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月野郵便、今宵も配達中  作者: 百川 凛
1.永遠の初恋
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「……あの」


 彼が来たのは数日経ってからだった。やけに強張った顔で来た彼を、月野はいつものふんわりとした笑顔で迎え入れる。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ、鈴木さん」


 その声に、カウンターの中で作業をしていた七尾も身を乗り出して挨拶をする。


「いらっしゃいズッキー! こないだぶりッス!」

「ああ。……先日はどうも」


 鈴木は困ったような、それでいて感心したような複雑な表情で七尾の全身を眺めた。


「いやぁ……こないだは容姿が全然違うからまったく分からなかったよ。変装がお上手ですね」

「んー、変装じゃなくて変化(へんげ)の術なんだけどなぁ」

「たいして変わんないんだから名前なんて別にいいでしょ化け狐」

「わぁ、宇佐美さんってば相変わらずオレにだけ辛辣!!」


 七尾の叫びを華麗にスルーして、宇佐美はパッと営業スマイルを浮かべる。


「鈴木様ですね。初めまして、(わたくし)宇佐美と申します。先日は残念ながらお会いできず、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません」

「ああ、あなたが宇佐美さんですか。お話は七尾さんから聞いてますよ、色々と」

「……色々と?」

「ええ。クールビューティーな毒舌副局長兼秘書の宇佐美さん。仕事が出来て料理が上手い、自分に対して毒舌だけどそれは全て愛情の裏返しなんだ、と楽しそうに語ってましたよ。皆さん仲が良いみたいで羨ましいです」


 宇佐美は超合金でも貫通させてしまう弾丸のような鋭い視線を七尾に送った。防衛本能が働いたのか、七尾は目が合う前にばっと顔をそらす。危険を察知した月野は急いで本題を切り出した。


「鈴木さんは、お手元に届いた手紙の件でいらしたんですね?」

「……ええ」

「ではどうぞこちらへ」


 応接室と書かれた小部屋で向かい合うように座る。鈴木は淡い紫色の封筒を机に置くと小さな溜息をついた。


「……彼女、やっぱり来たんですね」

「ええ」

「私の事は口外しないようお願いしていたはずですが」

「もちろん。約束は破っていませんよ。あなたの事は彼女に一切話してませんから」


 宇佐美が用意してくれた麦茶の氷がカラン、と音を立てる。


「単刀直入に聞きます。私の正体を教えたのはあなた達ですか?」

「いいえ違います。手紙になんて書いてあったのかは知りませんが、もし彼女があなたの正体を知ったというのなら、それは彼女がおばあさまの言葉を信じたからじゃないでしょうか。おばあさまは生前〝自分の初恋の人は不老不死だった〟と彼女に言っていたそうですから」

「…………」

「それに、彼女は鈴木さんにそっくりな男性が写った古い写真を持っていましたからね」

「……そうですか」


 鈴木は諦めたように力なく笑った。


「当時は〝中村〟と名乗ってましたけどね」

「おや、中村さんでしたか」

「名前はたくさんありますよ。ありすぎて大半は忘れました。まぁどれも偽名だからいいんですけどね。しかしまぁ……よくこの短期間でここまで調べましたね。あなた達の調査能力には脱帽です」

「前に言ったでしょう? うちの局員はみんな優秀だって」

「いっそのこと探偵にでも転職したらどうです? 儲かると思いますよ?」

「ははっ。考えてみます」


 冗談めいて笑みを見せた月野は一旦口を閉ざす。そして躊躇いがちにゆっくりと切り出した。


「すみれの髪飾り。彼女、とても感謝していましたよ」

「ええ。この手紙にも書いてありました。あれは私の自己満足でやっただけなのに……」


 鈴木はゆっくりとグラスに口を付ける。


「……何から話せばいいのやら。なんせもう何百年も生きてるものですから」

「不老不死、ですね」

「ええそうです。うちはちょっと特殊な家系でして。男は皆、不老不死の身体を持って生まれてくる宿命なんです。いや、呪いと言った方がいいですかね。二十代の肉体のまま、死ぬことの出来ない人形のような存在。私はその()()です」

