08 根絶やしにする
その、少し前のこと。
落ち着け、と言ったのは銀髪の青年だった。
「タイオス、お前らしくもない」
「は」
言われたタイオスは笑った。
「俺らしいってのは何だ? お前はそんなに俺をよく知ってるか。短いつき合いだってのに」
「おいおい。彼にまで挑戦的になることはないだろう」
「そんなつもりは、ないがね」
師匠の言葉に鼻を鳴らした中年戦士は、彼の腕を掴むルー=フィンをじろりと睨んだ。
「放せ」
「いいや」
ルー=フィンは首を振った。
「俺も、いまとなっちゃお前をよく知っているとは言えんな。だが俺に言わせれば」
モウルは首を振った。
「いまのお前は、十代のガキの頃みたいに、短絡的だ」
「む」
これにはタイオスも詰まった。
「イズランの話が本当にだって保証がどこにある?」
もはや「術師」と丁寧に呼ぶことはやめてモウルは問うた。
「ないと言やあ、ない」
それは判ってるとタイオスは呟いた。
「俺はどっちかってえと、あいつを嘘つき野郎だと思ってるくらいだ。だが……だがな、こういう嘘をつく奴じゃないとも、思ってる」
人の生き死にについて出任せを言うことは、まずしないだろう。それらしい言い方をして誤解を招き、あとで「そんなことは言ってませんよ」ととぼけるようなことは十二分に有り得たが、魔術師ははっきりと告げた。
死んだ、と。
「奴の嘘は、これだ。『言いにくかったからこられなかった』。ありゃあ」
嘘だ、と彼は言い切った。
「俺を動かすための情報、切り札として、大事に取ってたのさ」
五日ほど前のことだと言う。つまり、サングも知っていたと見るべき。
だがサングに騙されたとは思わない。
この魔術師たちが信用ならないこと、タイオスは決して忘れていないからだ。
「判ってるんじゃないか」
老人は呆れた口調で言った。
「このタイミングで、お前に知らせた。このタイミングで、お前を動かしたいからだ。それも、そこの、麓の神殿とやらにな」
「何のためか」
ルー=フィンが言った。
「灰色ローブの掃討のためだ。タイオス、イズランはお前の剣と〈峠〉の神の加護を利用して、神殿にいるという魔物を一掃させようと」
「上等」
タイオスは口の端を上げた。
「ソディエだったな。根絶やしにしてやる」
声を荒げるでもなく、戦士はぼそりと言った。老戦士と若い剣士は顔を見合わせる。
「あのな、ヴォース。復讐心なら、的外れだと判ってるんだろうな?」
「お前の言うことは、タイオス、たとえばそれが私であれば、ヨアティア憎さに、麓の神官や僧兵まで皆殺しにすると言っているようなものだ」
自らに冷静になぞらえて若者は言った。
「全然、違うだろうが」
タイオスは「そうだな」とは言わなかった。
「ミキーナとレヴシーを刺したのはヨアティアで、僧兵や神官はわざわざ誰も殺す気なんかなかった。だがソディエどもは、誰でも殺す」
「たとえ話なら、それより」
モウルはルー=フィンの事情を知らないながら、だいたい推測をして、口を挟んだ。
「〈コールバの長い旅〉だな。山赤狼に恋人を殺されたコールバが、世界中の山赤狼をぶち殺してやろうと旅する話」
「だったらどうだってんだ」
タイオスは気にしなかった。
「ソディエどもを根絶やしにするのは」
と言いながら彼は、モウルから返された袋――砕けた護符の残りが入ったそれを指で弾いた。
「神様の意にも適うさ。何しろシリンドル国民を守ることになるんだからな」
「だからそれが」
「イズランの企みだと」
「そうであろうとかまわねえと、俺は言ってんだ」
タイオスは遂に、ルー=フィンの手を振り払った。おとなしく掴まれるままでいたタイオスが急に力を振るったため、さすがの天才剣士もそれを放してしまった。
「俺は行く。気が向いたら手伝ってくれ。嫌ならかまわん。それじゃな」
「タイオス!」
「ガキならまだ可愛げがあるが」
モウルは呟いた。
「四十男があれでどうする。せっかく俺の話もしてやったのに、ちっとも届いとらんとは」
彼は息を吐いた。
「俺ぁ現役を離れて長い爺だが、できる限り手助けする。すまん、セレディア」
モウルは誰かに謝罪した。
「ルー=フィン、お前さんは」
「私も――」
彼は僧兵を連れて巡回するよう、指示を受けていた。だが神殿に魔物がいるのであれば兵を連れ出すどころではないし、タイオスのことも放ってはおけない。
「いや」
モウルは首を振った。
「別行動を取ってくれ」
「と、言うと?」
ルー=フィンは困惑した。「一緒に戦ってくれ」ならば彼の得意分野であるが、それ以外と言われてはどうしたらよいものか見当がつかない。
「三人でのこのこ出向いて三人とも殺されたり、捕まったりしても馬鹿らしいだろう」
モウルは肩をすくめた。
「だが……」
「お前さんの才能は、さっき見せてもらったよ。俺とヴォースがどうしようもなさそうだったら助ける役をやってくれ」
「しかし」
ルー=フィンはいまひとつ納得いかない様子で何か言おうとしたが、モウルは聞く耳持たず、タイオスを追いかけた。