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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第4章
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07 可能性はある

 再会の驚きと喜びもそこそこに、ヴォース・タイオスはラカドニー・モウルにその場の見張りを託すことにした。老いたりと言えども彼の師匠。体力や俊敏さは衰えたとしても判断力は健在のはずだ。

 いや、生憎なことに年を取れば誰だって耄碌することはあるが、どういう動機であれイズランが「使える」と考えたから連れてきているのだ。技能はあるはずである。イズランの判断を信用すると言うのも気に入らなかったが、選り好みはしていられない状況だ。

 タイオスがざっとモウルから聞いたのは、〈縞々鼠〉亭とイリエードと灰色ローブのこと。あのふざけた店名の酒場の主人がモウルであったことはタイオスに奇妙な運命の(えにし)を感じさせたが、感慨にふけっている暇はない。

 迷った末、タイオスはイズランもその場に残した。何かあれば包み隠さず絶対にすぐに彼に伝えろと厳命し――魔術師に彼の命令を聞く義務はないが――連絡役に任命した。

 モウルには拾った護符の破片を渡し、ルー=フィンやユーソアと行き違った際には彼の代理であると証明できるようにした。ルー=フィンはイズランを知るがタイオスが思うのと同じくらい胡散臭い相手と考えているし、ユーソアは全く知らない。イズランがどう思われようと知ったことではないが、師匠が疑われてはたまらない。

 ヴィロンだけを連れ、急ぎ足で王家の館に戻った〈白鷲〉だったが、途中でルー=フィンともユーソアとも行き会わなかった。それどころか、王命によって「ハルディールの目の届く範囲にいること」と制限を課せられたアンエスカと話をすれば、クインダンはもとよりユーソアも戻っていないということだった。

「何だって?」

 タイオスは顔をしかめた。

「ユーソアの奴、どこに寄り道しているんだ」

 余所者の彼がシリンドル国民であるユーソアの知らない近道を通ってきたとも考え難い。だいたい、普通にやってくればタイオスがちょっとばかり急いできたってユーソアより先に着くはずもないのだ。

「どうなっている」

 苛ついたようにアンエスカは尋ねた。何もタイオスに苛ついているのではなく、状況が判らないからである。

「ユーソアもクインダンも姿を消したとでも言うのか」

「端的に言えば、そうなる」

 息を吐いて〈白鷲〉は言い、大まかに説明をした。

「ひとつだけいいことがあるとすれば、ルー=フィンの記憶が戻ったことだ」

「何と」

 目に見えてアンエスカはほっとした。

「神よ、感謝を」

「まあ、そいつぁ正しい祈りだな」

 護符。黒髪の子供。〈峠〉の神の力が働いたことは間違いない。もっとも、できるならさっさとやっておけよとタイオスとしては思うのだが、護符に触れるというのが重要な点だったのかもしれないとは何となく理解できた。それならそれで自分に教えておいてくれればいいものをとも思ったが。

「予想以上に『魔除け』が効力を発揮しそうなんでな、ルー=フィンにはそれを取りに行かせた。だが」

「いるはずの場所にクインダンがおらず、ユーソアは連絡と確認を兼ねてこちらに向かった」

「そうなんだ」

 それから彼は、魔術師イズランが現れたことと、どうしてか彼の師匠を連れてきたことも話した。

「イズラン?」

 アンエスカは顔をしかめた。

「あの魔術師か。何故だ」

「奴さんは〈峠〉の神に興味があるのさ。だがそれだけじゃない、灰色ローブの件にも一枚噛んでいて」

「何?」

「ああ、いや、そうじゃない。別に奴が企んだことじゃない」

 たぶん、とタイオスはつけ加えた。

「少し前からカル・ディアルやアル・フェイルに連中がうろついている、そのことにいち早く気づいて調査してたらしい」

 彼はそのことも説明を加えた。

「では、お前と脱出した『医者』というのはイズランのことだったのか」

「あ、いや、そいつはサングっつって……まあ、別人だが関係者だ」

 タイオスはそれだけで済ませることにした。

「イズランは、アル・フェイルの国王と直接繋がってる。サングも似たようなもん」

「宮廷魔術師の弟弟子だとか言っていたな」

「そうほざいてたが、実際は当の宮廷魔術師だ」

 顔をしかめてタイオスが言えば、アンエスカは口を開けた。

「シリンドルとしては介入させたくないだろうし、俺も同じように考える。だが魔術師の力は有用だ。あとで何か言われんように、あくまでも俺が個人的に参加させたってことにしとけ」

 そんな言い訳が通用するかどうかは判らなかったし、警戒のしすぎかもしれなかったが、「シリンドルとして助力を請うた」という形にはならないようにした方がいいだろう。戦士はそう判断した。

