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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第4話 神の影 第1章
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03 ついうっかり

 遠慮がちに叩かれた扉に、アンエスカは入室の許可を出した。

「あの、アンエスカ様」

 使用人はしどろもどろになりながら騎士団長と偽の王を見た。

「陛下に、お目通りをというお客人が」

「今度は誰だ」

 定められた時間以外にハルディールに会おうという人間は多くない。先日から続いているそれは、問題の先触ればかりだ。アンエスカは思わず厄除けの仕草をした。

 先ほどはルー=フィンがやってきた。彼は団長に報告――と、これまでの件の謝罪もあったが、いまはその話を延々とするときではないと互いに判っていたので、話は簡潔に済んだ――にやってきたのだったが、灰色ローブの者たちがどこかに消えてしまったという話はやはり先触れとしか思えなかった。

 アンエスカはルー=フィンを神殿へやり、僧兵たちに町を回らせることにした。連中の捜索が目的だが、民が危険な目に遭っているということがなければ接触は避けるように、万一そうした事態があれば、一体に対して複数、なるべく三人以上で立ち向かうようにとの指示もした。一度に三人は指させないからだ。

 だが、そうするには僧兵たちを小集団にして回らせなければならない。そうすれば自ずと、巡回できる場所は減る。

 口惜しいが、仕方ないことだった。クインダンとユーソアでさえ、ふたりがかりでなければ倒せなかったという話だ。

「それが」

 使用人はアンエスカに告げたものか「ハルディール」に告げたものか迷うように彼らをちらちらと見た。

「ラシャ神官と、リダール・キルヴンと名乗る少年です」

「何?」

「――入れるな!」

 叫んだのは、フェルナーだった。

「追い返せ! 絶対にだ!」

「は……」

「待て」

 しまったな、とアンエスカは思った。「ハルディール」よりも自分の命令を聞かせるというのは、やはり困難だ。

「私が会おう」

 フェルナーから目を離すのは気にかかるものの、いま「ハルディール」をここから拐かす理由もないはずだ。そう考えてアンエスカは言った。

 ラシャ。フィディアル神官。

 手助けてもらえることがあるかもしれない。それが何より大きかった。

「駄目だ」

 頑としてフェルナーは言ったが、アンエスカは彼の命令など無視できる。彼は部屋を出て、使用人にふたりをここに連れてくるよう命じた。部屋を離れてしまっては、フェルナーがほかの人間に好きに命令できてしまう。それを防ぐためだ。

「ラシャ殿、このような場所で失礼いたします」

 少ししてから案内されてやってきた二名に、アンエスカは頭を下げた。話の内容が聞かれないようにハルディールの部屋から少し離れたが、室内ではなく廊下で面会など、相手によっては無礼千万と怒りかねない。もちろんと言おうか、神官はそのようなことで腹を立てなかった。

「それに……キルヴン閣下のご子息ですか」

「はい、リダール・キルヴンです」

 少年はこくりとうなずいた。

「わたくしはシャーリス・アンエスカと申します。〈シリンディン騎士団〉の団長を務めて――」

「うわあ! 本物の、〈シリンディンの騎士〉なんですね! それに団長だなんて!」

 反射的にリダールは目を輝かせ、それからはっとしたように謝罪の仕草をした。

「す、すみません。こんなことを言いにきた訳じゃないのに」

 顔を赤くして彼は言った。

「アンエスカ殿、陛下はいま……?」

 ラシャが水を向けた。

「おふたりのお話は私が伺うことになっています」

 まず騎士団長はそうとだけ返した。

「陛下でなければお話しになれないご事情でも?」

 何も皮肉や挑発ではない。単なる確認だった。

「いえ、そういうことではないのですが……」

 ラシャは少し考えた。

「ヴィロン神官がきていませんか。それから、タイオス殿は」

「――ヴィロン殿は」

 何と言ったらいいのか、アンエスカは迷った。

「こちらには、おりません」

「お帰りに? ずいぶんと早くありませんか」

 フィディアル神官は驚いた。

「私は緊急性を鑑み、神殿上層部からの叱責も覚悟で、魔術師の力を借りたのですが」

 神官が魔術師協会を頼って〈移動〉を行うなど、滅多なことでは聞かれないものだ。

「ヴィロン殿とタイオス殿は、ようやく今日辺り到着なさったばかりでは」

「仰る通りです」

 アンエスカはうなずいた。

「ですが……ヴィロン殿はいま、神殿に」

「神殿?〈峠〉の神殿ですか?」

「いえ、麓のものですが」

 あのあとヴィロンは、祈りの場を欲して裏手の神殿へと向かっていた。崇める神こそ違えども、聖なる祈りに相応しいところではあるだろう。

「そうですか」

 フィディアル神官は何に納得したものか、判ったというようにうなずいた。

「ラシャ殿。彼はあなたの紹介ということでこちらへやってきた。タイオスをご存知であることと言い、あなたもだいたいの事情をお聞きであると考えてよろしいか」

「はい、大丈夫です」

 ラシャはうなずいた。

「ヴィロン殿がやってきた時点で知っていたことは、私も知っているものとお考えください」

「承知した」

 騎士団長はうなずいた。

「ヴィロン殿は助力くださった。それは確かです。ですが、もうその助力は望めない。彼は……神力を失ってしまったから」

「ど、どういうことです」

 ラシャはもとより、リダールも目を見開いた。アンエスカは簡潔に説明をした。彼はソディ一族のことなどをタイオスから少し聞いただけでほとんど知らなかったので、ヴィロンがつらい生い立ちを突かれて神力を失ったことと、もっと力をやるという魔物の誘惑をかろうじて拒否したが、迷っていたことを話した。

