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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第3章
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05 全てを取り下げる

 やれやれ、とタイオスは息を吐いた。

「ああ、けっこうだ。全部俺のせい。もう、それでいい」

 投げやりに彼は言った。

「ようやく思い出してくれたんなら、それで……思い出したんだよな?」

「ああ」

「俺に散々、ケチつけてくれたことも?」

「お前は、思い出せば私が謝罪すると言ったが」

 ふん、とルー=フィンは鼻を鳴らした。

「謝罪などしない。お前の咎だ」

「何をう!?」

 予想外の弾劾に、タイオスは大声を上げた。ルー=フィンは片耳をふさいで続けた。

「私はお前を信じ、託したのだ、〈白鷲〉。あのときはミヴェルを救う術が見つからなかったが、お前なら必ず見つけるだろうと」

「……あ?」

 タイオスは目をしばたたいた。

「じゃあ、お前、もしかして」

 彼はうなった。

「そうか。何でライサイがミヴェルから手ぇ引いたのか、ぴんとこなかったんだが」

 じろりとタイオスはルー=フィンを睨んだ。

「てめえが身売りして、取り引きしたって訳か、あぁ!?」

「そうすれば彼女の術を解くとあの化け物は言った。私は、解かれたことが確認されない限り、応じないと答えた。それ故、彼女とジョードの様子を見届けてから、あれのところに出向いた」

「あ……阿呆」

 タイオスは肩を落とした。

「俺に! 相談すりゃ! よかったろうが!」

「あのとき拒絶すれば、ミヴェルは捕われたままだったろう。再度ライサイが彼女を捕らえないという保証はなかったが、そこは賭けた」

「分の悪い賭けをしたもんだ」

 話のおおよそは理解できた。ルー=フィンは〈魔物の誠実〉に賭けたのだ。

 結果、彼は負けなかったが、勝ったとも言えなかった。ミヴェルは解放されたものの、それはライサイにとって大した痛手ではなかった。代わりにルー=フィンを手に入れたのであれば、駒として使い勝手がよくなったくらいだろう。

