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幻夜の影―シリンディンの白鷲・3―  作者: 一枝 唯
第3話 幻夜の影 第1章
101/206

10 試されているのか

 その少し前。

 灰色ローブの男たちに関する報告を受けたアンエスカは、ユーソアとクインダンにその捜索を任せ、〈峠〉にいるルー=フィンのところへ向かうことを考えていた。

 やはりルー=フィンと話をしなければならないと、彼はそう考えていた。クインダンたちに知られない形で銀髪の若者と時間を持ち、揺さぶりをかけて、レヴシーの行方の手がかりでも知ることができればと。

 昨夜のことは、失態と感じていた。彼はルー=フィンの言葉に嘘を見て取ったが、その場で追及せず、今朝に持ち越すべきだった。しかしあのときは冷静な判断ができなかった。

 もしも――まだ間に合うならと。レヴシーを救えるのならと。

 クインダンに「希望に過ぎない」と諭した彼自身がそれにすがり、騎士たちの前でルー=フィンに詰め寄った挙げ句、エククシアにまで悟られたかもしれなかった。

 何も気づいていないふりを続けてはいるものの、〈青竜の騎士〉がじっと彼を観察していることは意識された。アトラフが出鱈目としか思えない目撃談を語ったときも、怒りを抑えて「由々しきことだ」と思うかのようなふりをした。

 だがそうして警戒する一方で、確信はいや増すばかりだった。

 行方不明を装い、隠しているのは、少年騎士が死んだからではないのかと。

 捕らえ、監禁しているという可能性も皆無ではないが、そうした手間をかけるだけの利点がなければ、わざわざやるまい。

 もしもレヴシーをルー=フィンのように使うつもりでいるならば、生きているやもしれない。アンエスカはそうしたことも考えた。

 もしも、そのようなことがあれば。彼は、無事に戻ってきたレヴシー少年を警戒しなくてはならなくなる。

(――だが、それでも)

(生きているのであれば)

 アンエスカは両の拳を握り締めた。

 騎士団長として、騎士を失いたくないという気持ちがある。シリンドル国の成人として、若者に死なれたくないという気持ちがある。ひとりの人間として、知った顔に戻ってきてもらいたいという気持ちがある。

 何よりシャーリス・アンエスカとして、レヴシー・トリッケンの無事を、ただ願う。

 ユーソアが考えた通り、アンエスカは年の離れた少年騎士を息子のように思うこともあった。時折礼儀に欠ける言動をたしなめ、負けん気を煽って訓練を施し、その成長を我がことのように喜んだ。アンエスカから一本取ったとはしゃぐレヴシーを素直に賞賛した。

 もっとも、彼が手加減していることに気づかないようではまだまだであるが、油断をすればすぐ、本当に一本取られるようになるだろう。

 少年の成長を喜んだ。誇らしく思った。国を守る立派な〈シリンディンの騎士〉として大成するだろうと、父親のように期待して――。

(〈青竜の騎士〉エククシア)

(この裏に、やはりあやつがいるのであれば)

(ジュトン殿の仇というだけでも、済まなくなる)

 ルー=フィンを操り、ハルディールを乗っ取り、レヴシーをどうしたにせよ、エククシアらはシリンドルの、そして彼の敵だ。

 ハルディールを取り戻した暁には、必ず。

『やめとけよ』

 タイオスの声が耳に蘇った。

『勝ち目の薄い戦いをわざわざ自分からはじめるこたあない』

 〈青竜の騎士〉は強いと、〈白鷲〉はそう言った。剣を交えたことがあるのだろうという推測はついた。タイオスは負けなかった、少なくとも死ななかったが、戦士としての公正な目線で、アンエスカがエククシアと()ればまず勝てないと言ったのだ。

(勝てるから戦う、というものではない)

 彼はそのときにタイオスに返したのと同じことを思った。

 もちろん、彼には団長としての立場と責任がある。タイオスがそれを指摘して彼を諫めたことは判っているが、まるで若い頃のように、いや、いまこの立場、この年齢だからこそ覚えるものもある。

 愛し、守り、培ってきたものを踏みにじられる怒り。大切に育て、じっと見つめてきたものを壊される憤り。

 決闘を申し込むつもりなどはない。

 ただ、もし彼がいきなり剣を抜いて、その切っ先をのど元に突きつけてやったら、〈青竜の騎士〉はどんな顔をするものかと。

(顔色ひとつ、変えんかもしれんがね)

 あの底知れない金目銀目で、彼を見ながら。

 不意にアンエスカはぞっとし、知らず、魔除けの仕草をした。

「アンエスカ団長」

 そのときである。使用人が顔を見せた。

「王陛下がお呼びです」

「……判った、すぐに行く」

 唇を歪めて、アンエスカは返事をした。


 陛下、とアンエスカは、ただの子供に向かって怒りを隠しながら言った。

「お呼びとうかがいましたが」

「レヴシー・トリッケンのことは聞いた」

 フェルナーは言った。

「騎士の座にある者がその任を嫌って逃げ出すなど、あるまじき。トリッケンの騎士位は剥奪だ。いいな」

「待」

 その宣言に、アンエスカは拳を握った。

「これまでに与えた名誉も全て取り消し、扱いは国外追放とする」

 フェルナーは騎士団長の様子に気づかぬように続けた。

「お待ちください、陛下」

「何だ? 何か文句があるのか。当然の決定だろう」

 ふん、とフェルナーは鼻を鳴らす。

「お前にだって処罰をくれてやってもいいんだぞ。騎士をきちんと御することができずに」

 見下すようにフェルナーはじろじろとアンエスカを見た。

「……申し訳」

「謝罪など要らぬ」

 苛ついたように少年は手を振ったが、苛立ちの頂点にいるのは、アンエスカの方と言えた。曇りない笑顔を見せるハルディールの顔が高慢な表情を作り出すのを目にすることは、吐き気がするほどの嫌悪感を呼び起こした。

(人が黙っていれば、いい気になりおって)

(いまに見ておれ)

「触れを出せ、アンエスカ。トリッケンの位剥奪と追放の旨を民に知らしめてやれ」

「――この」

 昨夜に続き、アンエスカの我慢が限界に達しようとしていた。

 彼の沸点はいささか低くなってもいたが、ルー=フィンとフェルナーでは話も立場も違う。

 ルー=フィンは、本人が知らず過ちを犯している。厳しい観点から言うなら彼にも咎はある――どんな術であれ、かけられる隙があった、という点で――が、被害者であることも間違いない。フェルナーは、タイオスの話によれば気の毒なところもあるが、いまやハルディールの身体を使うことで可能になった王様ごっこにはしゃいでいる。仮に、最大限譲歩したとしても、頬をひっぱたいて尻を叩くくらいの仕置きは必要だ。

 それは無論、ハルディールの身体でなければということになるが。

(私が手を出さないと知って、完全に調子に乗っている)

(エククシアの入れ知恵もあるのか)

(……試されているのか)

 レヴシーの名誉を汚すことで、アンエスカが「ハルディール」の正体に気づいていることを明らかにしようとでも。

「陛下」

 ゆっくりと彼は言った。

「陛下らしくも、ない。あなたはレヴシーを友人として」

「僕に友人など要らない!」

 ぎらりと瞳を燃やして、フェルナーは叫んだ。予想以上に強い反発に、アンエスカは目を見開く。

(何だ?)

(否定されることは予測したが、こう激烈にくるとは)


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