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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第2章
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05 権利のようなもの

「リダール、タイオス」

 薄暗い感じのする廊下を進み、指定された部屋に入れば、シィナがほっとしたような顔で彼らを呼んだ。

「なあ、こいつにちょっと言ってやってくれないか。ちっとも話が進まないんだ」

 憤然と少女は、向かいに座る魔術師を指差した。

「オレの言うこと、ちっとも信じてないみたいで」

「だいたいのところはサング導師から伺っています」

 魔術師は少女をちらりとも見ないで、新来者たちに向かって言った。シィナはぽかんと口を開けた。

「――おい! オレに言えよ!」

 次には彼女は、自分が無視されたことに気づいた。

「ガキだと思って、馬鹿にして!」

「まあまあ」

 リダールが彼女をなだめた。

「そういうんじゃないよ。タイオスは、ほら、サング術師の友だちなんだし」

「別に友だちじゃないがな」

 タイオスはつい、ぼそりと呟いた。

「いえ」

 魔術師はもそもそとした調子で喋った。

「そちらの戦士殿ではなく、キルヴン閣下のご子息をお待ちしておりました」

「え、僕ですか」

 リダールは目をぱちぱちとさせた。

「幸い、ご子息がおおよその話をご存知であるようなので、閣下の御許可もいただけるとは期待しておりますが」

「何の話ですか」

「もちろん、町の守りについてです」

 魔術師は答えた。

「現状、各地の全協会を挙げてという段には至っていない。ですが繰り返し力を振るわれたこのキルヴンでは、ソディエに見くびられたままでいいのか、対抗するべきだという気風も生まれてきております」

 もちろんそれは、魔術師たちの間で、ということになるだろう。普通の町びとは何も知らないままなのだから。

「我らは持てる力を以って彼らに対抗しましょう。しかしそれは時に、キルヴンの法を逸脱することになりかねません」

「それは……」

 リダールは躊躇った。

 多くの街町がそうであるように、キルヴンでも町なかでの抜剣や人を傷つける魔術の行使は禁じられている。

 実際のところ、やはりどこでもそうであるように、後者を罰するのは主に魔術師協会だ。非魔術師が魔術師を捕らえることは暴れん坊を捕らえるようにはいかないことが多いからである。

 だがそれでも、違法行為は違法行為だ。罰は協会が代行しているというのが街町を仕切る者たちの言い訳、或いは不文律。

 相手は通常、人間に限られる。しかしそれこそ、明文化されていないのが普通だ。農地などは獣や魔物に襲われることがあるものの、もちろんと言おうか、それを退治することは法に触れない。だが人間の形をした魔物はどうか。

