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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第2章
114/206

12 そのような〈白鷲〉では

「タイオス。よくもおめおめと、繰り返し戻ってこれるものだな」

 ルー=フィンは改めてタイオスに剣を突きつけた。

「その物騒なもんは引っ込めろよ、とりあえず」

「私には、脱獄罪でお前を捕らえる義務がある」

「改めてハルかアンエスカに訊いてこい。不要だと言うから」

「何を――」

「あのなあ、ルー=フィン。ヨアティアは馬鹿だが、お前はそうじゃない。ま、ちょっくら直情すぎるところはあるが、考える頭はあるはずなんだ」

 無駄を承知で、タイオスは語った。

「サングは、お前にかけられてる術は思考すらとめちまうとか何とか言ってた。外部からの揺さぶりは無意味だとな。そうなのかもしれん。だが言わせろ。いつまで奴らの好きにさせてる気だ。とっとと目を覚ませ」

 戦士は切っ先を見ないようにしながらルー=フィンに視線を合わせた。

「何だか知らんが、連中はハルの身体を使ってフェルナーにシリンドルを支配させようとしたり、よりによってこれを」

 と彼は振り返らずに扉の向こうのヨアティアを指した。

「神殿長にと目論んだり。奴らの目的が何であっても、諸手をあげて賛成できないどころか、全力で阻止すべきことだろうが」

「陛下の……何だと?」

「おい。判ってないのか」

 タイオスは呆れた。

「考えないにも、ほどがある! ハルの様子がおかしいと思わなかったのか? ああ、思わないようにさせられてる訳だな、判った、判ってる。だが納得いかん」

 ぶつぶつと戦士は言った。

「ハルとフェルナーの違いなんざ、ちょっと話せばすぐに判るだろうが。クインダンたちと何か話したり……しなかったんだな、判ったよ」

 タイオスは両手を上げた。

「だが、いいか。俺はハルの味方だ。何があろうとな。お前が心からハルに、シリンドルに尽くすつもりでいるなら、その剣を下ろせ」

 ゆっくりと、彼は続けた。

「俺とお前が敵対してどうする」

「口清い……ことを」

 低く、ルー=フィンは呟いた。

「私は、騙されぬ!」

「おいっ、待てって」

 若者の緑眼が燃えた。タイオスは思い切り飛びのいたつもりが、読まれていた。ルー=フィンの細剣は、タイオスを突き刺しこそしなかったが、しっかりと彼についてきていた。

 ええい、と中年戦士は毒づいた。

「この、二流、三流、それ以下の似非神がっ。こいつをいつまで放っておく!」

 もはや正当な抗議だかただの愚痴だか、タイオス自身、よく判らない。「もう〈峠〉の神に文句など言えない」と考えたことなどきれいに忘れて彼は叫んでいた。

「俺が死んでもいいのか、ええ!?」

 何とも決まらない台詞を発したとき、彼は聞いたように思った。

 ふ、と――面白がるような、笑い声。

何をし(・・・)ている(・・・)タイオス(・・・・)

お前の(・・・)

右腰に(・・・)吊されて(・・・・)いるものは(・・・・・)何だ(・・)?)

 声が、聞こえた気が。

(右腰)

 そこにあるものは、この一年ですっかり馴染みとなったもの。他人に渡したくないと思い、表には出さずとも、その破損には酷く衝撃を受けていた。

(護符の)

「ええい」

 タイオスはうなって、剣の代わりにその小さな袋を取ると、無理矢理、紐を引きちぎる。

「これでも食らえっ」

 何か考えるより早く、ルー=フィンめがけて投げられたその袋は、見事な剣技によって引き裂かれ――。

「何」

 それ(・・)を宙にばらまいた。

「ああ」

 タイオスは息を吐いた。

「せっかく、必死こいてリダールが集めたのに」

 〈白鷲〉の護符の破片は、日の光を受けてきらきらと輝きながら、シリンドルの大地に降った。

「何」

 いったい何が散ったのか理解できず、ルー=フィンは警戒した。ちょうど彼に降り注ぐ形となった破片のいくつかはその腕や足をかすったが、傷にもならぬ程度だ。天才剣士の行動を阻害するものにはならなかった。しかし、反射的にルー=フィンは身を引いた。

「お前……」

 そのとき、タイオスが呆然と呟いた相手は、ルー=フィンではなかった。

 無論、ヨアティアでもない。

 銀髪の剣士の向こうに立っていた、それは黒髪の子供。

「――てめっ、出てくるのが遅いんだよ!」

 思わずタイオスは怒鳴った。

「何を傍観してやがる、てめえんとこの、大事な信者だろうが! それも、大事な王家の血ぃ引く奴らが好き勝手されてんのに何も」

 そこでヴォース・タイオスは、はたとなった。

「おい、ルー=フィン」

 もしや、と思った。

「お前」

 ルー=フィン・シリンドラスは、目をしばたたいた。

 緑色の瞳から、炎が消えた。理解の色が、宿った。

「お前」

 タイオスは繰り返し、期待した。

「思い……出した、か?」

 彼はそっと言った。

 ルー=フィンは黙って、じっとタイオスを見ていた。

「ま、神様もようやく思い腰を上げたってとこか」

 若者が剣を下ろしたことにほっとして、タイオスは黒髪の子供を見た。否、見ようとした。

 しかしそのときには、子供の姿はもうどこにもなかった。

「全く、仕事が遅いってんだよ」

 戦士はぶつぶつと呟いた。

「ああ、そうだ」

 はたと気づくと、彼はルー=フィンに向かって笑いかけた。

「先に言っとくが、つまらんことに気を揉むなよ。お前が何をやったんであれ、お前が悪いんじゃないってことはみんな判っ……」

 タイオスは言葉をとめた。

 若い剣士の目に、再び、怒りの色が燃えたからだ。

「な、何だよっ」

 彼は飛びのいた。

「神の力は三(トーア)しか効かんのか!?」

「タイオス」

「ま、待て」

 タイオスは剣を抜こうかどうしようかと迷った。()れば確実に、負ける。絶対だ。抜けば応戦と取られることは間違いない。だが抜かずにいたからと言って、ルー=フィンが手心を加えてくれるとも限らない。

(だが、抜くのはまずい)

(ここはひとつ、神様の加護でも願うしか)

 「確実に負ける」よりも気の弱いことを考え、タイオスはルー=フィンの様子を見た。

「――い」

「……何?」

「遅い」

 若者は、むっつりと呟いた。

「いままで、何をしていた。護符までこんなにしてしまって……それでもお前は〈白鷲〉か!」

「……あ?」

 タイオスはぽかんと口を開けた。

「お前、いま、何つった」

「そのような〈白鷲〉では情けない、と言ったんだ」

 ふん、と鼻を鳴らしてルー=フィン・シリンドラスは、細剣をかちゃりと鞘に収めた。


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