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真相~④

「被害者の意識が戻り、事件当時の様子を証言できるようになれば状況は大きく変わる。あくまで須依はナイフで襲ってきた井ノ島から救う為、花瓶を蹴り上げたのだと本人が説明すれば、罪を問われたとしても親告罪である過失傷害で済む」

「そうよ。彼なら被害届は出さないでしょう。その代わり井ノ島を殺人未遂の罪で訴えるはず。だから彼は、目を覚ますと困る烏森さんを殺そうとしたのでしょうね。それに私まで始末しようとした」

「もし最悪の事態が起き彼が亡くなった場合でも、義足に仕込んだ録音データがある。そう思ったんだな」

「そうね。ただそれは彼の足から外さなければ手に入らない。重体の状況では無理だと諦めていたの」

「そうか。だが大きな賭けだった事には変わらない。よくそんな決断ができたものだな。容疑者として疑われ続け、嘘をつき通そうなんて、正義感の強いお前らしくない判断だ」

 彼女はまた首を振った。

「先程も言ったけど、私が烏森さんをあんな目に遭わせた事実は変わらない。いくら過失だとはいえ、もっと他に方法があったはず。かっとして冷静になれなかった私が悪いんだから。犯した罪はしっかり償わなければいけない。そう覚悟したの」

「だから敢えて辛い道を選んだのか」

 深く頷いた彼女を見て、佐々は言った。

「そうか。ちなみに聞くが、以前お前達は神葉に襲われただろう。だがまだ目を付けただけの、核心に触れる情報を手に入れていないあの段階で、あれだけの目に遭った理由は知っているのか」

 話題が急に変わったからか、彼女は驚いた表情をしつつ呟いた。

「いいえ、実は私も不思議に思っていたの。どこかで虎の尾を踏んだのかもしれないけど、それが何かを探る前に色々あったから」

「だったら言っておく。まずお前達が白通の中条だけでなく、国会議員の鷲見と接触したからだろう。今回の漏洩事件の背後には赤星がいた。だから危険を察知し、早めに手を打ったと思われる。それに烏森は気付いたから、その後お前が動かないように仕向けたんだ。その隙に傷病休暇を利用し、一人で動いていたんだ」

 彼女は見えない目を見開いた。

「どういうこと。彼は井ノ島と寺畑の不倫を探っていただけじゃなかったの」

「それだけじゃない。赤星は裏で中条だけでなく、寺畑とも繋がっていたんだ」

「さ、参事官。それはまだ外部には出せない捜査情報です」

 背後に座っていた大山が慌てて言ったが、佐々はそれを制止した。

「どうせこいつはこれから身柄を確保される。記事なんて書けない」

「そ、それでも」

 彼の言葉を無視し、説明を続けた。

「神葉と赤星は古くからの付き合いだった。十数年前、赤星が反社との関係を噂されていただろう。その相手が神葉だったんだ。周囲が騒ぎ出したから、一時期距離を置いていたらしい。しかし近年の風潮により、白通が反社との付き合いを見直し始めた事で腹を立てていた。赤星も政界を引退していた為にかつて程の集金力がない。また政界への影響力もまだ保っているとはいえ、徐々に弱くなっていた。そこで両者の思惑が一致したのだろう。ランサムウェアを仕掛けて白通の持つ機密情報を盗み出し、企業にダメージを与えた上で彼らに脅迫するとみせかけた。だが本当の狙いは、白通と癒着し不正な政治献金を受けていた政治家や官僚だった」

「でも流出したリストには、鷲見の名も挙がっていたでしょう。赤星が黒幕なら、自分の後継者に傷がつく真似を何故したと言うの」

「そう思わせる為、わざと鷲見の名を出したのだろう。そうすれば赤星達に疑いの目が向かないと考えた。後にデータの中身が明らかになれば鷲見は関与していないと分かる。その頃には対立する他の議員達がダメージを受け、影響力を失うと見越していたに違いない」

 そこで彼女も気づいたらしい。

「中条が寺畑にパワハラで訴えられ、降格処分になったのも意図的だったのね。彼に会って話を聞いた時、何かを隠していると感じたのはそれだったんだ。寺畑と会った時、部長に恨みが無いと言った際、芝居じみているようにも感じた理由がようやく理解できたわ」

