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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第1章
102/206

11 この破片は

 「かまってやっただけだ」だとか「友となるには身分が違う」だとか、またしてもアンエスカを苛つかせる台詞がやってくるだろうと思ったのだ。それでもどうにか説得の方向に持って行くつもりだったのだが、いまの否定、いや拒絶はずいぶん素早く、そして、怒りのようなものが込められていた。

(レヴシーへの怒りではない)

(――タイオスの言っていた、キルヴン閣下の子息のことか)

 彼は思い至った。

 方向を誤った、と彼は理解した。だが手探りで進むしかない。レヴシーの騎士位剥奪など。

 たとえ、彼がどこかに捕まっているのだとしても、殺されてしまったのだとしても――神よ――、レヴシーは〈シリンディンの騎士〉だ。名誉を奪われるようなことは、何ひとつ。

「どうかお考え直しください、陛下」

 彼は率直に言った。

「まだ、逃亡を図ったと決まった訳ではありません」

「アトラフが嘘をついていると言うのか」

(当たり前だ)

「彼の見た『少年』がレヴシーとは限らない」

 内心の声を押し殺し、アンエスカは指摘した。

「トリッケンに決まっている。制服姿だったのだぞ」

「制服姿で何の支度もせずに逃亡など、奇妙な話では」

「衝動的に飛び出したのだ」

「ならば反省して戻るやも」

「戻ったところで許せるものか」

 フェルナーは手を振った。

「何故かばう。お前も裏切られたのだぞ」

「私は、そのような」

(「お前も(・・・)」?)

(どうやらこやつは、レヴシーが逃げたと本当に思っているようだが)

(自分が裏切られた……見捨てられたとでも感じたのか)

(……これは)

「剥奪だ。追放だ。これは、決定だ!」

 子供のように、フェルナーは喚き散らした。

「すぐに触れを」

「ハルディール陛下、アンエスカ団長」

 そのとき、姿を見せた使用人が、おそるおそると言った体で彼らに声をかけた。

「あの……」

「何だ」

 使用人がずいぶんおどおどしていたので、アンエスカは尋ねた。と言うのも、このところの「ハルディール」の様子がおかしいのは誰が見ても明らかであり、どうしてか突然怒りっぽくなってしまった少年王の逆鱗に触れまいと、彼らは身を縮ませていたのである。そうであれば、「騎士団長に話す」という形でも作ってやった方がいい。

「ラシャ神官の」

「何?」

「はい、ラシャ神官からご紹介を受けたと仰る方がいらっしゃいまして、至急、陛下にお目通りをと……」

 思いがけぬ話に、アンエスカは軽く目を見開いた。

「何だと?」

「ラシャ」

 フェルナーは繰り返した。

「誰だ」

「は」

 気の毒に、使用人は目をぱちくりとさせた。

「フィディアル神官殿です。先日、いらっしゃいました……」

「先日だと」

 フェルナーは顔をしかめ、ちらりとアンエスカを見た。そこに困ったような、または焦ったような表情でも浮かんでいればまだ可愛げがあるというもの。偽の少年王は、自分が把握できていないことをすぐさまアンエスカが気づき、説明しないのは彼の怠慢だとでも言うように、騎士団長を睨んだ。

「――先日、シリンドルを訪れ、伝承を聞いていった神官殿ですな」

 「お忘れですか」とせせら笑ってやりたい気持ちを抑え、アンエスカは簡潔に言った。

「ああ、あれか」

 フェルナーはラシャに会わなかったが、フィディアル神官が滞在していたことは知っている。思い出したようにうなずいた。

「その神官の紹介だと? 何者だ」

「やはり、神官殿でいらっしゃいます。お名前は、ヴィロン殿です」

 使用人は答えた。

「ヴィロン神官は、陛下とお話をと」

「僕には神官と話すことなどない。帰らせろ」

「し、しかし、その」

「そうもまいりますまい」

 アンエスカが間に入った。

「他国の神官をないがしろにすることは、面倒を呼び起こすやもしれません。八大神殿の力はご存知でしょう」

(シリンドルの者よりも、な)

「関係ない」

 むっつりとフェルナーは言った。

「僕は、会わない。話を聞きたいと言うのであれば、お前が聞け」

「承知いたしました」

 好都合だ、とアンエスカは思った。

(何の話であれ、こやつに余計な口を挟まれるよりは)

「あの」

 使用人はまだおろおろとしていた。

「お時間がないと仰るときは、これをと」

「何だ?」

 差し出されたのは、手のひらに載る程度の大きさの何かを包んだ布だった。

「これをご覧になれば、陛下は必ず、お時間をお作り下さるはずだと、ヴィロン殿が」

「見よう」

 アンエスカが受け取ると、フェルナーも好奇心を刺激されたと見え、身を乗り出した。

「僕にも見せろ」

 仕方なく彼は、フェルナーに近く寄った。布を差し出せば、フェルナーがそれを解く。

「……何だ?」

 中身を見た偽の王は顔をしかめた。

「何だ、この破片は」

 彼は砕けた何かのかけらをひとつ、拾い上げた。

「こんなものを見て、僕が、どう……」

 フェルナーが言葉をとめたのは、アンエスカの顔色に気づいたからだった。

「どうした」

「――ヴィロン殿!」

 彼はフェルナーを無視し、くるりと踵を返した。

「ヴィロン神官殿は、どちらに」

「す、すぐそこでお待ちになっています」

「おい、アンエスカ!」

「神官殿、これはいったい」

 フェルナーの叫びを無視して部屋を飛び出るや否や、アンエスカは控えていた人物に詰め寄った。それは確かに、コズディム神官クライス・ヴィロンであり、彼は何の感情も見せずにそこに立っていた。

「これは、いったい、どういうことだ」

 騎士団長は問うた。

「何故、あなたがこれを。そして……」

 彼の声は、わずかにかすれた。

「何故、このような有様になって――〈白鷲〉の護符が帰ってきたのか」

 お聞かせ願いたい、とアンエスカは護符の破片を握り締めた。


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