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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第3章
118/206

04 交換しようよ

「もし……」

(もしこの想像が合っていたら、ほかの閣下も危ない)

(父上は、この条件に当てはまらないかもしれないけれど……)

 リダール・キルヴンだけは、ほかの拐かしと事情が違った。金は要求されず、彼はカヌハへ連れて行かれた。拐かした者たちの彼への思惑は、ほかの子供たちと異なり、「フェルナーの()れもの」だった。

 それに加えて、彼は成人している。たとえ父伯爵が突然死んだところで、能力云々はともかく、地位を継ぐだけの資格はある。代理を仕立てることは有り得ない。

 リダールはじっと考えた。この件に関して、自分と父親の身は心配しなくてもよいかもしれない。もっとも楽観はできないから、父には伝書鳩(ルワク)を送ろう。各閣下にも警戒するよう、伝えてもらおう。

 もっともその連絡は、既にイズランの指示によってイリエードが行っていたが、リダールには知る術がない。

 このことと灰色ローブとの関係についても考えた。

 サングが言っていた。フードを深くかぶったあの者たちはソディエ族という、ライサイの仲間であると。仲間をあらかじめ送り込んでおき、いざ権限を得たら、町の法とあの術への恐怖という二種類の鎖で町びとを縛り、囲い込んで――。

(彼らは人間を餌として)

(食らい尽くされれば)

(死にます)

 淡々としたサングの怖ろしい台詞が思い出される。

 侵略。魔物による、カル・ディアルの。いや、マールギアヌの。大陸の。

 魔術師の話がじわじわと実感されてきた。

(僕に、できることをしなくちゃ)

 それはことのはじめから少年の内に存在する思いであったが、思いばかりが先走り、何ができたとも思えない。

 だが、考えなくては。そして、できることを見つけなくては。

「ハシン、ちょっとホーサイ先生のところに行ってくる。すぐに戻るから、カル・ディアへのルワクを用意しておいて」

「坊ちゃま、誰か護衛をお連れくださ」

「大丈夫、魔除けがあるから!」

 ハシンには納得しかねる根拠でリダールは駆け出した。

(ホーサイ先生に相談しよう)

(父上は、僕のつたない文章でもきちんと読んでくださって、理解してくださるだろう)

(でも父上が閣下方にお伝えしやすいように、的確な手紙を書かなくちゃ)

 自分の文章構成能力を過信せず、リダールは「小屋」の師に助言を求めることにした。

 昼前の「小屋」では、ホーサイの話が終わろうとしているところだった。師は、思い出したように繰り返す「大切なのは学ぼうとする心だ」というような語りで場を締めようとしていた。リダールは少し待ってそれを最後まで聞き、ホーサイに話しかけた。

「先生。ちょっとお時間をよろしいでしょうか」

 真剣に彼が言えば、師はうなずいた。

「馬鹿げた話と思われるかもしれませんけれど、本当のことです。どうか信じてください」

 彼はそんなふうに前置きをしてから、できる限り順を追って灰色ローブの魔物たちの話をした。「魔物」という言葉が出てきたときにホーサイは目をしばたたいたが、一笑に付したり腹を立てたりすることはなく、きちんと聞いた。子供たちはほとんど帰ってしまっていたが、リダールに気づいたシィナとランザックはその場に残り、彼らなりにリダールの話を補足した。

「それで、父上に手紙を書きたいんです。でも僕が書くと支離滅裂になってしまいそうで……先生に話をまとめるお手伝いしていただけないかとお願いに上がりました」

 緊張しながらリダールは言った。「自分でやるように」と言われるのではないかと思ったのだ。

「いいだろう」

 だが幸いにも、ホーサイはあっさりとうなずいた。

「君が一生懸命考えることは勉強になるだろうが、その機会は次に取っておこう。もちろん、このような『次』はない方がよいが」

 ホーサイは肩をすくめた。

「そのような事態を前に、私ができることは少ない。リダール、ここへ。一緒に考えよう」

 師とリダールはそれから時間をかけて文章を練ったが、リダールひとりでやるよりはずっと早く、そして理想的な手紙ができあがったと言えた。ランザックは仕事があるからと去っていたが、シィナは珍しくもおとなしく、じっと彼らを見守っていた。

