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月野郵便、今宵も配達中  作者: 百川 凛
3.家族のカタチ
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 カチ、コチ、カチ、コチ、カチ、コチ、カチ、コチ。


 時計の針が動く音が、広い室内に反響する。その音はまるで〝部外者のお前は早く出て行け〟とでも言うようで、私の心をどんどん圧迫させていった。ただでさえ落ち着かないのに、呼吸が苦しくて仕方ない。


 並んでいるシンプルな家具はパズルのピースのように各場所にピッタリとはまっているのに、私だけがあぶれたピースのように異質な存在だった。



 ピンポーン



 玄関のチャイムにはっと我にかえる。こんな時間に来客……? なんだろう。新聞の勧誘か何かかしら。警戒心を強めながら静かにインターホンを覗く。


 そこには、黒い上下のスーツを着た女性が一人で映っていた。目鼻立ちの整った顔と艶々とした黒髪が画面越しにも伝わってくる。とりあえず、鍵は開けずに返事だけしてみる。


「……はい」

「こんな時間に申し訳ありません。(わたくし)宇佐美と言う者です」

「はぁ」

「〝月野郵便局〟から参りました」


 その名前を耳にして、一瞬全ての動きが止まった。


「……すぐに開けます」


 素早く操作して玄関のロックを解除する。「お入りください」という言葉と同時にガチャリと玄関が開く。


「初めまして、深沢静香さん」


 初対面の女性に名前を呼ばれても、静香は特に驚きはしなかった。


「……初めまして。いつもお世話になってます」

「いえ、こちらこそ。いつもお世話になっております」


 宇佐美と名乗った女性は深々と頭を下げる。いつまでも玄関先に立たせるのは悪いので中に入るように促すが、宇佐美はキッパリと断った。


「お気遣いありがとうございます。ですが、私はあなたに郵便局(うち)に来て頂きたいのです」

「月野郵便局に、ですか?」

「坂本優也くん。彼は今、うちで預かっています」


 そう言えば、静香は何かに気付いたようだった。


「月野っていう名字を聞いてもしかしてって思ったんですけど……昨日の電話はあなただったんですね」

「ええ、そうです。夜も遅かったのでそのまま泊まらせました。きっと、お父さん……和也さんも迎えに来てるでしょう。一緒に来て頂けますか?」

「いえ、でも……優也くんが、その……」

「大丈夫です。私がこんなこと言う筋合いはないですが、いつまでも逃げてちゃ前に進めませんよ?」

「…………はい」





「どうぞ。ダージリンティーです」


 初めて入った月野郵便局の中をぐるりと見回す。和洋が混ざったような建物は、趣があってどこか懐かしい感じがする。


 宇佐美さんはカツカツとヒールの音を響かせながら、私をカウンターの奥へと案内してくれた。室内には誰もいないようで、水を打ったような静けさが広がる。


「ありがとうございます」


 机にカップを置くと彼女は私の前の席に座った。


「突然こんな所に連れて来てしまって申し訳ありません。でも、こういう話は私との方がしやすいかと思って」

「……こういう話?」

「ええ。恋の話です」


 宇佐美さんは綺麗に笑った。


「恋……ですか」

「はい」


 宇佐美はカップを静かに口元に持っていく。


「深沢静香さん。あなたは坂本和也さんのこと、大学の時からずっと好きだったんでしょう?」

「っ!」

「気を悪くしたらごめんなさい。少し調べさせてもらったの」

「大丈夫です。……はい。私はずっと坂本先輩に片想いをしていました。でも坂本先輩は透子先輩一筋だったから……気持ちを伝えないまま、諦めました」


 静香は学生時代の想いから職場で再会したこと、そこから和也に受け入れてもらった経緯を少しずつ宇佐美に吐き出していった。宇佐美はそれを真剣に聞いている。


「──私にとって、今の彼との関係は奇跡みたいなものなんです。だから、例え一番になれなくても和也さんのそばに居られればそれでいい。そう思って、私はここから透子さんに手紙を出しました」

「それはどうして?」

「透子さんに私の気持ちを知っておいてもらおうと思ったんです。そしたら大学時代から薄々そんな気はしてたって返事が来て。怒られるかなって思ったら、逆に色々相談に乗ってくれたんです。さすが和也さんの好きになった人だなって思いました。本当、到底敵わない」


 静香は苦しそうに笑う。


 窓から太陽の光が射し込んで、狭い室内を照らしていた。


「……私、ちゃんと自分の立場はわきまえてるんですよ。再婚の話だって別に今すぐってわけじゃなくて、私はただ、一緒に居られるだけで満足だから」

「……本当にそれでいいの?」


 宇佐美の鋭い声が響く。


「……えっ?」

「静香さんは本当にそれでいいの? 和也さんの一番になれなくて本当に満足なの?」

「そ……れはっ」


 静香は膝の上に乗せた両手をぎゅっと握った。


「……私、本当に分かってるんです。ずっと見てきましたから。あの二人に他人が入る隙がないってことは、十分すぎるくらい分かってる。私が透子さんに敵うとこなんてひとつもないってことも、全部。でも……もし、ひとつだけワガママを言っていいのなら……」


 ぐっと眉間にシワを寄せ、口元を歪めながら呟くように言った。


「……私だって……和也さんの一番になりたい、よっ」


 静香は俯き、声を押し殺すようにして涙を流す。きっと、初めて口にした本音なのだろう。


「……あーもーダメだなぁ。こんな嫌な女、優也くんに嫌われて当然ですよね」


 自嘲気味に呟くと、宇佐美はサラリと言った。


「いいんじゃないの? それで」

「……へ」

「少しくらい欲張りになってもいいんじゃない? だって好きなんでしょ? 好きな人の一番を望む事の何が悪いのよ。それはあなたの自由でしょ?」


 想定外の言葉に、静香の涙はすっかり止まってしまった。


「で、でも、」

「我慢して諦めるだけの恋でいいの? 後悔するのは懲りたんでしょ? いいじゃない。一番になれなかったらその時はその時で。大事なのはそれまでの過程よ。だから、」


 宇佐美はすっと息を吸った。


「だから、思う存分愛しなさい」


 止まったはずの涙がはらりはらりと頬を伝う。


「それと、優也くんの事だけど。あの子はとても頭が良くて優しい子だから、あなたが思ってることを真っ直ぐぶつければそれにちゃんと答えてくれるはずよ。遠慮なんてしてないで、あなたはあなたらしく、まずは本音をきちんと伝えてみたら?」


 静香は小さく頷いた。


「……私、ずっとずっと羨ましかった。和也さんから愛される透子さんが。和也さんの全てを独り占めできる透子さんが。優也くんから慕われる透子さんが」

「ええ」

「でも、私も、少しでもそうなれるように頑張ります。もちろん透子さんの代わりじゃなくて、私は私らしく、一番に近付けるように」


 静香はどこかスッキリとした笑顔を見せた。

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