表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月野郵便、今宵も配達中  作者: 百川 凛
4.月夜の咎人
41/47

 十五は部屋に戻ると元々少ない荷物をさらりとまとめ、一人宮殿の外に向かって歩き出す。直後、背後に人の気配を感じた。


「誰だ」


 十五が振り向くと、びくりと人影が動いた。


「……お兄様、わたくしです」


 か細い声と共に、十二単を着たかぐやが現れる。


「かぐや。どうやってここに?」

「会議のことを聞いて……羽代に協力してもらったの。どうしてもお兄様に会っておきたかったから」

「そうか……ありがとう。羽代さんにもそう伝えておいておくれ」


 眉尻をぐっと下げたかぐやが十五を見上げる。


「どうして……どうしてわたくしを庇ったのですか? お兄様は悪くないのに。罰を受けるのはわたくしの方なのに……!」

「庇ったつもりはないよ。実際地上に連れ出したのは僕だし、禁忌である彼との幸せを願ったのも、その手引きをしたのも事実だからね」

「でもそれは、わたくしが、」

「妹の幸せを願わない兄はいないよ。だから、かぐやは何も気にしなくていいんだ」


 こんな時でも優しく笑う十五の姿に胸がぎゅっと苦しくなった。


「……本当に行ってしまうのですか?」

「ああ。僕は今日この国を出て行くよ」

「そんな……今からでもお母様に言って、」

「かぐや」

「……っ!」


 名前を呼ぶその声に、十五の意志の強さを悟った。


「本当にごめんなさいお兄様……。そしてありがとう。わたくしの我儘を聞いてくれて。わたくしと彼を繋いでくれて。最後の手紙を届けてくれて。向こうで過ごした五年間、わたくしは幸せでした。でも、そのせいでお兄様が罰を受けるなんて嫌……」

「いいんだよ。僕はねかぐや、正直に言うと、この国を出られて嬉しいんだ」

「……嬉しい?」

「ここでは行動が制限されていたから。だから、これから僕は自由に生きる。自分の好きな事を、好きなようにするんだ」


 十五の目はまだ見ぬ未来を映すようにキラキラと輝いていた。


「……お兄様の好きなことって?」

「うん。僕はね、色々な人に〝大切な物〟を届けたいと思ってるんだ」


 かぐやの目が大きく見開く。


「そう。大切な想いの込められた手紙や荷物。それをどんな人にも、どんな場所にも届けられる場所を作りたい。伝えたいのに伝えられなかった言葉、物、気持ち。それを届けたら、きっとみんな笑顔になれるはずだから。僕がその手伝いを出来たらいいなって、心からそう思ったんだ」

「まぁ、素敵だわ」

「そう思えたのはかぐやと彼のおかげだよ。本当にありがとう」

「……いつかわたくしも、手紙を出しに行っていいかしら?」

「もちろん。いつでも待ってるよ」


 微笑みを浮かべたかぐやの口元がぐにゃりと歪む。


「かぐや、今回のことは本当に気にしないでおくれ。僕はやっと自由な暮らしを手に入れられたんだから。ね?」

「……お兄様」

「それじゃあもう行くよ。かぐや、元気でね」


 にっこりと満面の笑みを浮かべると、十五は背を向けて歩き出す。


「お兄様!」


 決して振り向くことのない背中を見ながら、かぐやは静かに涙を落とした。


 ──十五がそのまま、裏門を通り抜けようとした時。


「お、お待ちください! お待ち下さい十五様!」


 必死な叫び声に、十五は再び足を止め振り向いた。


「……羽留くん?」


 そこには、大きな荷物を抱えて肩で息をする羽留の姿があった。全速力で走って来たのか、彼女のこめかみから汗が流れ落ちる。


「そんなに急いでどうしたんだい?」

「会議、が、皇妃様が、処分を下されたって、聞い、て!」

「それでわざわざ来てくれたのかい? 君は本当に優しいねぇ」


 宇佐美は膝のあたりに両手をついて荒い呼吸を落ち着かせると、バッと顔を上げ口を開いた。


「わ、わたしも! 私も十五様と一緒に行かせてください!」

「え?」

「私は十五様の付き人です! 十五様が国を出て行くなら、私も一緒について行きます!!」


 十五は困ったような笑みを浮かべる。


「……羽留くん。君はもう自由なんだ。これからは自分の幸せのために時間を使っていいんだよ」

「自由にしろって言われたからここに来たんです」


 羽留は目を見てハッキリと言った。


「宮中では僕のせいで色々言われて居心地が悪かっただろう? こんな男に長年仕えてくれてありがとう。君には本当、感謝してもしきれないよ」

「……いいですか十五様。私はあなたの付き人が嫌だと思ったことはただの一度もありません。宮中で居心地が悪いと思ったこともありません。むしろ、優しい十五様の付き人で良かったと常々感じておりました。それなのに、何も出来ない非力な自分が嫌で嫌で仕方なくて……。お願いです。私も十五様と一緒に連れて行ってください。皇妃様なんて関係ない。私は何があってもあなたについていくと決めたんです」


 羽留の意志のこもった力強い目と見つめ合う。やがて十五はふっと笑った。


「ありがとう。君さえよければ……僕と一緒に来てくれるかな?」

「そんなの当たり前です。だいたい、十五様一人でちゃんと生活出来るんですか? 本ばかり読んでろくにご飯も食べないくせに」

「ははっ。それもそうだなぁ」

「笑い事じゃないですよ。それ以上細くなったら不老不死とはいえ命の危機ですからね?」


 いつものように軽口を叩きながら、裏門を通り抜ける。二人はその晩、月の都を出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