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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第3章
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06 頑固さが役に立つとは

「よし。ユーソア。ルー=フィンを探しにきたのか? それとも俺か」

「ルー=フィンは」

 ユーソアはルー=フィンをちらりと見た。

「〈峠〉にいなくてはならないはずだ」

「陛下からご命令が下った」

 彼は答えた。

「使用人が伝えにきた。団長が負傷し、騎士の数が足りない現状、こちらを守るようにと」

 ルー=フィンは峠ではないシリンドル国内を示すように手を動かした。

「陛下がそんなご命令を?」

「疑うのか。だがそのようにすぐ暴かれる嘘などつかぬ」

「こいつはろくに嘘なんざつけん」

 タイオスはルー=フィンの後ろ頭を小突いた。

「だから信じられる。いまも、演技なんかじゃないとな」

「しかし……」

「ユーソア。私からも尋ねたい」

 静かにルー=フィンは片手を上げた。

「ここで何をしている?」

「何だと?」

「この」

 と彼は建物を指す。

「場所に……仮面に何の用があったのだ?」

「俺は〈白鷲〉を探しにきただけだ」

 ユーソアは答えた。

「灰色ローブの潜伏場所を見つけた。クインダンが見張っている。ヴィロン神官からは手を出すなと言われたが、向こうから喧嘩を売られた場合はどうするかということについて明確な答えはもらえなかった。陛下は〈白鷲〉の意見を求めていらっしゃる」

 彼は簡単に事情を説明した。

「アンエスカの負傷を受け、陛下より一時的に副団長権限を授かった」

 ユーソアはルー=フィンに向かった。

「お前は館で待機。俺か団長の指示を待て」

「灰色ローブのことは」

 ルー=フィンは、自分が行かなくてもよいのかと尋ねた。

「足を引っ張られちゃかなわん」

 ひらひらとユーソアは手を振った。ルー=フィンは片眉を上げた。

「たとえば、後ろから斬られたり、な」

「おいおい」

 タイオスは聞き咎めたが、ルー=フィンは片手を上げてそれを制した。

「ユーソア」

「何だ」

「私は」

 言いながらルー=フィンは、剣の柄に手をかけた。反射的と言った様子でユーソアも同様にしたが、銀髪の若者は誤解だと言うように右手を上げ、剣を抜く手を左手に換えた。

 彼はゆっくりとそれを抜き終えると、柄を胸に当てた。

「誓おう、ユーソア・ジュゼ。私が騎士となってからいままでの間、あなたに抱かせた危惧と不信は、もはや過去のものだ。これまでの私は、私でありながらそうではなかった。だが神と」

 彼は祈りの仕草をした。

「〈白鷲〉が、私を取り戻してくれた」

「……それってのは」

「俺が概要を話した場にお前さんはいなかったが、アンエスカ辺りからだいたい聞いてはいるんだろ?」

 タイオスは口を挟んだ。

「こいつはこれまで、意図したりしなかったりはあるものの、お前たちやハルに嘘をついていたことになる。だがこいつにそうさせてた出鱈目の記憶は拭い去られた。こいつはもう、俺に剣を向けたりしない」

「それは、どうか」

 ユーソアを見たままで、ルー=フィンは言った。

「何ぃ?」

「お前が本当に〈白鷲〉に相応しくない行為をしたと思えば、決闘を申し込むことも厭わない」

「この野郎」

 タイオスは顔をしかめた。

「せっかく、人が、持ち上げてやってるってのに」

「頼んだ覚えはない」

「本当に可愛くないやっちゃな、お前は」

「そうした結論で結構だ」

「何だか……」

 ユーソアはどこか呆然とした様子でルー=フィンを眺めた。

「お前、ちょっと、雰囲気が変わったな」

「これが本来の私だ」

 彼は答えた。

「ニーヴィス・ハントのことは……言い訳はしない。言いたいことがあるならば何でも聞こう。憎むと言われても仕方がない。だが、個人の感情に収めてほしい」

「そのことは」

 ユーソアはそっと手を上げた。

「言うな。少なくとも、いまは」

「――判った」

「俺は、やはり、お前を無条件に信じることはできない」

 まっすぐにルー=フィンを見返しながら、ユーソアは言った。

「レヴシーを……どうした」

「彼は」

 ルー=フィンは視線を落とした。

「アトラフの術をまともに受けて……瀕死の重傷を負った」

「何だと? あの野郎」

 タイオスはどぎつくアトラフを罵った。

「私は、死体の処理を命じられた」

「何……」

 ユーソアは両の拳を握り締めた。

「それじゃ、あいつは」

「いや」

 ルー=フィンは首を振った。

「幸いにして、私はとどめを刺すようにとは命じられなかった。そこに、術の隙があったのだろう。奴らに知られぬよう、近くの民家に運び込むことが可能だった。医師の手当を受け、彼は回復に向かっている」

