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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第2章
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09 お前自身の、判断で

 息を切らしながら、青年騎士は王家の館に戻った。

 騎士団長に、重大な知らせを運ばなくてはならない。

「アンエスカは」

 館に入るなり、彼は使用人に問うた。使用人は困ったような顔を見せた。

「どうした? 団長はどこにいるかと訊いているんだが」

 そんなに難しい質問でもないだろう、と訝しみながら彼は繰り返す。

「怪我を……」

「何?」

「怪我をなさって、お休みになっておいでです」

「何だって?」

 ぽかんと口を開けて、彼は目をしばたたいた。

「怪我? いったいどうして」

「詳しいことは判りかねます」

「どの程度の怪我なんだ。ああ、いい、会ってくる。どこだ」

 彼は尋ね、二階の客間の一室であると聞かされて、すぐさま階段を駆け上がった。

「アンエスカ! いったい、どう」

 戸を叩きもせずに教わった部屋に入った青年騎士は、絶句した。寝台には彼の騎士団長が横たわっているのが見える。その手前で、付き添うようにしていたハルディールがゆっくりと彼を振り向いた。

「――この」

 彼は歯を食いしばった。

「団長に、何を!」

 かっとなったように彼は突進し、少年に掴みかかった。

「いつまでも黙っていると思うなよ! この、クソガキ――」

「ユーソア」

 ハルディールは静かに騎士の手に触れた。

「僕だ」

「……え」

「フェルナーではない、と言っているんだよ」

「な」

 目を見開いて、騎士は呆然とした。

「で、では」

 いささか遅れたものの、その事実をすぐ理解して、ユーソア・ジュゼは彼の王から手を離した。

「陛下」

 騎士はさっとその場にひざまずいた。

「も、申し訳」

「いい」

 素早く許しを与え、ハルディールは大仰な謝罪をやめさせた。

「いったい、何が」

 ユーソアは立ち上がると、額に手を当てた。

「どうやってお戻りに。それに、アンエスカは……」

「腕を負傷した。命に別状はない。ただ、寝かせてしまわないと、養生しないから」

 せめて傷口がふさがるくらいまではじっとしていろと命じたのだとハルディールは説明した。

「失礼ながら、陛下」

 ユーソアは謝罪の仕草をした。

「それではお答えをいただけていないようです」

 顔をしかめて騎士は言った。

「負傷というのは、何です。うちの団長はどうしたって言うんです? まさかうっかり階段から落っこちた訳でもないでしょう?」

「エククシアがやった」

 ハルディールは簡潔に答えた。

「アンエスカは僕の命令に従って、〈青竜の騎士〉を追い払おうとしたんだ。だが……」

 少年はうつむいた。

「ヴィロン殿がいてくれてよかった」

「誰です?」

「ラシャ殿の紹介でやってきたという、コズディムの神官だ」

「……ラシャ?」

 ユーソアは少し顔をしかめた。

「そう、ですか」

「彼が術をかけて、アンエスカは眠っているんだ。そうでもしなければ、僕が命令したって聞かなかったかもしれない」

「爺さんには年を自覚してもらいたいですな」

 肩をすくめてユーソアが言うのをハルディールが咎めないのは、ユーソアはちゃんとアンエスカを尊敬していると感じているからだ。

 ニーヴィスもこんな物言いをアンエスカやウォードに対してよくやっていた。ユーソアは何もニーヴィスを真似ているつもりはないだろうが、自然と似通うことがあった。それはユーソアがニーヴィスと親しかったためもあれば、均衡でもあったろう。

 団長の命令には従うべき彼らなれど、厳しさに萎縮したり、意見や軽口ひとつ叩けないような雰囲気が当然となっていては、いずれ不満が爆発しかねない。反発や反感ではなく、たまにアンエスカをからかうことで、彼ら――ニーヴィスとユーソア――は適度な均衡を作り出しているのだ。ハルディールはそう感じていた。

