第6話 イヤースコープでの耳かき
イヤースコープが欲しい。
その欲求を抑えきれなくなった私は、ついにネットショップでイヤースコープを買ってしまった。色々なアタッチメントが付いて、六千円ちょっとの代物。
ただの耳かきに六千円も出すなんて――と、耳かき好きじゃない人が聞いたら呆れそうだが、私は買ったことに後悔はしていなかった。
Youtubeでイヤースコープの動画を見るたび、私は物欲しげなため息をついていた。そんな日々とも、ようやくこれでオサラバなのだ。そう考えると、たった六千円の出費は痛くとも何ともない。
翌日、お急ぎ便で届いたイヤースコープの封を開けた私は、ゴクリと喉を鳴らす。
中には白色のイヤースコープが入っていた。持ち手が少し大きくて、先端は金属で出来ている。少し怪しい日本語で書かれた説明書を読んだ私は、そのイヤースコープの性能に舌を巻いた。
なんとこのイヤースコープには、ピンセットモードが付いていたのだ。
持ち手のボタンを押すと先端についたピンセットがゆっくりと開閉するらしい。
買ったときは衝動に任せて商品説明をろくに見ていなかったから、そのことを知らなかった。
――まさか、ここまで進化しているなんて。数年前に安物を買った時は、ただの耳かきしかついてなかった筈だ。
はやる気持ちを抑えられない私は、さっそくイヤースコープをスマートフォンに接続した。
このイヤースコープはBluetoothに対応しているから、煩わしくないのが心憎い。数年前に買った物は有線タイプだったから、耳かきの最中にケーブルが絡まって大変だった。
「おおぉ……」
イヤースコープで耳の中を映し出した私は、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
スマートフォンの画面には、私の耳の中がくっきりと鮮明に映し出されていた。中はもちろん肌色だが、ところどころ黄色い耳垢が付着している。お世辞にも綺麗な耳とは言えなかった。
――毎日のように耳かきをしているのに、こんなに汚いものなんだなぁ。
私は小首を傾げた。とはいえ、それは無理もないことかもしれない。イヤースコープがないと、人は手探りで耳かきをするしかないのだから。
これからはこのイヤースコープがあるから、これまでより格段に綺麗に掃除できることだろう。
イヤースコープを耳から取り出すと、まずは通常タイプのアタッチメントを装着した。
先端が匙になっている、普通の耳かきタイプだ。まずはこれで耳壁を掻かないことには始まらない。
アタッチメントのついたイヤースコープを耳の中に入れると、下に付着している耳垢を掻き始めた。
ペリペリペリペリッ――。
イヤースコープの動きに合わせて、少しずつ耳垢が剥がれていく様が画面に映し出される。
――これよこれ。このシチュエーションがたまらないんだよねぇ。
思わずヨダレが出そうになって、私は耳かきを持っていない左手の甲で口元を押さえた。
耳壁にへばり付いている耳垢がペリペリと剥がれる様は、見ているだけで気持ちが良い。しかも実際に耳かきをしているのだから、気持ちよさは二乗だ。
耳の中を見ながらの耳かきだったからか、耳垢はあっという間に取れた。
取れた耳垢をティッシュの上に置くと、私はアタッチメントを取り替え始めた。
次に装着するアタッチメントは『粘着綿棒タイプ』である。
先端がベタベタしているから、耳垢をくっつけて取ることができるのだ。この粘着性は洗うことで何回か復活するようなので、繰り返し使えるのも嬉しい。
ベタッベタッベタッ――。
私は耳の中の至る所を、その粘着綿棒で掃除し始めた。
耳壁にくっついた粘着綿棒が離れる瞬間、少しだけ皮膚が引っ張られる。それが何とも言えない気持ちよさだった。掃除とか関係なしに、マッサージとして優秀そうである。
耳から粘着綿棒を取り出すと、先端には黄色い耳垢が無数に付着していた。さっきまで真っ黒だった粘着綿棒が、いまや薄汚い黄色になっている。
――そこまで吸着力はなさそうだったけど、掃除用としても優秀なんだねぇ。
そう思いながら、再び粘着綿棒で耳の中をペタペタと掃除する。
あらかた掃除し終わって満足した私は、次に付けるアタッチメントを考えた。残りはピンセットとスパイラル型のアタッチメントだ。
――ここまできたら、是が非でもピンセットを使いたいなぁ。
そんな欲求がふつふつと湧き上がってくる。
しかし悲しいかな、右耳にはピンセットの出番が必要そうな耳垢はなかった。どれもこれも小さいから、ピンセットで掴むのは難儀する。
――利き手側の耳は綺麗だって言うよね。……ってことは。
少し期待しつつ、私は反対側の耳の掃除に移る。
イヤースコープで左耳の中を映し出した瞬間、私は絶句した。
そこはジャングルのようだった。
無数の大きな耳垢が壁にへばり付いている。右耳の中とは大違いだ。
――これは絶好のチャンスだ。
私は急いで先端のアタッチメントをピンセットタイプに変更した。
そして気持ちを落ち着けながら、ゆっくりとイヤースコープを耳の中に入れる。入り口近くの耳垢に当たって、ゴソゴソと音が鳴った。しかし今は、こんな小物には構っていられない。
私は奥の方で耳壁にへばり付いている大きな耳垢目掛けて、イヤースコープを突っ込んだ。
そして端っこの剥がれかかっている部分にピンセットを近づけて、持ち手のスイッチを押す。
ピンセットの開いていた先端が、ゆっくりと閉じる。
しかしスマートフォンの画面を見た感じでは、耳垢は掴めていなさそうだった。
――結構これ、難しいなぁ。
唸りながら、再度耳垢をピンセットで掴もうと手元のスイッチを操作する。
けれど努力の甲斐も虚しく、一向に掴める気配がなかった。非常にもどかしい。
もともと剥がれかかっている部分がそんなに大きくないから、狙ってピンセットで掴むのが難しいのだ。
数分近く悪戦苦闘を続ける。
ペリッ――。
不意にピンセットの先端が耳垢の端っこを掴んだ。その瞬間、少し耳壁から剥がれたような音がする。
――よぅし。いい子だいい子だ。
舌なめずりをしながら、ゆっくりとイヤースコープを耳の中から取り上げる。
ペリペリペリッ――。
ピンセットがガッチリとホールドしているので、イヤースコープを耳の中から出すと同時に耳垢も剥がれる。
ペリッ――!
大きな音を立てて、耳垢が耳壁から完全に剥がれた。
ゆっくりとイヤースコープを取り出すと、ピンセットは大きくて薄っぺらい耳垢を掴んでいた。
私は耳垢を掴んだままのイヤースコープを、少し天井に掲げた。
薄い耳垢が照明に照らされて、神秘的な雰囲気を醸し出している。
――これが六千円か。ひょっとすると、めちゃくちゃいい買い物をしたかもしれないなぁ。
私は自分の買い物に満足しながら、耳垢をティッシュの上に置くと、耳かきを再開した。