 リダールはホーサイに礼を言い、小屋をあとにした。シィナはついてきた。

「なあ、リダール」

「うん?」

「タイオスは、もうシリンドルに着いたかな」

「そろそろじゃないかな」

 彼は答えた。

 ラシャの話によれば、シリンドルに最も近い神殿はおよそ三日の距離ということだった。今日中にはきっとたどり着くだろう。

「あのおっさんさ」

「うん?」

「キルヴンに、いてほしかったな」

 ぽつりとシィナは呟き、リダールは驚いた。

「どうしたの? タイオスのこと、その、何だか、会ってがっかりしたみたいなことを言ってたのに」

「まあ、見た目はさ、普通のおっさんで確かにがっかりしたけどよ」

 少女は、戦士が聞けば苦笑するようなことを言った。

「リダールのこと……守ろうとしてたろ。おっさんがいてくれたら、お前、危ないことないかなって思ったんだ」

「僕を心配してくれてるの?」

 少年は目を見開いた。シィナは目を逸らした。

「お前、どんくさいからさ。もしまたあいつらに囲まれるようなことがあったら、逃げらんないかもしんないじゃん」

「大丈夫だよ。魔除けがあるし」

 根拠なくリダールは言う。

「あったって、この前は……」

「そうだ!」

 ぱん、とリダールは手を叩いた。今度はシィナがびっくりした。

「な、何だよ、急に」

「その……シィナ」

 彼は胸に手を当てた。

「僕たちの魔除け、交換しない?」

「……え?」

「おんなじだから。その、交換しても」

「……何言ってんの? お前」

 シィナは胡乱そうな顔つきをした。

「同じなら、換える必要なんか、ないじゃん」

「うん、そうなんだけど、でも」

 少年は躊躇いがちに続けた。

「シィナが、嫌じゃなかったら」

「い……嫌じゃねえよ、別に」

「そう。よかった」

 リダールはほっとした。

 と言うのは――。

 彼はあのあと、ラシャから、魔除けの術を強化してもらっていたのだ。神官が案じてそうしたのだが、リダールはシィナのものが以前のままであることが気になっていた。

 リダールはラシャと会う機会が多い。頼めばまたやってくれるだろう。そう考え、交換を申し出た。強化のことを黙っていたのは、言えばシィナは断るだろうという推測はついたからだ。

「じゃあ、交換しようよ」

 彼は言った。シィナは少しそっぽを向いてうなずいた。

「あれ、どうしたの?」

 リダールは尋ねた。

「顔が赤いよ?」

「ばっ、馬鹿言ってんじゃねえよ! 赤くなんかなってねえよ!」

「そう? でも」

「うっせえ! ほら!」

 乱暴にシィナは、魔除け飾りを外して差し出した。首をひねりながらリダールも同様にした。

 その、ときだった。

 少年は一(リア)、ぴたりと動きをとめた。

 シィナはリダールの手から飾りを受け取ったが、彼が彼女のものを手に取ろうとしないので、何だよと顔をしかめた。

「ほら、取れよ」

「何だ? お前は」

 彼は言った。

「あ?」

 シィナはどすの利いた声を出した。

「これは……どういうことだ?」

 彼女にかまわず、彼は呟いた。

「は? どうしたんだよ、リダール」

 シィナは顔をしかめて友人を見た。

リダール(・・・・)

 彼は繰り返した。

「成程。弾き出されたという感じがあってから、あの場所に引っ張られるまいとあちこち手を伸ばした結果、ここに引っかかったという訳だ」

 口の端を上げて――フェルナーは言った。

「まあいいだろう。墨色の王国よりはずっとましだ」

「おい」

 不審そうにシィナは呼びかけた。

「何、ぶつぶつ言ってんだよ。いいからこれ、早く」

「お前は何だ」

 フェルナーは片眉を上げた。

「あ?」

「使用人の子供か何かか? 口の利き方を知らぬようだな」

「てめ、何言い出し――」

「だが許そう。僕は寛大なんだ。子供」

「子供だあ? オレのことか? てめえ、何、いい気になって」

「僕を館へ連れろ」

 シィナの台詞を完全に無視して、フェルナーは命じた。

「待っていれば迎えもくるだろう」


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