「医師にも診てもらった。もののひと月も剣を持たなければ元に戻るだろうという診断だったが」

「ひと月」

 ユーソアは繰り返した。

「いまは、厄介ですな」

「そうだな」

 少年王は眠る騎士団長を見た。その顔色はアンエスカに負けず劣らず青い。

「僕のせいだ」

「何を仰るんですか」

 ユーソアは驚いた顔をした。

「悪いのはどう考えてもエククシアじゃありませんか」

 憤然と彼は言った。

「あいつはうちの団長を殺そうとしたんですか? 当然、とっ捕まえて牢にぶち込んであるんでしょうね」

「もちろん、そうしたいところだった。だが」

 王は嘆息した。

「魔術師のように消えられてしまっては」

「消え」

 青年騎士は目をしばたたく。

「それじゃ、奴は魔術師だったんですか?」

「いや。そうではないらしい」

 少年王は首を振った。

「人間と魔物の混血、だそうだ」

「まじ、いや失礼」

 こほん、とユーソアは咳払いをした。

「事実なんですか」

「証拠がある訳ではないが、タイオスはそう言っていた」

 ハルディールは答えた。

「それじゃ……エククシアは」

「いない」

「ふざけやがって」

 ユーソアはうなった。

「陛下、ご命令を。今度顔を見せたら、俺があの野郎を成敗してご覧に入れます」

「喧嘩ならもう売ったんだ。いまはこれ以上、要らない」

 ハルディールは肩をすくめた。

「僕は……屈しないことを示したかった。たとえ力ずくで向こうの思い通りにさせられてしまうことがあるとしても、認めてひざを着くことはしないと」

 彼は呟くように言った。

「これは国王の誇りが言わせた言葉で、言うなればわがままだ。僕は、僕のわがままのためにアンエスカを死なせるところだった」

「陛下にはそうする権利がおありです」

 ユーソアは言った。

「どうかもう一度、ご命令を」

「できない。少なくとも、いまは」

 ハルディールは首を振った。

「何より、アンエスカが目覚めるまで、あなたには臨時で騎士団に指示を出してもらわなくてはならないから」

「は?」

 突然の言葉に、ユーソアは目をしばたたく。

「三人をまとめて……ルー=フィンの扱いは難しいだろうが、どうか敵対することだけはないように」

「ふたりです」

 ユーソアは言った。

「……ユーソア」

 どう諭そうかと考えるように、少年は年上の男を見た。騎士は首を振る。

「陛下、俺はルー=フィンを除いて考えているんじゃありません。レヴシーは現状、騎士の頭数に入れられないってことなんです」

 青年騎士は息を吐いた。

「アンエスカと同じか、それより悪い理由のために」

「――何だって」

「陛下が行方不明でいらした間に、レヴシーも行方をくらましてます。こっちは、身体ごと」

「何という……ことだ」

 ハルディールは愕然とした。

「俺は団長の許可が欲しくてここへきたんですが、代行が俺ってことでいいんですか、本当に」

「ああ」

 王はうなずいた。

「副団長の権限を与える。人数があった頃は団長ひとりではまとめきれず、副団長がひとりふたり任命されたらしい。いまは非常時として、アンエスカの代行を」

「承ります」

 ユーソアは胸に手を当てた。

「日常業務と大きく異なる行動を取るときは、非常事態を除き、僕の事前許可を取るように」

 ハルディールは条件を提示した。

「ただしこれは、僕が僕である間に限られる」

「はい?」

「エククシアは、言ったんだ。またいつでも、ここから」

 と彼は自身の胸を叩いた。

「僕を追い出し、フェルナーを入れることができるとね。ただの脅しかもしれないが、どうやって連れていかれたのか、出てこられたのかもよく判らない現状、その可能性は大いにあると見ていい」

 冷静に彼は言う。

「いいか、ユーソア・ジュゼ」

 真剣な瞳で、少年は騎士を呼んだ。

「お前は僕の許可のもと、副団長としての権限を行使してよい。もしも僕がフェルナーに再び身体を使われ、国に害なす言動を取っているときは」

 ゆっくりとハルディールはユーソアを見た。

「お前自身の、判断で」

「……私がその権限を悪用したら、どうするんです?」

 慎重にユーソアは問うた。

「お前は僕に『アンエスカが団長の地位を悪用したらどうするか』と訊くのか?」

 王は手を振った。

「お前が自身の立ち位置に苦慮していることは判っている。だが以前にも言った通り。僕もアンエスカもお前には期待している」

 ハルディールは告げた。ユーソアは胸に手を当て、敬礼をした。


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