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月野郵便、今宵も配達中  作者: 百川 凛
1.永遠の初恋
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 月の光がやけに眩しい、そんな夜のことだった。


 大正浪漫を彷彿させる木造二階建ての()洋館(ようかん)。入口の出っ張った小屋根は三角破風(はふ)の瓦屋根で、ガラスがはめられた木製扉が特徴的だ。すぐ隣には丸くて縦長の真っ赤なポストが、自分の出番を待っているかのようにちょこんと置かれている。


 そんな(おもむき)のある建物の前で、呆然と立ち尽くす一人の男。


 食い入るように見つめていた『準備中』というプレートからようやく目を離すと、落ち込んだようにがっくりと肩を落とした。


「……やっぱりあの噂は嘘だったのだろうか」


 ()()()()()()()が存在しているのだから、少し期待して来たんだけどな。


 自嘲気味に独り言を吐いて、男は右手に持っていた箱に視線を移す。それは、プレゼント用に個装された小さなギフトボックスだった。


 ……どうしようかなぁ、これ。


 男は眉尻を下げ、力無さげにもう一度目の前の建物を見つめた。


 ──その時。


「あれ? まだ開いてないんスか?」


 背後から誰かの声が聞こえてきて、驚いた拍子にビクリと肩が跳ね上がった。


 慌てて振り返ると、そこには白地のシャツに細身のパンツを穿いた青年が立っていた。前ボタンを三つほど開けた首元からは金色のネックレスが丸見えだ。指通りの良さそうな銀色の髪が、青白い月の光を浴びてキラキラと輝いている。年齢は二十代前半といった所だろうか。……なんていうか、チャラい。ホストクラブが似合いそうな男だった。


 彼は鋭くつり上がった目を細め、品定めでもするように顎に手を当ててこちらを眺めている。なんだか居心地が悪くなって、逃げるように顔をそらした。


「お兄さん、もしかしなくてもお客さん?」


 その一言で慌てて顔を元に戻すと、こちらを見続けていたらしい切れ長のつり目と視線がぶつかる。男はごくりと生唾を飲むと、小さく口を開いた。


「あ……あの。ここは月野郵便局で合ってるんでしょうか? 噂を聞いて探していたらここに辿り着いたんですけど……」


 ホストのような彼は何も言わない。代わりにニコリと胡散臭い笑みを顔に浮かべると、銀髪を靡なびかせながら建物に向かって歩き出した。


 入口にぶら下げられた木のプレートを慣れた手付きで裏返して『営業中』にすると、ポケットからキーケースを取り出して鍵穴に差し込む。カチャリという小さな音がして、木製の扉は簡単に開いた。


「はいオ~プ~ン!! じゃ、行きましょっか! あ、緊張しなくても大丈夫ッスよ。うちは安心・安全の健全で誠実なお店ッスから!」


 三日月のように細くなった目を見て、思わず眉間に力が入った。安心……健全……怪しすぎる。なんだ? もしや彼はホストじゃなくて詐欺師なのか? 不安でいっぱいになっている男の様子など気にも留めず、彼は颯爽と中に入って行く。


 戸惑いながらも、男はその薄っぺらい背中を追う事にした。頭の後ろでゆるく結ばれた長い銀髪が歩くたびにちょこちょこ揺れるのが目に入る。まるで猫の尻尾のようだった。


「ちょっとここで待ってて下さいね。あ、そこのソファーとか適当に座ってて良いんで。ごゆっくり~!」


  相変わらず胡散臭い笑顔でそれだけ言うと、彼は奥の扉へと消えてしまった。

 言われた通り近くのソファーに腰を下ろす。自分の口からは自然とため息のようなものがこぼれ落ちた。



 ……果たして、ここは本当に月野郵便局で合ってるのだろうか。



 男の胸にぐるぐると不安が渦巻いた。もしここが月野郵便局じゃなく、怪しい宗教団体の本部や詐欺グループの隠家(アジト)とかだったらどうしよう。ホストのようにも詐欺師のようにも見える彼は結局答えをくれないままだし。