「イズラン術師、か」

 アンエスカは両腕を組んだ。

「あのときも彼は、ヨアフォードに手を貸したと言うより、ここで起きることを見てやろうという様子だったな。敵対する理由はないだろうが、容易に味方になるとも思えん」

「味方にしちまっても(まず)いだろ、と俺は言ってるんだが」

「アル・フェイルにシリンドルを気にかける理由はないだろう」

「確かに国王は、それほど興味があるって感じでもなかったがな。何がどう転ぶか判らんもんだろ。騎士団長ならもっと警戒しろ」

「警戒の必要があると思えば、無論、する。必要とあらば、大国が相手であろうとも戦うが」

「そりゃ無理」

 思わずタイオスは言った。いくら騎士団が精鋭揃いでも、何かまかり間違ってオルディウスが軍を送ったら、どうしたって多勢に無勢だ。

「心根の話だ」

 アンエスカとて、まさかひとりで百人も二百人も相手取ることができるとは思っていない。だが思いはそう在るべきだと、騎士は言うのである。

「ああタイオス、戻ったのですね」

 そのとき、ハルディールが顔を見せた。

「ヴィロン殿も」

 呼ばれて神官は会釈した。

「タイオスが殴りたい相手というのは誰だったんですか」

 少年王はそれを尋ねた。

「まさか、ルー=フィンですとか」

「あれはどっちかって言うと『引っぱたいてやりたい』だ」

 口の端を上げて戦士は答えてから手を振った。

「もっとも、もう引っぱたく必要はない。ちゃんと事実を思い出したからな」

 神のご加護で、とタイオスはつけ加えた。

「そうですか」

 ハルディールもまた、安堵を見せた。

「よかった。あなたとルー=フィンが争うなんて、もうあってはならないと思っていた」

「ですが、新たに不安材料が生じました」

 顔をしかめて騎士団長が告げた。

「クインダンとユーソアが、どこにいるか知れません」

「何だって」

「クインダンは魔物どもを見張ってたはずの場所から消え、ユーソアはその報告とクインダンが戻ってないかの確認、及びアンエスカの指示を仰ぎにここへきてるはずなんだが」

 きてない、とタイオスは簡潔に説明した。

「何が起きているのか」

 ハルディールは表情を曇らせた。

「〈穢れ〉の期と一致しておかしな出来事が起きていると思うと、とても気にかかる。明日になれば、明けるけれど……」

「明日」

 そっとヴィロンが呟いた。

「では明日に、注意を払うがいいだろう」

「明日」

 タイオスも繰り返した。

「明日の夜に、幻夜とやらが訪れるってのは、まじ(・・)っぽいのか?」

「その可能性はある」

「それくらいなら、俺にだって言えるわ」

 戦士は唇を歪めた。

 可能性は何にだってある、というのは魔術師の得意とする台詞だが、神官の言うのはそうではない。魔術師の言い方は「どんなに有り得ないと思えても、起きる可能性というものはわずかであろうと存在する」という揚げ足取りのようなものであり、いまのヴィロンの言い方は、「可能性が高い」。

 だがそれでも、それくらいのことならタイオスにだって言えるのである。

「幻夜、とは?」

 ハルディールが首をひねった。

「それはなぁ」

 タイオスは苦い顔を見せた。

「正直、よく判ってないんだ。いちばん判ってるのはこっちの神官長様(セラス・ランジア)だが……」

 彼はヴィロンをちらりと見やった。そのときコズディム神官長はいつもの無表情ではなかった。

「ん? どうした」

「――くる」

「何、が……」

 返しながらタイオスは、何かを感じた。

 あのとき。ハルディールの青い目のなかにハルディールではないものを感じ取ったときと同じ、首の後ろの毛が逆立っような。

「あ……」

 少年が戸惑うような声を出した。

「ここ、に……」

 彼が何と言おうとしたのかは判らない。ハルディールは胸の病気を抱えてでもいるかのように苦しげに心臓の付近を押さえて、顔をしかめた。

「ハル!」

 〈白鷲〉は少年王を呼び、何か考えるよりも早く彼の手を取って強く抱き寄せるようにしていた。何が起きようとしているか、考えるまでもない。

(おいこら、ガキ!)

 彼は黒髪の子供の姿をした〈峠〉の神の使いを思った。

(ルー=フィンを助けたんだから当然、ハルも守るだろうな!?)

(……護符が)

(護符がなけりゃ無理だとか言うなよ、頼むから!)

「タイオス、そのまま捕まえていろ!」

 神官の、珍しい大声が聞こえた。

「王を呼べ、名を繰り返せ」

 ヴィロンはラシャがシィナに出したのと同じ指示をした。

「騎士団長、貴殿もだ」

 アンエスカも瞬時に状況を理解した。ヴィロンは彼らに命令する権利などないが、もちろん命令だから聞くのどうのという問題ではない。つまらぬことは口にするより早く、彼らは従った。

「ハル、ここにいろ。引っ張り出されそうなら、俺に掴まれ」

 どうやって掴まるものか、言っている彼自身よく判らなかったが、タイオスはとにかく思いつくままに口にした。

「ハル、ハルディール・イアス・シリンドル、シリンドルの国王陛下、お前は強い。奴らの術になんか屈しない」

「陛下、あなたの国を離れることのなきよう」

 アンエスカも言う。

「ここがあなたの国であり、神はここにいる。ハルディール様がそのご意思でなくこの地を離れることはありません」

「いいぞ」

 ヴィロンは呟いた。

「その調子だ。続けろ」

 短く命じて神官は胸元の聖印を握った。


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