「まさか」

 ラシャは顔色を青くした。

「彼は優秀なる神官長ですのに」

「信じられないと仰るのも無理はない。有能で冷静な青年とお見受けしていた。ですが魔物はそうした者でも、籠絡してしまう」

「まさか……」

 彼は繰り返した。

「そんなはずはない」

 ラシャは言い張った。

「彼は私たちの……その、若手神官たちの、ということですが、私たちの間で、言うなれば指導者格のような存在です。つまり、将来的に大きくわれわれをまとめるであろう人物と期待されているということですが」

 彼は何やら回りくどい言い方をした。

「そのヴィロン殿が、魔物の甘言などに揺らぐはずはない」

「だが現に、彼は神術を振るえなかった」

 アンエスカは説明を繰り返した。

「まさか……」

 ラシャは三度(みたび)言ったが、アンエスカの言を疑うのではなく、ヴィロンを信じたいのだということは話を伝えた騎士団長にも判った。それらは似て非なることだ。

「タイオスは? それに、陛下はどうしていらっしゃるんですか?」

 尋ねたのはリダールだ。

「もしや……また、フェルナーが」

 こちらも顔色を悪くしていた。アンエスカはこくりとうなずき、ますますリダールの顔面を蒼白とさせる。

「ぼ、僕、話を」

「いけません、リダール様」

 ラシャが素早くその腕を掴んだ。

「同じことを繰り返すのですか」

「でも」

 リダールは胸を押さえた。

「魔除けがあれば、僕が乗っ取られることはないんでしょう。陛下にも、お渡しすれば」

「あれはあくまでも道具に過ぎません。無理に押さえつけてでも陛下に魔除けをお持ちいただくことは可能でしょうが、それが効くかどうか、効いたとしてもその際、リダール様が再び器となってしまわないか、危惧はあります」

「完全に駆逐することはできないのか」

 アンエスカは尋ねた。

「それは……ヴィロン殿でしたら、或いは可能であるやもしれませんが」

「興味深いお話ですね。お手伝いしましょうか」

 廊下の端からにこにこと姿を見せたのは、イズラン・シャエンであった。

「お前は……」

「ご無沙汰しておりました、アンエスカ団長」

 にっこりとイズランは笑んだ。

「リダール殿も」

「こんにちは」

 目をぱちぱちとさせながら、リダールも挨拶を返した。

「ラシャ殿とはお初ということになりますな」

「シンリーン・ラシャと申します」

 神官は名乗り、魔術師も名乗り返した。

「先ほどヴィロン殿と少しお話をいたしまして、その後、考察いたしました。生憎なことに、ヴィロン殿のお力が借りられないと破綻する話なのですが、ラシャ殿も神官でおいでですから」

「わたくしは、フィディアル神官です。ヴィロン殿と同じことができるとは限りませんが……」

「まあまあ。それでも、少しお話をいたしませんか」

「イズラン術師」

 そこでアンエスカが声を出した。

「その『お話』は、私の前でやっていただきたいが、よろしいか」

「はいはい、結構ですとも」

 イズランは手を振った。

「タイオス殿やルー=フィン殿と一緒で、アンエスカ殿も私を疑うんでしょう。モウル殿もさっきまではいくらか信頼してくださっていたようですのに、タイオス殿をけしかけたと言って怒られてしまいましたし」

「けしかけた?」

 アンエスカは首をひねった。モウルのことはルー=フィンから聞いていたのでその名を不審には思わなかったが、話の流れは理解しかねた。

「タイオスが、どうしたと?」

「いえね。私がちょっと、口を滑らせまして」

 ついうっかり、と魔術師は肩をすくめた。

「行ってしまいました。モウル殿と、おふたりで」

「行った?」

 アンエスカは口を開けた。

「あの状態で、どこへ行けると言うのか」

「おや、ご存知なかったんですか。こちらにかかりきりだったと」

 イズランはふうむとうなって両腕を組んだ。

「彼は少し前に意識を取り戻していますよ」

「何と」

 アンエスカはほっとしたように言うと神に感謝する仕草をして、それからはっとしたように咳払いなどした。

「ですが、それだけでは到底、どこであろうと出て行くのは無理だったでしょう」

 イズランはアンエスカからラシャに目線を移した。

「神官殿にも見解をお伺いしたいことではあります。ラシャ殿、こうした術はご存知ありませんか」

 そう前置いてイズランはタイオスの傷痕について語った。ラシャは首を振った。

「浅学にして、存じません」

「まあ、そうだと思いました。一応、訊いてみただけです」

 相手によってはむっとしかねない調子でイズランは言った。幸いと言うのか、ラシャは腹を立てなかった。

「タイオス殿は連中の呪術……そうは言わないとしても、とにかく連中の目論見により、一時的に元気です」

「それで、そのタイオスはどこへ何をしに行ったと?」

 再びアンエスカは尋ねた。

鬼退治(ホルタンダ)、ですかね」

「どういう意味だ」

 アンエスカは少し顔をしかめた。どうもこうも、とイズランは肩をすくめた。

「英雄が成すべきこと、ですよ」


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