 なんだか落ち着かなくなって、ぐるりと辺りを見回してみる。


 目の前には窓口のようなカウンターがあり、その奥には先ほど彼が入って行った焦げ茶色の扉があった。


 自分を含め三人が座れるか座れないかほどの小さなソファーの横には、観葉植物を植えた白いプランターが飾られている。緑の葉っぱが上に向かって元気よく伸びていた。


 少々狭い感じもするが、室内の様子を見る限り郵便局のような造りをしている。そういえば外に赤いポストもあったしな。


 ほっとしたのも束の間、男はふるふると首を横に振った。いやいや待てよ。仮にちゃんとした郵便局だとしても、ここが噂の月野郵便局なのかは確かめようがないじゃないか。第一、あんな胡散臭い男が働いてるなんて怪しすぎる。


 何か手掛かりはないだろうかとキョロキョロしていると、男の心情とは裏腹な明るい話し声が扉の奥から聞こえてきたので思わず耳を澄ませる。


「てか(つき)さん、また表のプレートひっくり返すの忘れてたっしょ~? ずっと〝準備中〟のままになってたからお客さんめっちゃ困ってましたよ?」

「いやぁ、申し訳ない。折り紙で七夕飾りを作ってたらすっかり夢中になっちゃって。反省してます」

「オレは別に良いッスけど、お客さんにはちゃんと謝って下さいね」

「もちろん。きちんと謝罪するつもりだよ」

「でもま、宇佐美(うさみ)さんにバレる前で良かったッスね。もしバレてたら月さんめちゃくちゃ怒られてましたよ」

「……はははは。…………うん」


 カチャリと音をたてながら扉が開いた。入ってきたのはさっきの銀髪ホストと、もう一人。


 夜の暗い空をそのまま染め上げたような濃紺色の着流しを身に付けた、背の高い華奢な男。病的なまでに青白い肌の色が、着流しの濃紺のせいで余計に目立って見える。年齢は二十代半ばぐらいだろうか。


 黒髪のふわふわな猫っ毛、タレ目がちな二重まぶたにやわらかい口調も相まって、儚げだが人の良さそうな印象を受けた。……彼は一体誰だろう。


「あ、月さんあの人ッス」


 銀髪ホストがこちらを指差す。ソファーから立ち上がって軽く会釈すると、着流しの男は申し訳なさそうに口を開いた。


「お待たせしてしまって申し訳ございません。僕は月野郵便局の局長を務めている月野(つきの)十五(じゅうご)と申します」



〝月野郵便局〟



 その名前を耳にして男はようやく胸をなでおろした。どうやらここは探していた月野郵便局で間違いないらしい。ああ……良かった。


「こちらの彼は七尾(ななお)くん。コミュニケーション能力の高さが自慢の、何でもこなせるハイスペックなうちのイケメン配達員です」

「ハイハーイ! ご紹介通りハイスペックなイケメン配達員の七尾くんでーッす! ななぴょんでも七尾ちゃんでも好きに呼んじゃってくださーい! フゥー!!」


 ハイテンションな銀髪の彼はこちらに向かって元気良くピースサインを送ってきた。しかも、ウィンクといういらないオマケ付きで。この軽い口調とやけに高いテンションはやはりホストクラブを連想させる。今にも「飲ーんで飲んで飲んで!」なんていう騒がしいコールが聞こえてきそうな程だ。男はどう反応すればいいのか分からなかったのでとりあえず曖昧に笑っておいた。……ああ。昔からどうもこういうタイプは苦手だなぁ。


