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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第3章
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02 ご立派な響きの

 目的を終えて歩き出した男は、柵のところに誰かが立っているのを見た。

 それが誰であるのかは遠目にも判った。

 彼はその人物のことをほとんど知らなかったから、人影だけで誰であるか判ったと言うのではない。

 ただ、その人物は明らかに彼を待っており、いま彼を待つことのある黒ローブ姿となれば、ひとりしかいなかったのだ。

「お待たせしたか、イズラン術師」

 モウルは片手を上げてイズランに話しかけた。

「いえいえ。いまきたところです」

 イズランは肩をすくめた。

「どうやらイリエードは上手にやったようですよ。ティージから連絡がありました」

「ティージってのは、あの帽子の男だな」

 モウルは両腕を組んだ。

「あんた、最初から知ってて、あいつを俺の店に送り込んだのか?」

「まさか。偶然ですよ」

 魔術師はひらひらと手を振った。

「確かにイリエード氏のことは知っていました。私ではなく、ティージがね、タイオス殿といるところを見ているんですよ。ですが彼があなたの店の護衛だったことは偶然だ」

「〈シリンディンの白鷲〉だったか」

 ふん、とモウルは鼻を鳴らした。

「ずいぶんご立派な響きの、称号だな」

「当人も鼻にかけてはいませんから、あまり苛めないであげてくださいね」

 少し笑ってイズランは言った。

「さて、モウル殿」

 魔術師は笑顔を消した。

「先ほどざっとお話ししたように、ヴォース・タイオスという戦士がシリンドルという小国を守るべく、大役を果たそうとしています」

「はあ」

「あまり興味をお持ちでないですか」

「そうでもない。ただ、それは〈白鷲〉殿の問題であって俺のじゃない」

「ごもっとも」

 イズランは肩をすくめた。

「しかし、手は貸していただけると見ましたが」

「〈白鷲〉だなんてご立派な奴のことは知らん。だがあんたの話が本当ならば」

「誓って」

 魔術師の誓いの仕草をかつての戦士は少し胡乱そうに見たが、信用ならないの何のとは言わなかった。

「それで、その〈青竜の騎士〉ってのは腕が立つのか」

「剣技のことは正直、よく判らないのですが」

 立つんじゃないですか、とイズランは気がないようにも聞こえる返答をした。

「普通にやったら、タイオス殿は敵わないでしょうな」

 イズランがさらりと言えば、モウルは顔をしかめた。

「何だって。情けない奴だな。それでも人間代表なのか」

「当人にはあまり、その自覚はないかと思いますよ」

「自覚があろうとなかろうと、そういうことなんだろう」

「非常に近いところではありますね」

 もっとも、とイズランはあごを撫でた。

「もうちょっと頑張れば、互角に近いところまで行くかもしれませんが」

「結局『敵わない』と言ってるじゃないか」

 モウルは指摘した。

「だが、手を貸すと言ったところで、俺は戦士としては大して役に立たんぞ。かつてならともかく、いまじゃ〈白鷲〉殿以下だろう」

 老人は肩をすくめた。

「戦い手が必要なら、俺よりイリエードの方が」

「ただ単純に戦い手が必要なら、いくらでも雇えます」

 イズランはモウルの言葉を遮った。

「へえ」

 モウルは片眉を上げた。

「それじゃ魔術師殿は、俺に何を期待しているんだ?」

「時がくれば判りましょう」

 魔術師は魔術師らしいことを言った。モウルは首をかしげたが、それ以上は追及しなかった。

「そっちの思惑がどうあれ、これだけは言っておく。俺としては〈青竜の騎士〉に挨拶くらいはするつもりだ」

「それには」

 イズランは簡単な印を切った。モウルは一(リア)、警戒するように身を引いたが、必要なかったことはすぐに判った。

「――やはり、これがご入り用では?」

 手品のように魔術師の手に現れたのは、ひと振りの長剣だった。

「は」

 モウルは笑った。

「長いこと、まともに振っちゃいないんだがなあ」

「感覚を取り戻すために、うちの兵士と手合わせでもなさいますか」

「それで大怪我でもしたら馬鹿らしいだろう」

「それで大怪我をするくらいでしたら、半魔相手には死にますので、おとなしく負傷した方がましかと思いますが」

「ほう?」

 モウルは剣に手を伸ばさず、じろじろとイズランを見る。

「さっきの発言と言い、いまのと言い、俺を戦力として当てにはしてないってことは判ったが、それならどうして剣なんか寄越す?」

「お持ちになりたいかと思っただけですよ」

 気軽にイズランは言った。

「ご不要と仰るのであれば、無理にお渡しする気は毛頭ございません」

「そりゃ無理に渡したって役に立たんだろう」

 苦笑してモウルは言った。

「あんたが何を考えているのかは知らん。これの」

 とモウルは後ろを振り返り、訪れてきた場所を指してからまたイズランを向く。

「件もあったんだろうが、善意や親切心からわざわざ教えてくれたとは思わんね」

「やれやれ。タイオス殿と話しているみたいだ」

 イズランは笑った。

「彼も私をなかなか信頼してくれないんですよ」

「俺よりあんたを知っている奴がそう判断するなら、俺の勘もあながち鈍っちゃいないな」

 かつての戦士はにやりとした。イズランは嘆息して、〈蜂の巣の下で踊る〉ようなものでしたねと呟いた。


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