01 お前の挙げた名は
その日の夜会は、特に名目などなかった。
強いて言うならば、カル・ディアル第三王子ラヴェインが花を愛でたくて開いたものと言えた。
思惑のある父親たちはこぞって年頃の娘たちを連れたが、娘を持たない者たちも王子の主催となれば積極的に顔を出した。
リダールの父、キルヴン領主たるナイシェイア・キルヴン伯爵は、少し遅れてその場を訪れた。
遅れた詫びと挨拶を王子に述べたあと、彼は友人と言葉を交わすこともそこそこに、ひとりの人物を探した。
相手は彼が近寄ってくることに気づくと片眉を上げ、あからさまに不快そうな顔を見せた。だがキルヴンはかまわず、話しかけた。
「ロスム殿。少々、お時間をいただけるか」
「お前が私に何の用だ?」
レフリープ・ロスムはじろじろとキルヴンを眺めながら尋ねた。
彼らには奇縁がある。同じ年に生まれ、同じ年に妻を得た。同じ年に爵位を継ぎ、同じ年、同じ日に息子を得た。
そんな彼らは何かと周囲に比較され、知らず、競い合って過ごした。それは六年ほど前までよい形でカル・ディアルに貢献することになっていたが、ロスムの息子フェルナーが死んだ頃から、ロスムのキルヴンへの視線は「好敵手」から敵対的なものになっていった。
そこには大いなる誤解――第三者の奸計があったのだが、ロスムはそれを知らぬままで彼らに協力すらしていた。
「話をしたい」
簡潔にキルヴンは言った。
「何の話だ」
不機嫌そうにロスムは問うた。キルヴンは喧噪から離れた露台の方を指した。
「あちらで」
「ふん、人前では言えぬような話か」
「――青竜の」
静かに、キルヴンは言った。
「〈青竜の騎士〉と呼ばれる男と貴殿が交わした約束について、ここで話してもよいと言うのであれば、私の方はかまわない」
静かな口調に、ロスムは顔をしかめた。
半年から数月ほど前のことだ。ロスムは死んだ息子を返してやると〈青竜の騎士〉に言われ、望まれるままに金を払い、宮廷へ連れた。彼が〈青竜の騎士〉を連れたことはよく知れていたが、フェルナーの件まで知るのはキルヴンだけだった。
もしも噂になれば彼は失笑を買うだろう。いや、笑い話では済まされないかもしれない。死者が生き返るなどという夢物語のために、素性の知れぬ自称騎士を王や王子に近づけたのだから。
「……何の話だか、判らんな」
ロスムは視線を逸らした。
「だが話があるというのであれば、少しくらいはつき合おう」
そうして二伯爵は華やかな広間を離れ、夜風の吹く露台へと移動した。ほかには誰も――酔いを覚ますためだろうと密談のためだろうと――星々の下へ出てきていなかった。
「単刀直入に訊こう」
キルヴンは言った。
「貴殿はいまだに、かの騎士と交流があるか」
「お前には関係のないことだ」
ロスムはまず言い切ったが、キルヴンは首を振った。
「そうは言えまい。貴殿も私もカル・ディアルを守るべき立場にある」
「カル・ディアルを守るだと」
ふん、とロスムは鼻を鳴らした。
「大げさだ、とでも?」
キルヴンは尋ねたが、ロスムは薄笑いを浮かべて手を振った。
「私が知らぬとでも思うのか、キルヴン」
「何について言っているのか」
ごまかすのでも何でもなく、本当にロスムのほのめかすことが判らなくて、キルヴンは問うた。
「恍けるな」
だがロスムにはそれはごまかしと見えた。
「私は知っている、ナイシェイア・キルヴン。お前はアル・フェイルの宮廷魔術師と結び、国を裏切りながら利を得ているな」
「何だと?」
この糾弾に、キルヴンは心底困惑した。
「どこから出てきた話なのだ? それは」
「恍けるな」
ロスムは繰り返した。
「イズラン・シャエンという魔術師を知らぬとは言わせぬ」
「……知らぬな」
正直にキルヴンは言ったが、ロスムは信じなかった。
「あくまでもしらを切るつもりであるならば、好きにするといい。だが必ず、尻尾を掴んでやる。覚悟しておけ」
「掴まれる尾などはない故、好きにしてもらってけっこうだが」
彼らは互いに「好きにしろ」と言い合った。
「それよりも私が尋ねたいのは、貴殿とエククシアとの関わりだ。いまでも、亡くなったご子息を蘇らせるという話を信じて、彼に、彼らに便宜を図っているのか」
「――何の、ことだか」
「続いているのだな」
キルヴンは嘆息した。
「ロスム殿。ウィスタ閣下とタクラズ閣下が亡くなられた話は耳にしていることと思う。彼らの共通点が判るか」
「何を言い出した」
「貴殿の好きな、陰謀だ」
キルヴンは肩をすくめた。
「確か貴殿は、イーセール殿と親しいな」
「それがどうした。紹介でもしてほしいのか」
嘲弄するようにロスムは笑った。キルヴンは首を振る。
「エネーヴル閣下も狙われた。私はジンシル殿とニトルトス殿、スマドール殿に警戒を促す書を綴った。だがイーセール殿とはほとんど交流がない。貴殿に警鐘を鳴らしてもらいたいのだ。もしも、エククシアやライサイとやらに国を売るつもりがなければな」
とうとうとキルヴンは述べた。
「何を」
ロスムはこれ以上は不可能なほどに顔をしかめ、目の前の男が気狂いだとでも思う様子だった。
「お前はいったい、何を言っているのだ」
「判らぬか? 本当に?」
「お前の挙げた名は……例の拐かしに遭った子女らの親ばかりだ」
ロスムは気づいた。
「お前は、いったい何の話をしているのだ」
見下すでもなく、ただ不思議に思ってロスムは問う。
「例の誘拐事件と二伯爵の死に、どんな繋がりがあると……」
「これから私がするのは信じ難い話だ。私も先ほど耳にしたばかりで、にわかには信じられなかった。だが、斯様な作り話をして得をする者がいるとも思えぬ」
彼は前置いた。
「すぐさま全てを信じろとは言わぬ。私の話が全て出鱈目であると、邪推ではなく証拠を持って確信できたなら、どうとでもするがいい」
つまり、と彼は続けた。
「指を差して笑うも、領地を任せるに相応しくない男だと陛下に進言するも自由だ。狂人とでも売国奴とでも言うがいい」
キルヴンの言いように、ロスムはいささか驚いた。
「いまは亡き我が友の名誉に賭けて。ロスムよ、我らのカル・ディアルのために、個人的な敵対心は脇に置いてほしい」