02 どんな利点を
「とにかく、本当のことであれば父親が存在することになる。お前ではないと言うのなら」
「違う」
「判っているわ。ほかの誰かよ。ほかの誰かの子供をお前の子として、誰にどんな利点があるか。そういう話になるわ」
「僕の子であれば……男児であれば王位継承者ということになる。女児であれば、姉上のように巫女姫か、ほかに男児が生まれなければ、例は少ないが女王または王妃。どうなるにせよ、シリンドルの中枢に関わる」
「目的は王位を継がせることか……それとも」
「それとも?」
「――絶やすこと」
エルレールは言った。
「何だって?」
ハルディールは目をしばたたく。
「お前の子ではない男児が王位を継げば、シリンドル王家はそうと知られぬ内に途絶えることになるでしょう」
「確かに……そうなるけれど」
ハルディールは両腕を組んだ。
「それが彼らにどんな利点をもたらすんだ?」
「『彼ら』」
エルレールは繰り返した。
「〈青竜の騎士〉は確かに胡散臭いわ」
きっぱりと巫女姫は言った。
「あなたの身体を操ったのはフィレリアの子をあなたの子とするためだとしたら」
「だが、アンエスカたちがいつまでも言いなりだと思っただろうか。話を聞くと、フェルナーという人物はずいぶんと子供じみた言動をしていたそうだ。彼が国王を続けるのは至難だっただろう」
「ではほかに誰を据えることができるかしら」
彼女は考えた。
「ヨアティアかしら?」
「――何故」
ハルディールは目を見開いた。
「姉上は、仮面の男を目にしていないだろう」
「見なくたって判ることはあるわ、なんて」
肩をすくめてエルレールは少し笑う。
「私は魔術師ではないもの。見ても聞いてもいないのにそれをヨアティアだと言えやしない」
「では『見た』?」
「いいえ。『聞いた』だけよ」
首を振って王姉は答える。
「タイオスの話を?」
「それをはじめ、ということになるでしょうね」
エルレールは息を吐いた。
「お前はタイオスを信じた。アンエスカもまた、同様だわ」
つまり、と彼女は肩をすくめた。
「そういうことよ」
エルレールは、アンエスカから聞いたと言っているようだった。それはアンエスカの取った行動と一致しないようだったが、姉がそう言うのであればそうなのだろうと弟は思った。
「シリンドル王家の血筋が、もしも途絶えたら。〈峠〉の神はきっと知るはずね。上の神殿の扉は、シリンドル人の血を引かぬ継承者には開かず……」
「シリンドレンにだって開かなかった」
ヨアフォードを思い出してハルディールは言ったが、それが絶対的とも言えないことは判っていた。
「だがあのときは、僕もルー=フィンもいた。シリンドレンより……血の濃い者が」
「ヨアティアや、その子供が最も血の濃い者となったら? ヨアフォードを拒絶した〈峠〉の神がよりによってヨアティアを認めるとは思わないけれど、仮にあの男がとても優秀な配偶者を得た場合、その子には奇跡が起きるかもしれないわ」
エルレールは、いつぞやユーソアが言ったのと同じようなことを――彼よりも手厳しく――言った。
「フィレリアの子を王位に据える計画。畏れ多くも神を欺くために、シリンドレンの血筋も用意している。このような想像はしたくないけれど」
顔をしかめて彼女は続けた。
「あなたの身体を操ることができるなら、本当にフィレリアにあなたの子を産ませることだって」
「姉上」
ハルディールは顔をしかめたが、有り得ないことではなかった。
「この時点で子がいると言うのなら、この三日間で、ということもないでしょうけれど……」
「あ、姉上、何を言い出すんだ」
「『ないでしょうけれど』と言っているのよ。心配しなくていいわ」
「僕自身のことよりも」
ハルディールは真剣な顔をした。
「万一にも、そのようなことがあれば。彼女にどのように詫びたらよいか」
「あなたが詫びることではないでしょう」
姉はもっともなことを言った。
「だいたい、考えてもご覧なさい。三日前からはじまった関係であるなら、いま、子ができたと言う……言わせる必要はないわ。婚約を急がせた理由を懐妊にしたいのであればね」
きっぱりとエルレールは指摘した。
「そして子がいるのが事実であり、その子を産ませたいのであれば、行為は避けるのが自然」
考えながら巫女姫は話し、少年王は少し困惑したが、重大な話であることは相違ない。口を挟むことは避けた。
「ハルディール、フィレリアが信じ込んでいるのであれば厄介かもしれないわ。お前が否定したところで……嘘だと思う者もいるでしょう」
「姉上は、どう思っているんだ」
「お前がそのような嘘をつくはずがないわ。私はお前の正直さをよく知っているもの」
責任を取ろうとしたのではと思ったくらいよ、と少し笑って姉は言った。
「穢れの期に入っていることは、『彼』の、それとも〈青竜の騎士〉の目論見が進行するのを少しばかりとどめたかもしれないけれど、私ですら神に祈りに行くことができないというのは何だか不安だわ」
巫女姫は呟いた。
「けれど、穢れの期も今日で終わりね」
ほっとしたようにエルレールは言った。
「〈シリンディンの騎士〉が常時〈峠〉にいなくてはならない状態というのは……いまのシリンドルでは心配だということもあるもの」
「僕は」
ハルディールは気まずそうな顔を見せた。
「今日に限り、彼らの仕事を切り上げさせてしまった」
「まあ」
エルレールは目をしばたたいた。
「ではいま、〈峠〉に騎士はいないの?」
「ああ。レヴシーの行方が判らず、アンエスカは負傷した。騎士をふたりも回してしまったら、動けるのはひとりになってしまう。タイオスを頼みにしても、ふたり。もっともアンエスカは特例として、今回の警備をひとりに減らしたけれど、いまはそのひとりも惜しい」
「……巫女としては、聞き捨てならないご発言ですわ、陛下」
エルレールは顔をしかめたが、すぐに前言を取り消す仕草をした。
「シリンドルを守るべくなされた選択だということは、神もご存じよ」
「僕もそう願っている」
王は真剣にうなずいた。