「末裔?」

「ええ。こんな思いをするのは私で最後にしたいのでね」


 鈴木の言葉に月野の顔が曇った。


「私はね、月野さん。不老不死は常に孤独との戦いだと思ってるんですよ。どんなに愛していようが、みんないつか私を置いて先に逝ってしまう。私は後を追うことも出来ず、哀しみを背負って独りどこかへ旅立たなければならない。親しい友人を持つことも、愛する恋人と温かい家族を持つことも出来ずいつも独りぼっちだ。……私は誰かを悲しませることは出来ても、誰かを幸せにすることは一生出来ない」


 目を瞑って深く息を吐き出すと、鈴木は懐かしむように言った。


「すみれさん……百合さんのおばあちゃんですね。彼女に出会ったのは、そんな自分の運命に疲れ果てていた時でした」





「あなた、随分顔色が悪いわね」


 橋の欄干に手を掛け、ぼぅっとしながらただただ川の流れを眺めている時だった。背後から知らない女性に声をかけられ反射的に振り返る。すると、(つぶ)らなくりっとした瞳と目が合った。


「あらやだ、真っ青じゃない。そんな所にいたら凍えてしまうわ。ちょっとこっちに来て」


 ぐいぐいと手を引かれ近くのベンチに強引に連れて行かれる。高い位置で結ばれた長い黒髪が左右に揺れているのが印象的だった。


 有無を言わせずそのまま座らせられると「これ飲んで」と持っていた水筒を渡された。じっと監視するように見られているので、仕方なく一口だけ喉に流し込む。


「あなた学生さん?」

「いえ、社会人です」

「そうなの? それにしては随分細いわね……ご飯ちゃんと食べてる? だめよ、ちゃんと食べなきゃ。もやしっ子って言われてバカにされちゃうわ」


 何やら鞄をゴソゴソとあさる。


「腹が減っては戦ができぬ。何があったか知らないけど、とりあえずこれでも食べて元気出して」


 そう言って風呂敷のような包みを開く。目の前に出されたのはまん丸く握られたおにぎりだった。


 戸惑いながら受け取って、一口かじる。口の中にほんのり塩の味が広がった。


「……美味しい」

「でしょ? あたしの手作り食べられるなんてあなたついてるわよ!」


 ニコリと笑った彼女は安心したように隣に座った。


「……もう大丈夫そうね」

「え?」

「突然連れ出してごめんなさい。なんだか今にも川に身を投げそうだったから思わず声をかけちゃった」


 どきりと心臓が鳴った。……確かにその考えもあった。だけど、実行したところでどうなる。どうせ死ねないこの身体だ。結果は目に見えている。私は苦笑いを浮かべて答えた。


「そんな気はなかったんですが……」

「あらやだ、あたしの勘違い? ごめんなさいね」

「いえ。悩んでいたのは確かですしね。おにぎりご馳走様でした。美味しかったです」


 ベンチからそっと立ち上がる。


「あなた今どこに住んでるの?」

「この町には来たばかりなので。今は宿に寝泊まりしてます。住む場所はこれから決めようかと」

「ならうちに来ればいいわ!」

「え?」」

「うち、下宿屋やってるの。部屋ならたっくさんあるから遠慮しなくていいわよ。もちろん家賃も格安だし!」

「ですが……」

「あ、自己紹介がまだだったわね。あたし森野すみれ。あなたは?」

「中村……清太(せいた)です」

「中村さんね。じゃあ行きましょ!」

「え、いや、まだ行くって……」

「早く早く! あたし夕飯の支度しなくちゃいけないんだから!」


 森野さんに連れられて来た下宿屋に着くと、あっという間にお世話になることが決まった。


 下宿屋〝森野荘〟は長屋になっていて、部屋のひとつひとつが薄い壁で区切られている。四畳半の部屋の中には文机がひとつと布団が畳んで置いてある他は何もないが、一人で暮らす分には不自由ないだろう。風呂とトイレは共同。朝晩食事付きで、昼は各自用意すること。


 ちなみに森野さん一家は少し離れた一軒家に住んでいるそうだ。


 一通り説明を受け、森野さんとそのお母さんが作った夕食を頂き、部屋でごろりと横になる。


 ……なんだか久しぶりにちゃんとした人間の生活をした気がした。ここ数日は飲まず食わずだったから。


 横になってるうちに、なんだかウトウトしてきた。重力には逆らえず、ゆっくりと瞼を閉じる。


 ……ここは、とても心地いい。

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