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第5話 姪っ子への耳かき(されてる側視点)

 パパとママが演劇を見に行くと言ったのは、木曜日の夜だった。

 もともとパパはお仕事だったのにお休みになったからと、ママをデートに誘ったのだ。


 私も誘われたけど、さすがに断った。

 低学年のときに授業で演劇を見たけど、とっても退屈だった。あんなつまらないものを、何時間も座ってみることは出来ない。


 でもまだひとりで留守番ができない私は、ママの実家にお邪魔することになった。


 ママの実家はとっても楽しい。タクミお兄ちゃんはママみたいにうるさくないから、ずっとテレビを見ていても怒らないし。ゲームだって自由にさせてくれた。


 私がスーパーマリオPRGをやっていると、ふと隣に座るお兄ちゃんが耳かきをしていることに気付いた。

 

 ――耳かき。それは私が興味がありつつも、ずっとできていない事のひとつだった。


 ママが不器用だから、耳かきをしてくれない。

 しかも私が耳かきをするのは危ないからと、耳かきを貸してもくれない。


 だから耳が痒くっても、自分の小指とかで掻くしかできなかった。

 ママに痒いって言ったら病院に連れて行ってくれるかも知れないけど、病院はちょっと怖いし。


 タクミお兄ちゃんは気持ちよさそうに耳かきを続けていた。

 そういえば、耳かきは気持ちいいって聞いたことがある。Youtubeで昔のアニメとか見たりするけど、ときどき耳かきのお話があるぐらいだし。


 私が耳かきをしている姿をジーッと見つめていると、急にタクミお兄ちゃんがこっちを向いた。

 私は話しかけるチャンスを逃さず「耳かきできるのー?!」と質問した。


 タクミお兄ちゃんは少し考える素振りをしてから「そうだよ」と答えてくれた。

 どうやら友だちにもよく耳かきをしてあげているらしい。ということは、すっごく上手なはずだ。


 ――タクミお兄ちゃんに、耳かきをしてほしい。


 そう思った私は、タクミお兄ちゃんが「耳かきしてあげよっか?」と言ったときに、その言葉を聞き逃さなかった。


 ◇


 タクミお兄ちゃんに膝枕をしてもらって、ソファーで横になる。


 正確には膝の上に枕が乗っているから、膝枕ではないけど。私は別にそのまま膝枕でも良いと言ったのに、タクミお兄ちゃんが断ったのだ。


 ――女の子が相手だと、タクミお兄ちゃんも緊張するのかなぁ?