「そう、か」

 ユーソアの表情が緩んだ。

「そう……か」

「運がいいのか悪いのか、判らん奴だな」

 タイオスは苦笑いを浮かべた。

「もっとも、私にはそれ以上のことはできなかった。彼らの指示に逆らうことはそもそも無理であったが、指示をねじ曲げて受け取ること、言外にあった指示を無視するというのも、非常な苦痛を伴った。肉体的な痛みと言うのではない。怖ろしいほどの背徳感とでも言うもの」

 ルー=フィンは息を吐いた。

「だがそれでも、レヴシーを見殺しにすることはできなかった。団長の追及に口をつぐんだのは、それがあのときの私に取れた唯一の均衡だった故」

「少しは信頼できたか?」

 タイオスはユーソアににやりとして見せたが、内心では胸を撫で下ろしていた。

(危ない危ない)

(万一にも、ルー=フィンがレヴシーを殺しただの見捨てただのなんてことだったら、いくら奴らの命令に逆らえなかったと言っても、ユーソアは断じてこいつを許さないだろう。クインダンだって、冷静に対処するのが難しかっただろうし)

(アンエスカの阿呆も、きっつい思いを味わうことになっただろう)

(しかし、それにしても、サングの見解は正しかったんだな)

(あまりにこいつの価値観と違うことは、実行できなかったんだ)

 魔術師が例に出したのは怖ろしくも王の殺害というようなことだったが、仲間たる騎士でもそれは同じ。

(やれやれ。こいつの頑固さが役に立つとはね)

「タイオス殿、灰色ローブのことなんだが」

 ユーソアは〈白鷲〉を呼んだ。

「俺としては、さっさと一掃しちまいたい。だが神官殿は危険だと言う」

「確かに危険だ」

 タイオスはうなずいた。

「奴らは、どれだけいるって?」

「二十人ほどという話だ」

「俺ぁ、三人に指を差されただけで殺されそうになった」

 彼は体験を語った。

「認めたくはないが、こいつだけじゃ」

 と、戦士は左腰に納めた剣を叩く。

「連中には対抗できないな」

 認めたくなかったが、事実だ。

「対抗策がないからってただ見張ってるなんて消極的な選択は、個人的な好みから言えば、俺だって面白くない。だが現状では、そうせざるを得ないだろう」

「それでは、神官の話と同じだ」

 落胆したようにユーソアは首を振る。

「向かってこられたら、どうする」

「逃げる」

 さらりと彼が言えば、ルー=フィンが顔をしかめた。タイオスは手を振った。

「そんな顔すんな。仕方ないだろ? 氷にされて、砕かれたいか?」

「われわれの背後には、守るべき民たちがいる」

「……あー、そこがあるわな」

 戦士は天を仰いだ。

「ヴィロンの話によれば、少しくらいなら、簡単な魔除けでも奴らの術を防げるかもしれんという話だ」

 〈白鷲〉の護符が砕け散るほどだ。完全に逃れることは難しいかもしれないが、かかりはじめを遅くすることくらいならできるかもしれない。神官はそんなことを言っていた。

(「かもしれん」ばかりじゃないか)

 そのときタイオスはそんなふうに指摘したが、では試してみるかと返されて口をつぐんだ。

「ルー=フィン、ここの神官たちも魔除けを作るか」

「ああ」

 銀髪の剣士はうなずいた。

「〈穢れ〉の期には魔除けを求める者が多い。ちょうどいい、と言うのもどうかと思うが、いまはその期に入っている故、数を用意しているはずだ」

「そりゃちょうどいい」

 戦士は遠慮なく言って指を弾いた。

「お前、ひとっ走り神殿まで行って、お前らの分をもらってこい。俺とユーソアは先に行って様子を見ておく」

 彼は指示をした。ルー=フィンは「副団長」を見た。ユーソアはそれでいいとうなずいた。よし、とタイオスもうなずく。

「知った顔の氷像を見たくなかったら、急げよ」


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