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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第2章
113/206

11 有り得なくはない

 誰のことだろう、とハルディールが首をかしげている間、ヴォース・タイオスは一枚の扉を激しく叩いていた。

「俺だ。開けろ」

 という台詞で開くはずもないと判っていたので、彼は続ける。

「開けなければぶち破ってぶん殴る。素直に開ければ、とりあえずは剣を抜かん。十(トーア)待つ。一、二……」

 数えはじめれば、室内で誰かが動く気配がした。

「八……九……十!」

 しかし、最後は親切にもゆっくり数えてやったと言うのに、扉は開かない。タイオスは大して頑丈とは見えない扉を睨み据え、言った通りのことを試みようとした。

 彼が地面を力強く蹴ろうとした瞬間、扉が開く。

「うお」

 戦士は慌てて、均衡を取り直した。

「この野郎、ふざけやがっ――」

 タイオスはぎろりと扉の奥を睨みつけた。そこに、突きつけられた指を見る。

「……この野郎」

 偽物の魔術を操る仮面の男は、既にタイオスを標的と定めていた。

「やる気か、コラ。上等じゃねえか」

「何をしにきた」

「そりゃこっちの台詞だ、阿呆。よくもまあぬけぬけと、てめえの故郷を荒らそうって連中に荷担してシリンドルの土を踏めたもんだな」

 タイオスはひと息に言ってやった。

「俺を追い出した故郷とやらに愛情を持てとでも?」

「そもそも勝手に逃げたんだろうがよ」

 〈白鷲〉は指摘した。

「おとなしく泣いて詫び入れてりゃ、ハルは処刑までしなかったかもしれん」

「ふん」

 ヨアティアは鼻を鳴らした。

「ハルディールが甘いことを言ったところで、アンエスカが反対したはずだ」

「そうだな」

 思わずタイオスは同意してしまった。

「ま、お前が自分の命のことを考えるなら、逃げたのは正解さ。なら、黙って逃げ続けてりゃよかったんだ。わざわざ脅迫文みたいな手紙寄越したりしなけりゃ、ルー=フィンだって追いかけやしなかった」

「あれは」

 ヨアティアはむすっとした。

「俺がやろうとした訳ではない」

「あぁ?」

「アトラフの奴が、書けと」

「あぁ? まじで言ってんのか?」

 タイオスは呆れた。

「何でまた、そんなこと」

「生きていることを知らせて、奴らをびびらせてやれと」

「はぁ?」

 何でまた、と彼は言った。

「そんな、ガキの悪戯みたいな誘いに乗ってほいほい手紙を書くんだ。やっぱりお前は阿呆なんだな」

「何だと」

「奴らは以前からお前やお前の親父を支援でもしてたか? そうじゃないだろう? 何で自分が拾われたかとか、仮面に慣らされたり、妙な魔術もどきを与えられたりした理由についてどう考えてるんだ。いや、答えなくていい。頭が痛くなりそうだからな」

 またしても続けざまにタイオスは言った。

「お前」

 それからちらりと、彼は「仮面」を見た。

「その下はいま、どうなってんだ。別人の顔なのか? そうじゃないだろうな。『ヨアティア・シリンドレン』を使う必要がないなら、何もお前みたいな阿呆を連れてくるこた、ないんだ」

「何度、人を罵れば気が済む」

 苛々とヨアティアは言った。

「お前のことは殺すなという、エククシアの指示は変わらない。だが、痛めつけるなとは言われていない。どうだ、タイオス。俺の術でお前の腕を切り落としてやろうか」

「できるもんならやってみやがれ」

 反射的にタイオスは買い言葉を返したが、こいつは「できる」のだったなと少し後悔した。

「まあ待て。待てよ。俺は喧嘩をしにきた訳じゃない」

「殴るのどうのと言っていたようだが」

「細かいことは気にするな」

 タイオスは言い放った。

「なあヨアティア。俺の姿勢は最初から変わらないんだ。お前がこの国を出て行き、シリンドルを忘れてどっかで細々と暮らすなら、それでかまわない。また手紙でもこない限りは放っておけと、ハルにもアンエスカにも言っておいてやるさ」

「は! 取り引きか何かのつもりか」

「提案だ。お前がライサイやエククシアとつるむ利点は何なんだ? まさかシリンドルをやるとでも言われた訳じゃあるまいが」

「奴らは、一度は、そう言った」

 ヨアティアは認めた。

「俺を王にしてやると」

「何ぃ」

「だが手のひらを返して、いまはフェルナーを王にするつもりだ。俺は神殿長だと。まあ、あんな子供ならば操れる。ハルディールをそうしてやろうと思っていた、あの日以前と同じことだ」

