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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第2章
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07 以前にもこんなことを

 ――やがてシリンドルの国境にたどり着いたふたりは、一旦、別行動を取らざるを得なかった。と言うのも、逃亡者であるタイオスは真っ当に国境を越えられないだろうとタイオス自身が考えたからだ。

 戦士は見張りの目を避け、ひとり浅い川を渡ってシリンドル入りを成したが、こうすれば簡単に越えられてしまう国境には問題があるのでは、などといまさらのように思った。これで長いことやってきたのだからいいのだろうが。

「それで、本当に自信があるんだろうな?」

 少しだけ国境から離れた木陰で合流すると、タイオスは確認をした。

「道中、繰り返し、言ったはずだ」

 黒髪のコズディム神官は肩をすくめた。

「お前の言葉の通りであるならば、効果は望める。ただ、巧く働かずとも何かしら次のきっかけは掴めるだろう」

「楽しみだね」

 口の端を上げてタイオスは返した。

「ま、護符が粉々になって戻ってくるなんてのは、〈白鷲〉の死を連想させるかもしれん。エククシアを騙せるかは判らんが、手札の一枚くらいにはなるかもしれんな」

 などとこのとき、戦士は適当に考えていた。

 人通りの少ない場所を選んで――「人がひっきりなしに通る大通り」など、この国には存在しなかったが――彼らは予定通り、王家の館へと向かった。

「では」

 ヴィロンは護符を包んだ布を確認するように取り出すと、そっと祈りを捧げてまたそれをしまった。

(口調は偉そうだし、実際、偉いようだが)

(何だかんだと、信仰心はあるみたいだな)

 そうであってくれなければ困る、と思いながらタイオスはそれを眺めていた。ヴィロンの祈りに力がなければ、望みは薄まるのだ。

「またあとでな」

 片手を上げてタイオスはコズディム神官を見送った。

「――さてさて」

 それから戦士は、館の裏に回った。

 表にこそ門があって騎士や僧兵が立っている館だが、裏門は出入り自由だ。夜には見張りが立つが、昼間は全くの無警戒である。

 あのような大きな事件があっても、シリンドルは「よくも悪くも田舎町」の雰囲気を残したままだ。民たちのなかには、夜になっても扉に鍵をかけない者が多いと言う。ここには盗賊組合(ガーラ・ディル)などないし、不心得者が盗みなど働けば、すぐにばれてしまう。

 そんな国であるから、人殺しなど起きれば大騒ぎだ。ルー=フィンの両親が賊に殺されたという事件は、ヨアフォードの反逆を除けばここ二十年で最大最悪の出来事であっただろう。

 捕まらなかった賊に当時こそ人々は怖れ、警戒を強めたが、やがて「もう悪いことは起きない」と考えて元通りになったというような話をタイオスは滞在中に耳にしたことがあった。

 よくも悪くも、この国はそれでいいのだ。

 ハルディールもそう考え、或いは考えるまでもなく自然と、以前通りの警戒態勢、または()警戒態勢を採っているのだろう。戦士はそんなふうに思った。

(忠告するのは俺の役割じゃなし)

(おそらく、必要もなし)

(俺だって、悪さのために入り込んでるんじゃないしな)

 侵入者はそう考えながら館の間取りを思い出して、ハルディールが執務を行う部屋の真下にやってきた。

(ただ待ってるってのも、性に合わん)

「ちょっと様子を見てくるか」

 呟いて戦士は、階上を見上げた。


 何だか以前にもこんなことをやったような、と記憶を呼び起こしながらタイオスは二階の窓枠に張り付いた。

 あれは初めてシリンドルの話を聞いたばかりの頃。ハルディール少年が王子であると知り、〈白鷲〉であると誤解され――と、思っていた――、ハルディールを亡き者にせんとするヨアティアについたふりをしながら、彼らの話を盗み聞こうとしたとき。

 心弾む思い出ではない。

(あんときとは、立場がずいぶん変わったな)

(俺自身も、ハルも。ルー=フィンも。ついでにヨアティアも)

 イズランだけは維持しているな、と思うと、意味もなく腹立たしくなった。

 こんなところを見られたら、いくら平和なシリンドルでも騒ぎになるはずだ。立ち木では彼の姿を隠せないものの、すぐ近くに道が通っているでもないから、おそらく外から騒がれることはないだろう。しかし、もしヴィロンの術とやらがちっとも働かず、フェルナーがハルディールの身体に居座ったままで内部から見られたら、彼は再び牢屋行きだ。

(頼むぜ、神様よ)

 ささやかな神頼みをしながら部屋の様子をうかがえば、ハルディールとアンエスカとヴィロンと、そしてエククシアがいた。彼は慌てて身を隠す。

(クソ、いやがったな、青竜野郎)

 「灰色ローブ」だのという言葉が聞こえる。ソディエ連中がここにも、とタイオスは唇を噛んだ。

(どうなってんだ、いったい)

 ろくな答えも出ぬ内に、室内の空気が変わったのが判った。慎重にのぞき込めば、アンエスカが剣を抜いている。タイオスは顔をしかめた。

(馬鹿野郎)

(忠告したぞ、俺ぁ)

 騎士団長の心の動きなど知りもせず、タイオスは内心でアンエスカを罵った。

(やばいだろ。しばらく、実戦もないはずだし)

(おい、やめとけ。お前が死んだら)

 エククシアが、踏み込んだ。

「馬鹿野郎、退け!」

 考えるより早く、声が出た。しまった、と思うも〈予知者だけが先に悔やめる〉というもの。彼の一言はアンエスカを救ったが、自分が死んだと思わせることで動きやすいことがあるかもしれない、という曖昧な目論見を護符のごとくに粉々にした。

「――タイオス!」

 ハルディールが目を見開く。少年王は窓に駆け寄り、急いでそれを開けた。

「どうしてこんなところに。危ないです、入って」

「そりゃまあ、表から入ってこられなかったからなあ」

 合っているのか的を外しているのか判らない答えを返しながら、タイオスはよっこらせと窓枠を越えた。

「ずいぶんと絵になる帰還だな」

 呟いたのはアンエスカだ。

「てめえな」

 タイオスはそれを睨んだ。

「助けてやったってのに、皮肉を言わなきゃ気が済まんのか」

「礼を言ってほしいのか」

「言われたら気味が悪いわ」

「では言おう。感謝する」

「おま」

 まさか言われるとは思わなかった台詞に、タイオスは返す言葉を思いつかなかった。

「生きていたか」

 く、と〈青竜の騎士〉の笑い声がした。

「重畳だ」

「おかげさんでね」

 唇を歪めてタイオスは答えた。


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