「中条が赤星と繋がっていた一方、寺畑は神葉の藤原と接点がある」

 二人共、情報セキュリティにおける国際的な認証資格で難易度が高い、CISSPを所持していた。

 これは(ISC)2;という世界最大のITセキュリティ組織と呼ばれる団体が開催する、国際的に最も権威のあるセキュリティプロフェッショナルの認定資格だ。その頃から接点があったと思われる。愛人関係にあった疑いまでもたれていた。

 そうした繋がりから寺畑を白通のシステム部門に忍び込ませ、機会を狙っていたと佐々達は睨んでいた。

 感染症対策として十数兆円を超える多額の予備費が予算に計上され、その恩恵を得ようと様々な企業がハイエナのように群がった。それは国会議員や官僚も同じだ。

 多額のお金が動くと知り、彼らはこの機に長く温めていた作戦を決行したのだろう。中条が彼女を経理部に呼んだのも、その布石だったに違いない。

 野党の攻勢に合い、何としてでも地盤を固めたい議員達はスキャンダルを恐れる。彼らに従いながら甘い蜜を吸ってきた官僚達も同様だ。よって裏で個々に身代金を払うよう促せば、従わざるを得ないと考えた。

「なるほど。中条と寺畑は相反する関係だと思わせられていたから、捜査が手間取っていたのね」

「表向きはな。だがこっちは着々と裏取りを進めていた。そうしないと政治家達に潰される恐れがあったからだ」

 まず赤星の指示で中条が、藤原の指示で寺畑がそれぞれ社内情報を流し、そこから不正アクセスできるよう準備を進めたのだろう。また実行に移した後、捜査の目を眩ませる為に社員が仕掛けた犯罪に見せかけ、寺畑が逮捕され中条を訴えるよう仕向けた。

 それぞれが指示通りに動いた結果である為、表面上は二人が対立していると思わせた。そうすれば疑念を抱かれずに済むからだ。

 しかし須依達が動いたと鷲見や中条から聞いて知り、赤星は焦ったのだろう。反社との繋がりを噂されながらも証拠を掴ませなかったにも拘らず、女との密会をスクープされたのだ。

 しかもそのせいで大臣の椅子を失った。プライドを傷つけられた腹いせとかつてのトラウマから、彼は神葉に指示して襲わせたと思われる。また盲目になってからも、優れた洞察力を活かした奮闘ぶりを知っていたに違いない。

「だから私達をマークしていたんだ」

「そうだ。そして烏森は気付いた。虎の尾を踏んだのは自分の責任だと。だからその償いとして井ノ島の不倫を暴き、須依に頭を下げさせようとしたんじゃないかな」

 彼女は絶句していた。襲撃され怪我をした際、烏森は鷲見と接触した件を聴取に立ち会った佐々にこっそり告げていたのである。

 中条への取材はともかく、須依を焚きつけて過去に因縁がある議員と面会するよう促したのは彼だ。幸い彼女は無事だったが、下手をすれば命を失う恐れがあった。

 そこで自分が怪我で思うように動けない中、須依が一人で突っ走ると危惧したのだろう。これ以上暴走しないよう、佐々に見守りを託していたのだ。また彼は寺畑への取材を進めれば、いずれ井ノ島との不倫に気付くことも恐れていた。

 ちなみに彼から得た情報がヒントになり、佐々達は事件の背後に隠れた人間関係を暴くことができたのだ。

 勘の鋭い彼女が気付かなかったのは、襲撃を受けて以降、傷病休暇中の烏森と距離を置いていたからだろう。次に会ったのは、井ノ島の取材に同席するよう告げられた後だ。

 その際も彼はほとんど口を利かなかった。それは悟られない為だったと思われる。彼女は井ノ島に対する取材内容を隠している件に囚われていた為、その裏までは考えが及ばなかったに違いない。

 だが佐々の言葉でようやく悟ったようだ。悔しそうに唇を噛みながら、呟くように言った。

「そういえば、彼は寺畑に対する取材を拒んだことがあったわ」

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