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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第3章
127/206

13 〈白鷲〉だって?

「ですが、私や……ヴィロン殿」

 彼は神官を見た。

「私たちは、ただ報告を聞くだけの者たちよりこの件に深く関わっていますね。ご協力をお願いしたいのですが」

「私がお前に協力をするのか?」

 慎重にヴィロンは問うた。

「逆でもいいですよ」

 あっさりとイズランは返した。

「私はサング導師と違って、協会にそれほど義理はありません。一魔術師としてはありますがね、その指示はちょっとした指針という程度で、どうしてもこうしなきゃならないとか、こうしちゃならないということはない」

「何をどう、協力する」

「まずは『幻夜』」

 イズランはすぐに言った。

「ヴィロン殿がご存知のことを包み隠さず話していただきたい。そのことによって私が何かに気づけば、必ずお話ししよう。ことを起こす前ににも貴殿に相談する。協会の益については考えず、『手柄』となるような出来事があればそれはヴィロン殿のものとすることを約束しよう」

 そのままイズランは誓いの仕草をした。神官はじっと見ていた。

「誤解があるようだ、魔術師」

「イズラン・シャエン」

「シャエン術師。私は手柄を立てようなどとは考えていない。ただ、コズディム神の理を乱さんとする不逞の輩を放っておくことはできぬと、ヴォース・タイオスに手を貸している」

「そりゃどうも」

 タイオスはそっと呟いた。

「ヴィロン殿。幻夜とは、何です」

「夜ならぬ夜、表が裏に、光が闇に、真が嘘になる夜と言われる」

 彼は戦士に言ったのと同じことを言った。

「星辰の観察を主だった修行にしている者たちがいる。彼らの話によれば幻夜は近い。それはここ、シリンドルにやってくる」

「場所が関係するのか」

 イズランはすぐに話を理解した。

「近い、とは?」

「いくらか意見のばらつきがある。多くはこの一旬以内に収まっているが」

「それは、近い」

 魔術師は両腕を組んだが、神官は首を振った。

「最も信頼性が高い意見は『明日』というものだ」

 その言葉にタイオスは吹き出した。

「おい! んなこと、言ってなかったじゃねえか!」

「信頼性は高いが確実ではない」

 淡々とヴィロンは返した。

「幻夜は神秘的な現象と言われるが、八大神殿と関わるものではない。民が不安に思えば導きこそするが、その日を待つでもなければ祈りを捧げるでもない」

 「要するに自分には関係ない」ということであるようだった。タイオスはうなる。

「明日」

 イズランは考え込んだ。

「気をつけてくださいね、タイオス殿」

「ああ?」

「〈幻夜〉にあなたを殺すと、〈青竜の騎士〉殿は宣言している訳でしょう」

「俺がいまでも〈白鷲〉ならな」

 どうだろうね、とタイオスは肩をすくめた。

「どういう意味です」

「護符が粉々になっちまったんだよ」

 簡潔に戦士は言った。魔術師は口を開けた。

「いったいまた、どうして」

「ソディエ連中さ」

 イズランが掴んでいなかったことをいささか意外に思いながらも、タイオスは話してやった。

(案外)

(あちこち駆け回ってるってのは、大げさじゃないのかもしれんな)

 話半分まで引き上げてやろう、と彼はそっと思った。

「ううむ、しるしがなくなったのですか。では、黒髪の子供は」

「――どうだろうね」

 彼はまた言った。

(さっきは確かに、姿を見たが)

(ルー=フィンに気を取られてる間にいなくなっちまった)

(だいたい、あれは俺の前に現れたと言うより、ルー=フィンをもとに戻すためでもあったんだから)

(……護符の力はまだある、ってことにもなるのか、それともやっぱり、あれが最後の力か)

 蝋燭が消える前にひときわ強く燃えるように、護符は最後の力を使い果たしたのではないか。そうした考えがちらちらと浮かぶ。

「うううむ」

 イズランは大きくうなり声をあげる。

「タイオス殿が〈白鷲〉でなくなってしまったら、私はあなたを見ている意味がなくなりますな」

「そりゃけっこう。大いに素晴らしいことだ」

 しっしっ、とタイオスは犬でも追い払うように手を振った。

「ですから、そう邪険にしていいんですか」

「サングの方がましだと」

「生憎、私がここにきているということは、ラドーに本業を任せられているということでもあります」

 ふん、とアル・フェイド宮廷魔術師は鼻を鳴らした。

「あなたには私しかいませんよ、タイオス殿」

「嫌な言い方をするんじゃない」

 思い切り顔をしかめて、彼は厄除けの印など切った。

「もっとも『魔術師は』ということになりますけれど」

「そうだな。ヴィロンもいる」

 うんうんとタイオスはうなずいたが、イズランは首を振った。

「彼のことではありません」

「じゃあ誰だ」

 ラシャとでも言ってくるのか、とタイオスは予測した。「何でも知っている」ふりでもしたいのではないかと。だがラシャのことなら、サングから筒抜けのはずだ。知られていたところで驚くことでもない。

 と、戦士は思っていた。

「少しシリンドルの様子を見てみたいと言うので、私だけ先にきましたが。この場所は案内しましたので、そろそろやってくるかと」

「だから、誰だ」

 苛々とタイオスは尋ねた。

「私が説明するより……ああ、いらっしゃいましたね」

 魔術師は片手を上げた。タイオスは片眉を上げて、人影を見る。

「誰だか知らんが、俺はここであの建物を見張ってるんだぞ。ぞろぞろと人数を増やされちゃ……」

 ぶつぶつと文句を言っていた中年戦士は、だがやがて、口をあんぐりと開けることになる。

「お前、ヴォースか」

 ついにやってきた人影は言った。

「おっさんになったなあ」

 そう言ってかつての戦士は笑った。

「〈白鷲〉だって? ずいぶん、立派な称号をもらったじゃないか」

「ラ」

 タイオスは呆然とした。

「ラカドニー師匠……」

 〈縞々鼠〉亭の主人ラカドニー・モウルは、にやりと笑って片手を上げた。


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