地神に祈ったところで、冥界神には届かぬ。コズディム神官に祈りを捧げさせるべきなのだ」

「お前な」

 戦士はかちんときた。

「人んちの庭で、その台詞か。神様がどうとか魔物がどうとか言う以前に、礼儀を勉強し直した方がいいんじゃないか?」

「正しきことを述べたまでだ」

 淡々と神官は言った。タイオスは何か反論しようとしたが、それより先にヴィロンが続ける。

「お前は」

 神官は戦士をじっと見た。

「『人を守る』と言わなかったか? それと同じことだ。お前が剣で人を守るなら、私は祈りで守る」

「――ほかに祈り手がいないなら、それでもいいさ」

 タイオスは静かに言って首を振った。

「ここにはこれだけ神官がいる。お前の出る幕じゃない」

「そもそも、言ったように、私にはいま祈りの力すらない」

 自嘲するようにヴィロンは肩をすくめた。

「もっとも、無知蒙昧に土地神を信仰すること自体は否定しない。殊、ラファランはたとえ神官の祈りがなくとも、死者の魂をラ・ムール河へ導く。しかし死の床に立ち会えば、祈るは我が義務だ。行くべき道筋を確かにし、死者への助けとする。自然神に毛が生えた程度の神に祈ったところで――」

「いい加減に、しろよ」

 うなるように言うと、タイオスはヴィロンを軽く睨んだ。

「お前は最初から、そういうつもりでいたのか。何でシリンドルにくるなんて言い出したのか不思議に思ってたんだ。サングは、お前が自説にこだわるせいだと言ってたが、それだけじゃない」

 戦士はじっと、コズディム神官を見据えた。

「てめえの信じるものが優位と思い込んで、『無知蒙昧』なこの国の連中を啓蒙してやろうとでも思ったって訳だ」

「否定はしない」

 ヴィロンは淡々と答えた。

「この……」

「〈白鷲〉よ、では問うが、シリンドル国王を救ったのは誰の力だ? 護符だけで、王に取り憑いたモノが弾き出されたと思うのか? あれは私の祈りの成果だ」

「んなの、お前の思い込みかもしれんだろう。お前が確実にやったのは、護符を使えばいいという助言だけだ」

「その簡単な助言すら、この国の神官にはできなかったことだな?」

「――ちゃんと相談をすれば、それくらい、誰かが思いついたかもしれん」

「『思いつく』」

 ヴィロンは首を振った。

「きちんと神学を修めれば、判ることだ。思いつきなどではない」

「ああ、そうかよ。しっかり修学して、お前さんは偉いって訳だ。だがな」

 タイオスは唇を歪めた。

「そんなお勉強なんてのは、箔をつけただけにすぎんと、判ってたんだろ。てめえには自信がなかった。どんな生い立ちがあるのか知らんが、青竜野郎にそれを見抜かれ、言葉ひとつであっさりと神力を失った」

 湧いてきた怒りに任せて、彼は言い放った。

「一時的だ」

 神官は主張した。

「『一時的』」

 今度はタイオスが相手の言葉を繰り返し、鼻で笑った。

「すぐに取り戻せるってのか? はっ、動揺して失っちまうようなちゃち(・・・)な力なら、簡単に取り戻せるのかもしれんな」

「研鑽を重ねて得た力だ。容易に失われはせぬ」

「容易に失われてたじゃねえか」

 タイオスは指摘した。戦士の経験について彼は近いことを思うが、それは鈍ったとしても失われはしない。

「お前はまだ若いしな、動じることもあるだろうさ。俺にはよく判らんが、一時的に失って、また取り戻すなんてこともあるのかもしれん。だがな、その間にお前がやったことは何だ?」

 彼は言った。言ってやることにした。

「闇の眷属だ何だと言ってた魔物の台詞に動揺し、力をなくして、今度は知識にしがみついてる。お前は悪い奴じゃない、そうは思ってるが」

 顔をしかめて、タイオスは続けた。

「何をやらかすか判らなくて、危なっかしい感じがある」


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