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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第3章
122/206

08 仲良くさせたいと

(これはこれで、悪くない)

 フェルナーは思った。

(だが、シリンドル国王ごっこもいい気分だった)

 彼はにやりとした。

(ただ、あの騎士団長がうっとうしいな。命令は聞くものの、僕にぴったりくっついて)

(何でもかんでも〈峠〉の神なのも気味が悪い。ルー=フィンだけかと思ったら、国民全員ときてる)

(ヨアティアは異端という訳だ)

 神を罵るシリンドル人を思い出して、フェルナーは口の片端を上げた。

(それでも、やっぱり向こうがいい)

(リダールとキルヴン伯爵の座なんかより、小国でも王の座の方が)

(父上も僕を受け入れてくださるはず)

 リダールの身体で父に会ったときのことを思い出す。彼はそこにいるのがフェルナーだと理解したが、何かと競う相手であるキルヴンの息子の顔をしているということがたいそう気に入らない様子だった。

(墨色の王国に戻るよりはここ(・・)の方がましだが)

 彼は自身の――リダールの胸の辺りを撫でた。

(この顔は父上のお気に召さないからな)

 つらつらとそんなことを考えながら、フェルナーはリダールの寝台に転がり込んだ。

「奴らは僕を見つけるかな」

 彼はうつ伏せになって呟く。

あっち(・・・)にいないと判れば、気づきそうなものだが」

 ぶつぶつ言っている内に、少年は眠気を覚えた。特に起きていなくてはならない事情も思い浮かばなかったので、フェルナーはそのまま目を閉じる。

(――眠くなる、というのは、いいな)

(あの場所では……そんなことも、なくて)

 思い出したくもない、色のない世界。だが忘れることはできない。あの場所に「時間」はあってなきがごとしだが、それでもこうして外の世界に戻ってくれば、六年間が過ぎていると言う。

 フェルナー自身は、六年間が経ったという感じはしていなかった。しかし、ではどれだけの間あの世界にいたのかと問われれば、判らないとしか答えられない。

 ただ、誰もいない、何もない場所で、気が狂いそうだった。

 狂ってしまったのかもしれない。

 あんなに仲のよかった友人の身体を乗っ取ることに、もはや抵抗を覚えなくなったのだから。

(リダール)

(お前はいま、あの場所にいるのかな)

(僕に追い出されて、何もない、あの世界に)

(今度は、タイオスも一緒じゃない)

(お前だけじゃ出られないだろう)

(怖がっているかな)

(それとも、誰かが助けてくれると……信じて)

 信じているだろうか。たとえばタイオスが、また彼を救ってくれると。

(僕には)

(そんな希望なんか、なかった)

 閉じた瞳を更に強く閉じ、フェルナーはリダールについて考えることをやめた。

(――リダール)

「え?」

 少年は顔を上げた。

 だがそれは「顔を上げたつもり」に過ぎなかったのかもしれない。

 何故なら、ここにいる彼は、肉体を伴わないはずだからだ。

(気のせいか)

 リダールは思った。

(誰かが僕を呼んだような気がしたけれど)

(――誰もいない)

 あれからどれくらいの時間が経ったものか、リダールには見当がつかなかった。

 最初は何が起きたのかさっぱり判らなかった。一(リア)、強い目眩のようなものを覚えたと思ったら、目の前にいたシィナが消えてしまったように見えた。

 彼女の名を叫ぶように呼んで、そこで違和感を覚えた。

 たまに見る悪夢。

 色のない、何もない、怖ろしいあの場所。フェルナーの、取り残された。

 〈墨色の王国〉だ、と気づいてから、自分の身に起きたことを理解した。それとも、フェルナーの身に。或いは、ハルディールの。

(きっとタイオスが、ハルディール王陛下を取り戻したんだ)

 そこに気づいて彼はほっとした。だが安心していられないことにも、すぐ気づいた。

(こんなふうに……あのときみたいに前触れなく、僕がフェルナーに取って代わられてしまうのなら)

(もしかしたら、陛下も同じかもしれない)

 自分の安全より会ったこともない少年王を案じるリダールは、何も「自分のことなどどうでもいい」と考えているのではなかった。ただ客観的な判断として、リダール・キルヴンよりもハルディール王の方が重要だと思った。

(このまま、僕がフェルナーに身体を与えたら)

(それでみんな、済むんじゃないかな?)

 ふと彼の内にそんな考えが浮かんだ。だがすぐ、彼は慌てて首を振った、或いは首を振ったつもりになった。

(それじゃ駄目だ。それじゃ、解決にはならないんだ。僕が我慢すればいいとかいう問題じゃないんだ)

(本当にそれで解決するなら、僕はそれでもいい。でも、そうじゃない)

 そのままで万事丸く収まることなど有り得ない。父ナイシェイア・キルヴンが黙っているはずはなく、彼は何とか息子を取り戻そうとするだろう。フェルナーの思うように「助けを期待する」のとは違ったが、タイオスだってそのことを知ったら、何かしら手を打とうとしてくれるのではないかと思った。

(それに……シィナ)

 たったいままで目の前にいた少女を思った。

(フェルナーは、シィナに何か酷いことを言ったりしてないだろうか)

(もしそうだったら、シィナはきっと、すごく怒るだろうな)

 彼は事実を的確に推測した。

(――僕がその場にいたら、何とかふたりを仲良くさせたいと思うだろうな)

 リダールが想像したのは、現状では難しいことだった。フェルナーが彼自身の身体を持って、リダールとシィナの前にいたなら、というたとえ話。

(シィナは気づくかな。気づかないかな)

(気づいたら、何か素っ頓狂なことをするんじゃないかって……心配だ)

(もし、気づかなくても)

 リダールは、胸の辺りが痛くなるような感じがした。

(僕が……僕自身が、嫌だな。もう、シィナに会えないなんて)

 怒りっぽくて気が早くて、次に何をするか判らない。彼女はいつも、彼をびっくりさせる。でもそれは、悪い感情を引き起こさなかった。ちょっと困ることもあるけれど、彼はシィナのことがとても好きだった。

 だから、万一のことが起こってはいけないと思って、魔除けの交換を申し出た。

(僕が魔除けを手放したから、こんなことになったのかな?)

 ちょうど、シィナが彼の手から飾り玉を取った瞬間だった。目眩を覚えたのは。

(そうだとすると……フェルナーは)

(フェルナーはやっぱり、魔除けで近寄れなくなるような存在と、いうことなのか)

 「いわゆる幽霊とは違う」。そんなふうに思ってきたし、ヴィロンの見解も同じようだった。

 だがそれでも、彼の友人はもはや、神術が「防ぐべき」と判断する何かなのだ。

「――あれ?」

 彼は呟いた。

「それじゃ……」

(一時的だとしても、ハルディール陛下の御身は、それで守れるんじゃないか?)

 解決にはならない。だが、一時しのぎであろうと、手段のひとつだ。

(タイオスに)

 伝えたい。しかし、伝える術はない。

(どうにかして、「僕」を取り戻さなくちゃ)

 苦い思いが湧いた。

 フェルナーを「魔」と判定することに。

 やはり、彼を幽霊のように祓うことでしか、彼を救えないのかもしれないということに。

 ハルディールを守るために、タイオスにそれを伝えたいと思っている自分に。

 ――シィナを守るために、それを採るかもしれないと思う自分に。

(どうにかして)

 彼は顔を上げた。

(ここから、出なくっちゃ)


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