「本日はどのようなご用件で?」


 月野は人当たりの良い笑顔を浮かべて言った。


「ええと。その前にいくつか確認したいのですが、ここは噂の〝月野郵便局〟で間違いないんですよね?」

「噂……ですか? そうですね……。どのような噂なのかは分かりかねますが、ここが月野郵便局という事は間違いないですよ」


 困ったように答えた月野を真っ直ぐ見ながら男は続ける。


「じゃあ、この郵便局から手紙を出せばどんな相手にも必ず届けてくれるという話は本当ですか?」

「ええ。本当です」


 ハッキリとした口調で頷いた月野に男は少しばかり驚いた。なるほど。ここまで言い切れると言うことは余程の自信があるらしい。


「それって、手紙だけじゃなく荷物の配達も取り扱ってます?」

「もちろん。郵便局ですからね」

「そうですか。良かった」


 男は手に持っていた小さなギフトボックスを持ち上げ、二人の前に差し出した。



「これを、ある人に届けてほしいんです」



 真剣な顔の男と視線を合わせると、月野はニコリと笑顔を見せた。


「荷物の配達ですね」

「はい」

「では早速手続きを致しますのでこちらのカウンターへどうぞ。七尾くん」

「はーい」


 軽く返事をした七尾は引き出しの中から一枚の紙とボールペンを持って来ると、それをカウンターの前に置いた。


「それでは、こちらに必要事項の記入とサインをお願いします」

「あ、はい」


 送り状と印刷された紙面にはこちらの住所や氏名など、個人情報を記載する欄が並んでいた。言われた通り、男はもくもくと手を動かす。


「……あ」


 とある欄でその手を止めると、小さく声を漏らした。


「何かありましたか?」

「いえ、その……。すごく今更なんですが相手の住所を知らなかった事に気付いて。……さすがにそれじゃ届けられませんよね?」

「ああ、大丈夫ですよ」


 不安げな男を余所に、月野はあっさりと言った。


「と……届けられるんですか?」

「ええ。何か手掛かりさえあれば。名前が分かれば早いんですけどね」

「あ、名前なら分かります」

「でしたらご記入頂ければお届け致しますよ」

「……はぁ」


 噂には聞いていたけれど、本当に常識外れの郵便局だ。一体どういうシステムで配達しているんだろう。


 ……面白い。


 口の端が自然とつり上がる。こんな不思議な場所が実在してるなんて、この世もまだまだ捨てたもんじゃないな。


 書き終わった送り状を手渡すと、月野はそれにさらりと目を通す。


「配達日時の指定がなければ最短で明日の配達になりますが、よろしいでしょうか?」

「大丈夫ですけど……随分早いですね。住所もわかってないのに」

「ふふっ。うちの局員はみんな優秀ですからね」

「……はぁ」


 局員というと……ウィンクを飛ばしながらピースサインをする胡散臭い銀髪が頭に浮かんだ。無意識のうちに眉間に力が入る。あの彼が……優秀? 失礼ながらそうは見えなかった。自らハイスペックイケメンとか言っちゃうあたりが、特に。


 考えが顔に出ていたのだろう。月野が苦笑いを浮かべてこっちを見ていた。


「お荷物に何かあった場合などこちらから連絡させて頂く場合がございますが、大丈夫でしょうか?」

「構いませんよ。……ただ、ひとつお願いがあります」

「なんでしょうか?」

「差出人の私のことは口外しないで頂きたいのです。特に、この荷物の受取人には私のことは一切話さないで頂きたい」


 月野は一瞬きょとんとするが、すぐにいつもの笑顔に戻る。


「個人情報はきちんと守りますのでご心配はいりませんよ」

「……それを聞いて安心しました。すみません、失礼なことを言ってしまって」

「いえいえ。では、こちらで新しい送り状を用意致しますね。住所などの記載はせず匿名希望で出しておきます。ただし、今書いて頂いたものは控えとして当局に保存させて頂きますがよろしいでしょうか?」

「大丈夫です。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げると、男はそのまま郵便局を後にした。

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