「――彼女は、その後?」

 そっと青年は尋ねた。

「ジョードとカル・ディアを出た。姿を消したお前のことを気にしててな、礼も言ってた」

「そうか」

 ルー=フィンはほっとした顔を見せたが、すぐにいつもの無表情に戻った。

「だが、礼などは不要だ。私は私の信じるところに従ったのみなのだから」

「はあ、ご立派ですね」

 タイオスは気のないように拍手をしたあと、顔を険しくした。

「おかげで! 俺がどれだけ! 苦労したと!」

「うるさい」

 銀髪の若者は顔をしかめた。

「いまは、そのような話をしているときではない」

 あとだ、とルー=フィンは言った。

「この野郎」

 中年戦士は若い騎士を睨んだ。

「あとで、覚えてろよ」

「ちんぴらのような台詞はよせ。〈白鷲〉がそのような態度では」

 情けない、とルー=フィン・シリンドラスはまた言った。馴染みの台詞にタイオスが苦笑していると、青年騎士は身をかがめて、地面に落ちた破片のひとつを拾った。

「これについて追及し、糾弾するのもあとだと言っている。これなら公正だろう」

「……俺が壊した訳じゃないぞ」

 とりあえずそれだけは言っておかなくては、とタイオスは呟いた。

「ところで」

 タイオスはちらりと建物を見た。

あれ(・・)は、どうする」

「……あれか」

 ルー=フィンは渋面を作った。

「先ほどは、殺すつもりでいたのか」

「まあな。殺る利点が大きいとは言えんが、生かしとくと面倒臭そうなんでな」

 何もごまかすことはせず、彼は正直すぎるほど正直に言った。

「私も同様に思う」

 すらりとルー=フィンは、再び剣を抜いた。

「彼の父に受けた恩は忘れない。だがそれとこれは別だ」

「別だな」

 大いにタイオスはうなずき、彼も剣を手にする。

「俺が先陣をつとめる。しくじったらあとは頼まあ」

「待て」

 ルー=フィンが文句を言い終える前に、タイオスは扉に駆け寄るとそれを大きく開け放った。

「ヨアティアぁ!」

 どすを利かせて名を呼んでやったものの――そこには、誰の姿もなかった。

「……そう言や、逃げ時だけには頭が働く奴だったな」

 気勢を削がれて肩を落とし、タイオスは振り向くと背後のルー=フィンに手を振った。

「ま、お前に守られるよりはとんずらする、くらいの意地はあんのかね、あれにも」

 そんなふうに言って戦士は建物を出た。

「問題は、あいつがどの時点までいたのか……話を聞いてたりしたのか、ってことだが」

「どのような問題がある」

「そりゃお前」

「そこで何をしている!」

 張りのある声が彼らのやり取りを遮った。

「こうして人目のないところで〈白鷲〉に剣を向けるとは。かりそめにも〈シリンディンの騎士〉を名乗りながら、よくもそんな真似ができるもんだな!」

「あー、違う違う」

 実に気楽な調子で、タイオスは誤解を正した。

「俺たちは争っちゃいない。そうする理由もない」

「だが……」

「誤解だ、ユーソア」

 ルー=フィンはすぐさま剣を納めた。

「私が彼に向けて行った糾弾の全てを取り下げる。――今後また生じるとしても」

「おい」

「彼ヴォース・タイオスは我らが〈峠〉の神の選びし〈シリンディンの白鷲〉に相違なく、我ら〈シリンディン騎士団〉は団長や国王の言葉を聞くと同じように彼のそれを聞き、彼に手を貸して国の危機を乗り越える」

 誓いの言葉のようにルー=フィンが続けると、タイオスも苦情を述べにくくなった。ユーソアは口を開け、反応に困るかのようだった。

「ルー=フィン?」

「お前が私を恨むことは知る。私が騎士など片腹痛いという台詞は、発せられて当然の声だ」

「……まあ、人前でやることじゃ、なかったわ」

 渋々とユーソアは言った。

「あのあのアンエスカにそれも含めてしぼられてな……」 

「私もそう思う」

 ルー=フィンは同意の言葉を口にしたが、ユーソアもタイオスも、銀髪の騎士がどこに同意したものか判らず、目をしばたたいた。

「私に騎士たる資格などない。この件に片が付いたら騎士位は返上する。それで許されるとは思わぬが」

「おい」

「ちょっと」

「待て」

 タイオスとユーソアは「待て」のところで声を揃えた。

「何を寝呆けたことを言ってやがる」

 タイオス。

「どういうつもりだ。返上して、どっか余所につこうってのか」

 ユーソア。

「私がこの座にいるのは誤りだ。だが峠を守り、境を守り、シリンドルを守る気持ちに変わりはない。騎士位を得る前と同じように……」

「阿呆」

「ふざけるな」

 彼らは一蹴した。

「まぁだぐだぐだ言う気か。お前が騎士になったのはな、たとえライサイの企みだったとしても、〈怪我が招く善事〉ってなもんだ」

「一度騎士となった者がそれを返上して同じようにやるなど意味がないどころじゃすまん」

 苦々しくユーソアは言った。

「試験に通ったってことは資格があるってことだ。なのに拝命せず……名誉を受けずに任務だけこなそうなんざ、陛下も団長も困るだろうが」

 嫌そうに彼は続けた。

「退く気なら畑でも耕すか、さもなきゃ外へ行け。国境のな」

 言い捨てるように、騎士は告げた。

「おいおい」

 今度はタイオスは、ユーソアの先走りを制さなければならなかった。

「ようやく帰せたもんをまた追い出すなよ」

 ぶつぶつとタイオスは言った。

「まあ、そんな話もとにかくあとだ。個人的にどうこう……ってのもいくらかあるんだろうが、お前さんたちなら納めとけるな? そんなもん」

 腰に両手を当てて戦士は青年たちを見た。否、などと言えばどちらであろうとぶん殴ってやるつもりでいたが、拳は必要ないだろうとも思っていた。

 案の定、ルー=フィンはただこくりと、ユーソアは渋々という様子を隠さなかったが、どちらもうなずいた。


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