「そりゃまた」

(よく回る舌で、けっこうだ)

 内心でタイオスはにやりとした。

(もっとも、ハルがお前なんかに操縦されたとは思えんがね)

「つまり、神殿長の座を差し出されて、のこのことついてきたって訳か。阿呆らしい。奴らが約束を守ると思うのか」

「エククシアがまた手のひらを返したとしても、かまわない。つてはもうひとつ、ある」

「へえ?」

 タイオスは警戒したが、それを見せないように軽い口調で続けた。

「お前なんかを支援しようって馬鹿が、まだ存在するって?」

「何とでも言え。シリンドレンの血筋は重要なのだ。『王』が俺を許せば、ボウリスよりもシリンドレンの直系だという声は必ず確立される」

「能天気でけっこうなこった」

 タイオスは馬鹿にしたが、有り得なくはないなと思った。本当に「王」が許してヨアティアと手を取り合えば、お人好しのシリンドル人だ、反逆者の父の贖罪をするべく馬鹿息子が頑張ると信じるかもしれない。

(もちろんハルは認めないだろう)

 反逆事件のすぐあとでもあればまだしも、いまは状況が違う。もっともその当時であればヨアティアの言ったようにアンエスカが認めなかっただろうが。

(ハルもやっぱり人が好いからな、同情くらいはしちまうかもしれんが、ボウリスよりこの阿呆にとは絶対、思わないはずだ)

(だがいまヨアティアが口走ったように、フェルナーがハルを乗っ取ったままでそうすれば)

(有り得ちまうかも、しれん)

 それに「血筋」のこともある。それはヨアティアの、唯一にして最大の切り札だ。

(こいつの考えてることは、だいたい判った)

 誰であれ、「誰か」が親切にもいい地位に就けてくれることを待っているだけだ。警戒すべきは、あの似非魔術だけ。

(しかし、どうするかね)

(俺はこいつに同情する理由もなし、べらべら喋って油断してるようだし)

(とっとと殺っちまった方が、得策かねえ)

 戦士は考えた。

 そうする利点は、エククシア側の手札をひとつ削ることだ。阿呆でも戦力。いくらかは損害を与えられるだろう。

 では欠点は何か。敢えて言うのであれば、ルー=フィンが思っているところの「真実」を隠すためにヨアティアの口を封じたと思われかねないということだが、そう勘違いするのはルー=フィンだけだ。ハルディールもアンエスカも、完全にタイオスの話の方を信じている。

(ルー=フィンが国中に喧伝すれば、俺を疑う声もいくつかは出てくるかもしれんが)

(幸か不幸か、ルー=フィン自身が完全には認められていないようだし、あいつに巧い演説ができるとも思えん)

(やっぱり、殺っちまった方が得策か)

 不穏なことを考えて、タイオスはヨアティアの隙を窺った。剣を抜きざま踏み込めば、一撃で致命傷を与えられるだろう。偽魔術が飛んでくる危険性はあるが、賢く話をしているつもりのヨアティアの腕はいつしか下がっている。これが演技などでないことに、タイオスはルイエ金貨を賭けてもよかった。

(よし)

 彼は心を決めた。

(一気に入り込んで、屋内でやれば、とりあえず人目にも触れずに)

 タイオスは剣に手をかけようとした。

 だが〈峠〉の神はそれでもシリンドレンの血筋を絶やすまいとでも思ったのか、はたまたヨアティアの悪運の強さか、それとも〈名なき運命の女神〉の気まぐれなのか、そこに天の助け――ヨアティアにとって――が入った。

「そこで、何をしている」

 「不審」を形にしたような声に、タイオスは天を仰いだ。

「よからぬことを企むのであれば、ただでは済まさない」

「はいはい、判った、判りましたよ」

 タイオスは両手を上げた。

「判ったから剣を納めろよ、ルー=フィン」

「下がって、扉を閉めろ」

 銀髪の騎士は剣を手にしたまま、タイオスを無視してヨアティアに言った。

「何だと。俺に命令するのか、この……」

「戦士の殺気も感じ取れぬのであれば引っ込んでいろと言っただけだ。死にたいのか」

「何? 俺を殺そうとしていたと? この、腐れ戦士め。〈白鷲〉などと持ち上げられていい気に――」

「黙れ」

 と、このときタイオスとルー=フィンは全く同時に言った。タイオスは苦笑し、ルー=フィンはこの世で一番不味いものを食べたかのように顔をしかめた。ヨアティアも渋面を作っていたかもしれないが仮面の向こうにそれは見えず、男は腹いせのように大きな音を立てて扉を閉めた。


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