 ソディエのように明らかに外見が異なれば、タイオスが考えたように「問題はない」と解釈するのが自然だ。彼の場合、自衛でもあった。

 とは言え、判断するのは町憲兵隊。彼らで判断し切れなければ領主、果ては首都、国王と広がっていく。

 魔術師は、町なかで魔術を用い、魔物を攻撃することの違法性について案じていると見えた。

「僕に、特例を認める権限なんかはありません」

 まずリダールはそう答えた。

「存じております。我らとしましては、ナイシェイア・キルヴン閣下に」

「――ですが、町のためになることであり、決して自らの利を追うものではないと誓っていただけるなら、父には必ず認めさせます」

 しっかりと魔術師に目線を合わせて、リダールは言った。シィナとタイオスは、揃って目をぱちくりとさせた。

「……言うじゃないか」

「リダール様、ご注意を」

 しかしそこで、ラシャが静かに声を出す。

「容易な誓いは、時に危険を招きます」

「我らがご子息殿の言質を捕らえるとでも?」

 魔術師が片眉を上げた。

「あなた方がどうと言うのではありません。一般論です」

「左様ですか」

「……まあ、そこは適当に切り上げろよ」

 ぼそりとタイオスは言った。

「リダール」

 それから戦士は少年を見た。

「いまのは、自分の責任を理解した上で言ったんだろうな?」

「そのつもりです」

 領主の息子はうなずいた。

「お前は、キルヴン閣下の許可が出る前に協会は動いてよし、と言ったんだぞ?」

「判っています。父の判断と返答を待っていては対応が遅れることを危惧した故です」

「ご立派です」

 と言ったのは、意外にもと言おうか、ラシャであった。魔術師がちらりと彼を見やる。

「神殿全体としての助力は、お約束できません。ですがこのシンリーン・ラシャ、個人としてリダール殿、そしてタイオス殿にご協力いたします」

「ラシャ殿」

 リダールはにっこりと笑みを浮かべた。

「有難う。心強いです」

「まあ、くれぐれも、喧嘩は避けるようにな」

 タイオスは忠告した。ラシャがこんなことを言い出したのは、リダール、つまり次代の領主が必要以上に魔術師協会を頼るようになってはいけない、との警戒によるのではないかと思ったのだ。

 もっとも、ただの善意かもしれない。神官の考えることは判らない。対魔術師であれば何か裏があると考え、その「裏」が何か判らないと思うが、神官であれば作為か善意か判らないのだ。何しろ本当に、上辺ばかりでなく、心の底から、他者のために生きる神官も珍しくないからである。

「具体的にはどうしようってんだ」

 ともあれ、キルヴンにおける魔術師協会と八大神殿の勢力均衡など、彼が口を出すことでもない。タイオスは気づかないふりを決め込み、誰にともつかず、または三者全員に尋ねた。

「ソディエ族の動向を警戒し、警戒していることを彼らに悟らせます」

 まずは魔術師が答えた。

「警告って訳か」

「抑止になればと考えます」

「リダールは」

「言ったように、僕に権限はほとんどありません。先ほどの発言も、正式な権利を持って言うのではない。そこは理解しておいてもらいたいのですが」

 少年は答えながら、魔術師を見た。

「理解しております」

 魔術師はうなずいた。

「父の息子、という『権利のようなもの』を利用して、いくらか話を広めてみようと思います」

「どうすんだよ」

 シィナが問うた。

「うん。サング術師は、噂話を広めるといいと言ったろう。僕は町憲兵隊に噂を伝えてみようと思うんだ」

「何だって?」

「本当の話は……正直、信じてもらうのが難しいだろう。ただ、灰色ローブたちが怖ろしいという声が増えていることを話そうと思ってる。不確かな噂が出回っていると言って、事実はどうあれ、しばらく巡回の回数や経路を増やしてくれないかと」

「悪くないな」

 タイオスはうなずいた。

「ただ、あんまり不穏な噂にはせんようにな。町憲兵隊が居丈高に『そのフードを取れ』なんてやった日にゃ」

「気をつけます」

 少年もうなずいた。「事実の追及」ではなく「人々の不安解消のため」という方向にしなくてはならない。

「で、ラシャは」

 タイオスが振れば、神官はそうですねと呟いた。

「魔術師協会、町憲兵隊と警備を強化するのでしたら、私ひとりがそこに参加したところで大した戦力にはならなさそうです」

 肩をすくめて神の使徒は言う。

「先ほど申し上げた通り、お約束はできませんが、神殿長に話をして懸念を伝えます。私はただの一神官ですが、ヴィロン神官長のお声があれば他神殿にも耳を傾けてもらえるかと」

「へえ」

 あの神官はそんなに偉いのか、とタイオスは驚いた。神官長という話は聞いていたが、余所の町の神殿にまで影響力があるとは。

「町が危険にさらされているとあれば、魔術師も神官もありません。ヴィロン殿がタイオス殿をお手伝いするのであれば、私はこのキルヴンで、役目を果たしたいと思います」

「ラシャ殿」

 リダールが感激したように呟いた。

「どうか、よろしくお願いします!」

(さて、ねえ)

 タイオスはリダールのように素直に感激はしなかった。

(このラシャは本気で言ってるんだとしても、神官連中ってのは頭の固いので有名だし)

(サングのあの様子を見りゃ、魔術師協会がそうそう神殿と手を組むとも思えない)

 灰色ローブとは別なところで波瀾が起きるのではないかと、戦士はそんなことを考えたが、それはもはや彼の手の届かない話だ。

(俺が気にかけるべきは)

(――シリンドル)

 彼は南の小国を思った。

(砕けた護符を手に、どの面さげて戻りゃいいもんかね)

(アンエスカに殴られるくらいは、仕方ないかもしれんなあ)


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