10 ちょっと相談が
狭い民家に住む一家は、シリンドル人らしい純朴さと誠実さで、〈シリンディンの騎士〉に言われたことをきちんと守っていた。
即ち、医師を呼び、負傷した若い騎士の療養に場所を提供し、の話を外へ一切洩らさないようにという指示をしっかり聞いた。疑問点も追及せず、ただレヴシー少年が回復することを願って。
もとより彼らにとって、何であれ、騎士からこうした指示を受けるということは稀だ。まるで世界を守るかのような心持ちで――その一端では、あったろうが――真剣にレヴシーを看病していた。
そのおかげで少年は一命を取り留めていたが、しばらく状況は予断を許さず、眠っている時間が大半だった。目を覚ましても朦朧としたまま、自分がどこでどうしているのか判らない様子だった。
「失礼。テーン殿、よろしいか」
丁重に叩かれた扉に、テーンの奥方は素早くそちらへ向かった。
「どちら様ですか」
普段ならば特に誰何もしないで開けてしまう彼女だが、いまは「秘密」を抱えていることもあって、訪問者の名前を尋ねた。
「ユーソア・ジュゼと申します、セリ」
にっこりと青年騎士は――閉ざされた扉の向こうには見えないにもかかわらず――微笑み、婦人に対する敬称を使った。
「まあ、まあまあ騎士様」
奥方は声を弾ませて戸を開けた。ユーソアは主にご婦人を虜にする笑みを浮かべたまま、母親ほどの彼女の手を取ると口づけた。
「ごきげんよう、セリ」
「まあまあ」
テーンの奥方はにこにことした。
「どうぞどうぞ、お入りくださいな。狭いところですが、おかげで目立ちもいたしませんし」
「では失礼して」
笑みを絶やすことなく、ユーソアは招きに応じた。
「――レヴシーは」
この問いかけにはさすがのユーソアも真剣な顔をした。奥方は、だがかすかに笑ったままだった。
「一時期はね、とっても危険でしたとも。でももう大丈夫。あとはゆっくり休めば、それで」
こっちですよと彼女は小さな部屋の一角に騎士を案内した。少年の顔色は酷かったが、それは屋内が暗いためだったかもしれなかった。少なくとも胸は規則正しく上下しており、安定した呼吸をうかがわせた。
「ご迷惑をおかけして」
ユーソアが言えば、奥方はとんでもないと手を振った。
「騎士様のお役に立てるなんて、誇らしいことですよ」
「ですが、あなたの時間を奪ってしまっている」
申し訳なさそうに青年は言った。
「少しですが、私が彼を見ています。セリはどうぞお休みを」
「とんでもない」
女はまた言った。
「そうだ、お茶でもお持ちします。騎士様こそ、少しばかりお休みになっていってくださいまし」
「有難うございます。では、少しだけ」
にっこりとユーソアが礼を言えば、女は年甲斐もなく頬を赤く染めて、水を汲みに出て行った。
「――さて、と」
それを見送るとユーソアは笑顔を消した。
「よ、レヴシー」
眠る少年騎士に、彼は話しかける。
「生きてたとはねえ、驚いたよ」
顔色は世辞にもよいとは言えないものの、死にそうだという様子はない。女の言った通り、医師の指示を守りながらゆっくり療養すれば回復するだろうと思われた。
「俺はてっきり、ルー=フィンがお前を殺ったもんとばかり思ってた」
口の端を上げてユーソアは言った。
「なあ、少年。ちょっと相談があるんだ」
それからユーソアは、眠り続けるレヴシーに耳打ちした。
「せっかく養生してるとこ悪いが――やっぱり死んでくれないか?」