 なんてマセたことを考えてみる。

 十歳ぐらい年上のタクミお兄ちゃんに限って、それはないと思うけど。


「よしっ。それじゃあ耳かきをしていくよ。丁寧にやるから大丈夫だと思うけど、もし痛かったらすぐに言ってね?」


 タクミお兄ちゃんが声をかけてくる。

 私は横になりながら「うんっ」と頷いた。


 これからいよいよ、耳かきが始まる。耳かきって、どんな感じだったっけ。

 それが頭に思い浮かばなかった私は、少し緊張して目を閉じた。するとタクミお兄ちゃんの「うおっ」という声が聞こえてきた。


「どうしたの?」


 とっさに私はタクミお兄ちゃんに質問する。

 どうしたんだろう。耳が汚くって、驚いてしまったのかな。そんな不安を感じる。


 しかしタクミお兄ちゃんは「大丈夫だよ」と明るく答えてくれた。


「ちょっとゴミが付いてたから、驚いちゃって。……ほら、もう取ったから大丈夫だよ」


 そう言いながら、タクミお兄ちゃんが私の耳をゴソゴソと指で触る。


 ――なんだ、そういうことか。耳が汚いんじゃなくって安心した。


 それからタクミお兄ちゃんは私の耳をつまむと、耳かきを始めた。


 ガサッガサッガサッ――。


 タクミお兄ちゃんが耳かきを始めた瞬間、とてつもない音が聞こえてきた。

 まるでビニールを両手で揉みくちゃにしてるみたいな音だ。


「……何だか、すごっい音するぅ」


 私はそのまんまの感想を喋った。

 思っていたより耳かきが気持ちよくって、つい眠そうな声になってしまう。


「しばらく耳かきしてなかったから、ちょっと固くなってるのかも」


 タクミお兄ちゃんはそう言いながら、耳かきを続けた。

 耳かきが耳の壁をなぞる度に、くすぐったいような、気持ちいいような、不思議な感覚がする。


 私は自然と両足の指をグーパーし始めていた。くすぐったいのを我慢するためだ。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、タクミお兄ちゃんは耳かきを動かす早さをゆっくりにしてくれた。


 さっきまでは「くすぐったい」が半分ぐらいあったけど、今は「気持ちいい」が百パーセントになっている。

 ついつい寝てしまいそうになった私は、目を覚ますためにタクミお兄ちゃんに話しかけた。


「……そういやさ。タクミお兄ちゃんは今日、遊ぶ約束とかなかったの?」


 それは私がずっと気になっていたことでもあった。

 私のせいでタクミお兄ちゃんが外に遊びに行けないんじゃないかと、実は不安だったのだ。


「いや今日は特になかったよ。だから彩夏ちゃんがいてくれて助かってるよ。退屈しないからねぇ」


 タクミお兄ちゃんは少し高い声で言う。

 でもそんな言葉に騙されるほど、私は子どもではなかった。


 きっとタクミお兄ちゃんだって、今日は何か予定があったはずだ。でも私が傷つくからと、嘘をついているのだ。


 タクミお兄ちゃんは昔っからそうだった。いつも私を傷つけないように、気を遣ってくれる。

 耳の中だって、きっと本当は汚いに違いない。もし綺麗だったら、こんなガサガサとした音はしないはずだ。


「……そっか」


 でもタクミお兄ちゃんにそれを言う勇気がない私は、そんな風に答えることしかできなかった。


 私が聞いてもタクミお兄ちゃんは本当のことを答えてくれないだろうし、もし答えてくれても「私が遊びに来ない方がよかった」という本当のことを知るのは怖かった。


 ゴソッ――!!


 そんなことを考えていると、いきなり耳の中で大きな音が鳴った。

 それはまるで、木の枝を折ったような激しい音だった。


「なっ、なに?!」


 驚いた私は、慌てて起き上がろうとする。

 でもタクミお兄ちゃんは、そんな私のことを片手で止めた。


「彩夏ちゃん、ちょっと集中するから、あんまり動かないでね」


 いつになく真剣なタクミお兄ちゃんの声を聞いて、私は小さくツバを飲み込んだ。

 

 ――とんでもない大きな耳垢が取れたの知れない。


 それを考えると、私は急に恥ずかしくなってきた。

 年上の異性に自分の耳垢を見せてしまうなんて。もっとも昔は一緒にお風呂とか入った仲らしいから、今さらかも知れないけど。



 ベリベリベリベリッ――。


 何かが剥がれていくような音が聞こえる。

 そして一気に周りの音がよく聞こえるようになった気がした。


「――よしっ。取れた取れた」


 タクミお兄ちゃんが嬉しそうな声で言う。


 ――どれぐらい大きなものが取れたんだろう?


 気になった私は、取れた耳垢を見るために顔を上げようとした。

 だけど、またもタクミお兄ちゃんに「まだ動かないでっ」と忠告される。


「まだ続きがあるから。取れたものは後で見せてあげるよ」


 タクミお兄ちゃんに言われるがまま、私はまた枕に頭をつけた。

 もしかすると、とっても汚い耳垢だったから、タクミお兄ちゃんが気を遣ってくれたのかも知れない。


 汚い耳垢を見せて少し恥ずかしい気もするけど、別にいっか。相手はタクミお兄ちゃんだしね。


 私は枕の下にあるタクミお兄ちゃんの膝に手のひらでそっと触れると、そのままゆっくりと目を閉じる。

 少しずつ気が遠のいていく私は、そのまま深い眠りについてしまうのだった。

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